第十七章④ 安息のために

 ベブルがそのまま歩き続けると、広い部屋に出た。見たところ、休憩室や歓談室のようだった。そして、奥の壁に扉が見えた。彼はそこへ向かった。部屋には数人の研究員がいたが、彼は彼らを相手にしなかった。


 ベブルは奥の扉を開くと、更に奥へと歩みを進めた。


 そこから先には、薄暗い空間だった。最初の区域、二番目の区域、そしてこの区画と進むごとに、目にする研究員の数が増えた。奥へ行けば行くほど、なにか重要な研究を行っているのだろう。


 ここでは主に、魔獣の研究がなされているようだった。それも、魔法で生み出した魔法生物兵器の研究だ。以前戦った改造元帥竜も、ここで造られたものかもしれない。


 ここの廊下の両側にも部屋はあったが、そのいくつかは魔獣の飼育・保管庫になっているようだった。先には大きな扉があり、それを開けて入ると、会議室があった。更にその先に進もうと奥の扉に手を掛けると、それは開かなかった。


「なにをしている?」


 ベブルは声を掛けられ、振り返った。そこには、白いローブの研究員がいた。態度から察するに、ここでは地位の高い人間なのだろう。


 ベブルはここの研究員の振りを通すことにした。


「この奥に用があるのですが、どうしても開かないのです」


 その研究員は憮然と言う。


「当然だ。その奥には研究員が立ち入ることは禁止されているからな」


「そうですか、それは知りませんでしたね」


「……名前は?」


 その研究員が不審がっているのは明らかだった。ベブルはだんだんと、下っ端研究員の役が嫌になってきた。元々、人に偉そうにされるのは性に合わないのだ。


「名乗るほどのもんじゃねえよ」


「そうか」


 そう言って、その研究員は会議室備え付けの端末のところまで行くと、なにかを打ち込み始めた。


「お前、なにをしている」


「黙れ、侵入者め。そこで大人しくしていろ」


 その研究員は最後の入力を終えた。


 すると、廊下のほうから、大勢の足音が聞こえてきた。更には、ベブルの背後の扉の向こうからも、物音が聞こえてきた。兵士を呼ばれたのだ。


 ベブルは、廊下から来る兵士か、扉の背後から来る兵士か、どちらを相手にするべきか考えた。そして、彼は踵を返すと、開かなかった扉に向かって拳を繰り出した。


 なにものをも消し去る『力』が荒れ狂うように噴き出し、扉を開けてベブルを攻撃しようとしていた兵士をひとり残らず吹き飛ばし、消滅させた。彼はそのまま、先に進んだ。後ろの廊下から兵士が来るのがわかったが、それは相手にしなかった。


「面倒なことになりやがった!」


 ベブルはその部屋の魔導転位装置に乗り込むと、それを起動させた。彼はそこから次の区域に転送された。


++++++++++


 ベブルは転位装置から降りると、そこにいた兵士を一掃した。そしてまた、駆け出す。侵入がばれたからには、もう手加減は必要ない。できるだけ早く、目的地に辿り着くだけだ。


 そこから伸びる廊下を抜けると、円形の広い部屋に出た。床も壁も、すべてが薄い青色の魔法金属でできていたため、走ると足音がよく響いた。壁伝いに照明が張り巡らされているため、少しも陰になるところはない。つまり、隠れることはできない。


 部屋の中央の床には巨大な紫水晶が埋め込まれていた。それはどうやら魔法機械のようだったが、なにに使うものかわからない。ただ、その紫水晶は、円形の部屋の中央にあるため、壁からの照明の光を乱反射して輝いていた。


 この大部屋は、ベブルがいま通って来た廊下を合わせて、計四本の廊下と繋がっている。


 ベブルはその水晶を避けて走り、迷うことなく、いま通ってきた廊下と正反対の位置にある廊下に走り込んだ。そして、その奥にある転送装置に飛び込む。


++++++++++


 ベブルが出た所は、一度ムーガたちと来たことのある採掘場だった。上も下も、右も左も岩肌だった。舗装はない。ここは鉱石を採るところなのだから。


 印象としては、時の窟と大した違いはなかった。だが、あちらこちら掘り返されているために、無数の横穴があった。ひとつひとつ探して行っては、あまりにも膨大な時間が掛かってしまうだろう。ただ、採掘のためにあちこちに魔法の灯が置いてあったので、暗闇を手探りで進む羽目にはならずにすむ。


 転送装置から出ると、ベブルはその転送装置を破壊した。追っ手が来るとまずいからだ。だが、これを壊したからといって、完全に追っ手から解放されたわけではないだろう。どこに別の転送装置があるかわからないからだ。


 さて、さっさとやるか。ベブルはそう呟くと、取り敢えず駆け出した。


 走りに走り、いくつもの行き止まりに出くわしたが、なにひとつとして鉱石らしいものは見当たらない。それも当然だ。そう簡単に見付かるのであれば、今頃ファードラル・デルンも『時空の指輪』を手に入れて、時間移動ができるようになっているだろう。


 そんな折、ベブルは物音を聞いた。追っ手が来たかと思い、彼は音を立てずに引き返した。横穴の出口にまで戻ったが、人影は見えない。左右を見回し、彼は物音のするほうへ歩いていった。


 しばらく歩くと、ベブルの左手側が急に開けた。そちら側は丁度、橋のようになっていた。欄干のように岩肌があり、彼の腰より上の高さには岩がなかった。そこから見下ろすと、彼には自分がいまいるところよりも、更に下の階層があるのが見えた。どうやら、その階層は新たに掘られた場所のようだ。鉱石を探すのならば、そちらに行ったほうがよさそうだ。


 しかし、そこから飛び降りるのはやめた。下の階層に、矛を持った骸骨型の魔獣が見えたからだ。それは明らかにファードラルの手下であり、掘削と警備を務める使い魔であった。それに見つかって仲間や兵士、更にはファードラル・デルン本人までを呼ばれては、時空原石を探すどころではなくなってしまう。


 ベブルはその骸骨に気づかれずに行きたいと思った。気づかれる前に叩き殺してしまうことも考えたが、下の階層にはこの骸骨以外に他の魔獣がいないとも限らない。遠回りして近付こう、彼はそう決めた。彼は岩肌の欄干よりも身を屈め、そこを通り過ぎるとまた立って、できるだけ音を立てないようにして走った。


 ぐるりと迂回して、ベブルは坂道を駆け下りた。坂の半分ほどを下りると、岩に隠れながら、遠く岩の橋の下に見える骸骨を注視した。こちらにはまだ気付いていない。彼は次の物陰を探しては、じりじりとそれに近付いた。


 すると、ベブルの顔目掛けて、刃が飛んできた。彼はそれに瞬時に反応し、回避した。刃が、彼の後ろの岩の表面を削る。彼は見た。彼の近くにも、別の骸骨魔獣が近づいてきていたのだ。


 骸骨はベブルに突き刺すのに失敗した矛を構え直し、威嚇する。


 ベブルは素早く飛び掛り、その骸骨を殴り倒した。そのとき、骸骨は首から上と下が分断された。危ないところだったと、彼は冷や汗をかいた。


 ところが、その魔獣は死んでいなかった。いや、元々生きてなどなかったのだ。頭から胴体が、そして胴体から頭が再生し、骸骨は二体になった。それぞれ立ち上がり、片方は矛を持って、もう片方は武器なしで構えた。


 慌てて、ベブルはまたそれらに殴り掛かった。今度は例の『力』を使って。二体の魔獣は跡形もなく消滅した。遠くにいる骸骨はまだこちらに気づいていない。彼は胸を撫で下ろした。


 この骸骨型の魔獣は本当に厄介だと、ベブルは思った。普通に戦うならば、拳が利かなくても炎の魔法で焼くことはできるだろう。だがここでは、派手なことができないのだ。だから、いちいち、例の『力』を使って消滅させる必要がある。この『力』は使いすぎると意識を乗っ取られるのだ。あの『声』に。


 ベブルは坂道を下り切り、橋の下の岩陰に隠れた。あの骸骨にはまだ気づかれていない。


 問題は、ここからどこへ行くかということだった。骸骨の向こう側は壁で、壁沿いに右と左に道が続いている。その先には警備の魔獣もいるだろう。できれば正解を引きたい。どちらに行けば原石があるだろうか。もっとも、正解があればの話だが。


 少し出て、ベブルは左の道を見た。見たところ、少し進んだところで行き止まりのようだった。そこには、もう一体の骸骨が見える。彼は、上から飛び降りなくてよかったと思った。


 行くべきは右の道だ。そう決めたベブルは、骸骨がこちらに背を向けている隙に岩陰から飛び出し、右の道を駆けた。よし、うまく行った! 彼がそう思った瞬間だった。


 突然、ベブルは強烈な一撃を全身に受け、壁まで弾き飛ばされた。右の道には元帥竜がいたのだ。あまりにも大人しくじっとしていたために、彼はそれを岩肌だと思い込んでいたのだ。


 骸骨はベブルに気が付いた。だが、それが襲い掛かるより前に、元帥竜が彼に向かって突進した。彼はそれに撃って掛かろうと思ったが、まだ両足が地面から離れていたために、それはできなかった。


 元帥竜はその巨体でベブルに強烈な体当たりを浴びせ、彼を壁と巨体とで押し潰そうとした。


 不幸なことに、その壁は脆く、いとも簡単に破壊された。ベブルはその壁の向こうの、新たに出現した洞窟の中に放り出された。竜は壁を薙ぎ払い、大きな穴を開けて、まだ倒れている彼に襲い掛かった。


「うぜえんだよ」


 ベブルは立ち上がり、元帥竜を迎え撃った。身の丈が大人の男の五人分はあろうという竜種に対し、彼は素手で応戦した。


 ベブルは元帥竜の腹を掴み、持ち上げると、その巨体を投げ飛ばし、壁に打ちつけた。彼は自分がされたことをやり返したのだ。元帥竜は横様に倒れる。そして、彼は更にそこから駆け出し、拳で追い討ちをかける。


 ベブルの拳はドラゴンの腹に減り込み、竜は悲鳴を上げた。巨大な生物が、痛みに呻いているのだ。遥かに小さな、人間の拳の一撃によって。


 元帥竜は最後の足掻きに、のたうち、その腕をベブルの頭上から振り下ろした。彼はその直撃を受けた。この場所の地面は脆く、その衝撃によって崩れ、彼は更に下の階層へと落ちていった。竜もまた、それに巻き込まれ、彼の後を追って落下した。

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