第十九章
第十九章① 救世主、そして悪魔たち
大きな鉄の扉を、ベブルは蹴り開ける。
その先はだだっ広い空間になっていた。そこには、ファードラル・デルンと、『星隕の魔術師』オレディアル・ディグリナートがいる。
二百六十歳の大魔術師、ファードラルは笑っている。外見は不老の薬の効果により、その実際の年齢の十分の一程度にしか見えない。
「想像よりも随分手早かったな」
ファードラルの隣で、オレディアルは無言だった。彼は、未来の大魔導銃剣“EO−LD04 輝ける流星”を既に構えていた。
部屋に入ると、ベブルは拳を構える。
「なんだ、俺たちがここに入ったことは、ばれてたってのか」
仲間たちもそれぞれに、武器のあるものは武器を手に構えていた。
ナデュクは肩を竦める。
「おっかねえこって。あんたも策を弄するほうだからな」
ファードラルは大声で笑う。
「ははは! 貴様等とは決着を付けておきたかったのだ。余計な者共を引き連れてくるなら容赦なく叩き潰してやったが、真っ向に死に急ぐのなら、俺は喜んで貴様等を受け入れてやろう」
「あいにくと。わたしたちは死にに来たんじゃない。あんたを倒しに来たんだ」
ムーガもベブルと同じく武器なしだった。彼女は魔法による攻撃が専門だというのに、徒手空拳のベブルと同じように、まるで素手で戦うかのような構えを取っている。
フィナはムーガの言葉にうなずく。彼女は新しいルビーの杖を構えている。
ファードラルはまた、ベブルたちを嘲笑う。
「威勢ばかりはよいな。『星隕』よ! 貴様の望みどおり、此奴ら纏めて消し去ってくれるわ! いまの俺は『護りの指輪』によって、時間改変を受けぬ。リーリクメルドかデューメルクかどちらかを殺せば、ルーウィングとヴェリングリーンが消えるのであろう? その様を見てみたいものだ」
「拒否します。消滅すべきは貴方です」
レミナが言った。彼女は、大きな魔導銃と、ゴーグル、そして浮遊魔導銃群“エスカトス”によって完全武装している。
ファードラルは忌々しげに呟く。
「力無き者が吼えおって」
ナデュクは杖を召喚し、それを回転させて構える。
「ディグリナート。そっちに就いたからには、覚悟はいいな?」
オレディアル・ディグリナートは声をあげずに笑う。
「覚悟? それはできている。世界はこのままでよい。世界が“神の幻影”に滅ぼされるくらいなら、デルン殿の世界のほうがまだよい。あれほどの人が死ぬことはないのだからな」
ベブルは理解した。オレディアルはムーガと同じなのだと。大勢の人間を死なせないために、自分の道を曲げることを選んだ。結局、ムーガは自分の道を信じたが、それができなかったのがオレディアルだ。
ムーガがオレディアルに言う。
「オレディアル……。貴方が、すべての始まりだったとはね……」
オレディアルには、ムーガの顔を直視できない。
「貴女には悪いと思っています、ルーウィング先生。しかし、アーケモスを護るため、死んで頂くしかない」
ベブルは吼える。
「世界を護るために、勝手に他人を殺すって決めてんじゃねえよ。他人の命で平和を買って、それでいい子ぶってるつもりか。ああ?」
魔剣を手にしたウィードがそれに続く。
「僕も同感です。アーケモスのためにムーガさんを殺すというのは許せません。彼女は“神の幻影”に勝ちます。僕はそれを信じます。オレディアル君、先生は弱いですか?」
オレディアルは、無言だった。答えられないのだ。
スィルセンダも、ムーガと同じく武器なしだったが、格闘をするような構えは取っていない。彼女は言う。
「従姉妹の教え子と戦うなんて、気が引けますけど。オレディアル、わたくしには、ムーガが必要なのです。それをわかってください」
オレディアルはやはり、なにも答えなかった。
不意にファードラルは、右手を高く掲げる。
「前座はここまでだ」
「お、真打か?」
ベブルが言った。すると、ファードラルの傍らに、“強化型アドゥラリード”がその姿を現す。
「これで最後だ、リーリクメルドよ!」
ベブルとムーガが同時に駆け出した。それを、ファードラル・デルンが魔法で狙い撃ちする。
しかし、そのふたりにはフィナが事前に“反射の魔法”を掛けていた。そのため、ファードラルの魔法は無効だった。
魔導銃剣を手にオレディアルが走る。彼は横から、ベブルとムーガに攻撃を仕掛けようというのだ。
だが、オレディアルの前にはナデュクが立ちはだかる。オレディアルが振り下ろした魔導銃剣を、ナデュクが魔力障壁で受け止める。
「ディグリナート、悪いが、お前の相手は俺がすることになってるんでな」
そこへ更に、空中から、竜巻をまとったウィードがオレディアルに向かって落ちてくる。
「“
オレディアルは撥ね飛ばされ、ベブルやムーガから大きく距離を開け放された。だが、倒れてはおらず、両足で床の上に立っていた。防御行動は取っていたようだ。
ウィードは魔剣を回転させる。
「ムーガさんには指一本たりとも触れさせませんよ」
「潰れろや!」
ベブルは勢いに任せて、“黒風の悪魔アドゥラリード”に殴り掛かった。奇妙な音がして、その拳に彼のものではない『力』が溢れ出す。
しかし、“アドゥラリード”の動きは余りにも速かった。
強烈な一撃を受け、ベブルは自分が宙に浮いていることに気がついた。“アドゥラリード”の体当たりで吹き飛ばされたのだ。こちらの攻撃は当たらなかった。
まずい、いま、“アドゥラリード”の前にいるのは、ムーガだけだ!
ベブルは床に叩きつけられるとすぐに、立ち上がってまた走り出す。見ると、“黒風の悪魔”はムーガに向かっていくところだった。
ムーガの窮地だった。だが、レミナがファードラル・デルンに魔導銃の集中砲火を浴びせてくれたので助かった。一瞬で、ファードラルの魔力障壁を破壊する直前にまで攻撃したのだ。ファードラルは“アドゥラリード”に、攻撃目標をレミナに変更するよう命じる。
ベブルは走った。“アドゥラリード”に狙われているレミナを守るために。その瞬間、彼の移動速度が大幅に上昇した。フィナが、“高速の魔法”を掛けたのだ。
ベブルが強烈な拳の一撃を、“アドゥラリード”に見舞う。怪物は、魔力障壁ごと位置をずらされ、レミナへの攻撃の機会を失った。その間も、レミナによるファードラルへの攻撃は続いている。
戦局が動き続ける中、ムーガが走った。“黒風の悪魔”が急に逃げてしまったので、攻撃を仕掛けるために、その怪物のあとを追っているのだ。
だがムーガは、撥ね飛ばされた——ファードラル・デルンの魔法によって。“反射の魔法”がその効果を発揮しなかった。ファードラルは魔法で、自らの魔力を強化してから、攻撃呪文を唱えたのだ。
その次の瞬間に、レミナにも同等の魔法が見舞われる。ファードラルの魔法がフィナの“反社の魔法”を貫通した。レミナは倒れる。
「小賢しい!」
さすがにファードラルは息を切らして、仁王立ちしていた。彼の魔力障壁は、あやうく破壊されるところだったのだ。彼は大威力の魔法と魔力障壁の補強のために、一度に大量の魔力を使ってしまっていた。
そこへ、スィルセンダが魔法でつくりだした二匹の魔獣が、ファードラルに襲い掛かる。一方はアーディという翼竜で、もう一方は大犬の魔獣ディリムだ。彼女はもうひと組の魔獣をも作り出し、そちらはオレディアルに当たらせていた。
「ムーガッ!」
ベブルは“アドゥラリード”に連続突きを浴びせていたが、ムーガが倒れたのを見て、“アドゥラリード”を捨ておいて、別方向へ走り出した。彼女に怪我をさせた、ファードラル・デルンを殺すために。
フィナも走っていた。傍目に見れば、治癒魔法を習得している彼女が、痛手を負ったムーガとレミナを無視しているのは奇妙なことだった。だが、それで帳尻が合っているのだ。彼女の自動起動魔法で、勝手に魔力が治癒魔法となって、傷ついた仲間の治療をしているのだ。たとえそれは、彼女が別の魔法の呪文を唱えている間であっててもだ。
自動的な治癒の魔法を掛けられたムーガとレミナは、そのお陰で立ち上がることができた。またムーガは、“アドゥラリード”に向かって行く。
ファードラル・デルンはようやくスィルセンダの魔獣を退けたところだった。そこへ、ベブルが殴り掛かる。
「貴様、死ね!」
ファードラルは魔力障壁で身を守った。
その上から、ベブルの拳が炸裂する。そこへフィナが駆けつけ、“
「あの野郎……。速攻で“アドゥラリード”を倒すって作戦、もう忘れてやがんな……」
ナデュクはオレディアルと戦いながら、ベブルの行動を見て舌打ちした。そこで不意に、彼のほうに魔導銃の銃弾が飛んでくる。
「おっと!」
ナデュクはそれを、瞬間的につくりだした魔力障壁で防いだ。その銃弾は、オレディアルが乱射したものだ。
「“
ウィードは
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