第十七章⑤ 安息のために

 かなりの高さから落下したため、元帥竜はその衝撃で死んでいた。ベブルはというと、自分が落ちた場所の周辺の空間が開けていることに気がつき、そこで時空原石を探し始めた。ここはいま、新たに見つかった場所なのだ。、鉱石がある可能性はある。それにどうせ、壁を上るには相当な時間がかかってしまう。つまり、ここで探すしかないのだ。


 ベブルはそこでまた、脆く崩れそうな壁を見つけた。彼は構え、その壁を拳で突いた。するとやはりその壁は崩れ落ち、その先にはまた新たな空間が開けていた。新たな穴をくぐると、拳打の衝撃によって、いままでいたところには岩が崩れ落ち、完全に埋まってしまった。そこにあったはずの元帥竜の死骸など、見えなくなってしまった。彼はこの空間に閉じ込められてしまったのだ。


 だがベブルは、少しも残念がりはしなかった。


 見つけたのだ。時空原石を。


 ベブルが踏み込んだその空間の中央に、地面に根差した時空原石があったのだ。彼は暗闇の中で炎の魔法エグルファイナの呪文を唱えた。そして、空中に円弧状に炎を躍らせる。すると、部屋の中央の大きな石が輝いたのだ。


 黄色の時空原石。


 つまり、だ。


 ベブルはそれに駆け寄り、手を触れた。指輪を時空原石に直接触れさせる。


「俺を未来に連れて行け!」


 だが、なにも起こらない。


 やはり、未精製の時空原石のままでは効果が表れないのだろうか。


 しかし、それではいけないのだ。ベブルには、未来に行く必要があるのだから。


「俺の言うことを聞け」


 ベブルはそう言い、持てる魔力を全開にした。


「俺をムーガのいる時代に連れて行くんだ。いますぐに!」


 すると、時空原石は強烈な光を放ち、ベブルの視界は真っ白になった。


++++++++++


 ベブルは暗闇の中で目を覚ました。


 しばらくの間、ベブルは自分がどこにいるのか思い出せないでいたが、段々と、自分が鉱石採掘場から出ていないことを思い出した。


 ベブルは中空に向かって魔法の炎を撒き散らし、一時的に周囲を明るく照らした。思ったとおり、そこは洞窟の中だった。


 だが、奇妙なことに、時空原石の塊は見付からなかった。とはいえ、いつまでもそんなことを気にしている暇はない。未来に来たのだ。次に必要なのは、ここから出ることだ。


 ベブルは跳びあがり、天井を砕いた。どうやらそれはかなり無謀なことだったらしく、岩が崩れて降ってきた。彼は部屋の隅に避難し、なんとか難を逃れた。それから彼は、慎重に岩を突き崩しながら、徐々に上へ上へと登り続けた。



 何時間かが経つと、ベブルはようやく通常の鉱石採掘場に到達した。


 そこにいた警備の兵士はベブルの登場に驚き、持っていた魔導銃を乱射した。


 ベブルは魔導銃での攻撃をものともせず、逆にその兵士に殴り掛かった。兵士は昏倒した。


 次々と、ファードラルの兵士や魔獣が襲い掛かってくる。


 ここまで来れば手加減は無用だ。ベブルは敵を派手に殴り飛ばし、そして“炎の魔法”で焼き尽くした。駆け抜けるのみ。こんな地下の採掘場など、さっさと出てしまわなければならない。


 ベブルは全力で敵を叩き潰しながら、怒涛の前進を続けていた。


 ところが、鉱石採掘場から地下研究施設へと魔導転送装置で飛ぶと、到着と同時に、その場から魔力が噴き出してきた。


 罠だったのだ。


 そんな馬鹿な……。


 睡魔の魔法だったらしく、ベブルの身体は急激に重くなった。彼は両手、両膝を魔法金属製の床についた。倒れ込もうとする身体を支える。


 こんなところで倒れるわけにはいかねえ!


 ベブルは睡魔に耐え、立ち上がって走り続けようとする。だが、それは叶わなかった。彼は意識を失い、その場に倒れたのだった。


++++++++++


 目覚めよ、我が子よ——


 戦いの時は近い。


 二度目の誕生は近い。


 眠りを貪るときではない。



 お前はこの世界にとって、必要な人間なのだから――


++++++++++


 ベブルは部屋の中で転がっていた。


 目を開ける。しばらくはにじんで何も見えなかったが、次第に、視界が開けていく。


 知らない場所だった。


 ここに、ベブルはたったひとりでいる。


 ベブルは起き上がろうとしたが、できなかった。全身に麻痺の魔法が掛けられている。泥人形のように床にへばり付いたまま、指一本動かせない。口の中まで麻痺していて、舌さえも動かせない。運が悪ければ自分の舌で窒息しかねない。


 部屋は完全に閉じられているようだった。だが、顔を上げることができないので、確認はできない。この部屋の間取りさえ確認できないのだ。出入口がどこにあるのかなど、わかるはずもない。


 ベブルは自分が殺されていないことから、助けられたのかと思ったが、その考えは却下した。それならば、こんな状態で監禁するはずがない。デルンに捕まったと考えるのが妥当だ。ムーガはもうデルンの都市で戦ってるはずなのに、ベブルはデルンタワーを潰すどころか、逆に捕まっていることになる。


 ムーガを守るという約束さえ果たせない。


 腕も足も使えないので、格闘はできない。舌が痺れてなにも言えないので、魔法も使えない。八方塞がりだ。


 プシッという音がした。どうやら、ベブルの頭上で扉が開いたようだ。誰かが部屋に入って来る。その人物が入るとすぐに扉は閉まる。


 デルンの野郎かと、ベブルは思った。実際、その通りだった。


「実に久しいな、リーリクメルド」


 そう言ったファードラル・デルンの声は若々しかった。この時代ではすでに、二百六十歳を越えているはずなのだが。不老の薬を飲み続けているからだろう。


 ベブルはなにか言い返そうとしたが、舌が痺れているために、なにも言えない。


 ファードラルは屈む。それでも、ベブルには彼の顔が見えなかった。ベブルはうつ伏せに倒れているのだから。


「ノール・ノルザニでの戦い於いて畢命ひつめいせんかったことは、承知している。お前自身が、六十年前の地下施設に現れたのだからな。ここに於いて罠を仕掛けるなど容易いこと。……その『指輪』で以って、如何いかにして時を駆けたのかは知らぬがな」


 『指輪』だ! と、ベブルは思った。いまの彼はこれを取られるだけで死んでしまう。消滅の危機はすぐそこに来ている。


 だがファードラルは、ベブルに危害を加えることなく、そのまま立ち上がる。


「面白い話をしてやろう。フィナ・デューメルクがここへ向かっているようだ。あの小娘、貴様の妻となる人間であるようだな。ここで大人しく待っているがよい。いま、そやつの首を取ってきてやろう」


 デューメルクが? と、ベブルは叫ぼうとしたが、声にはならなかった。ベブルは呆れた。フィナは普段素っ気ないくせに、一度仲間だと宣言したら、どこまでも義理堅いのか。


 ベブルはなんとしてでも、ファードラルをここで殺そうと思った。しかし、彼の身体は思うとおりに動かない。


 ファードラルは嗤う。


「貴様は楽には殺さん。あの女を殺し、ついでにルーウィングとやらも殺してやろう。ルーウィングは貴様の孫のようだしな。その次にはヴェリングリーンがよかろう。貴様は最後だ、リーリクメルド」


 そのような言葉を残し、ファードラルは部屋を出て行った。


 ようやく、ベブルには得心がいった。ファードラルは、ベブルを苦しめた上で殺したいのだ。だからいま、彼は生きている。だが、そう解ったところで、どうできるものでもなかった。身体が動かないのだから。


 時間ばかりが空しく流れていくかに思われた。

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