第十七章③ 安息のために
ベブルはヴィ・レー・シュトから時の窟まで、自らの足で行くつもりだった。だが、フィナは彼に大犬の魔獣ディリムを貸した。フィナはこのあと未来に行くことになるので、ディリムを構成する魔力はベブルのものを使った。こうすれば、ディリムが必要なくなれば、魔力は彼自身に返すことができる。
ベブルはディリムに乗り、北へ向かって走り続けた。時の窟には十五日前後で到着できる。つまり、うまくいけば、未来世界のボロネには、彼が消えた日かその次の日には戻れるのだ。そして、未来のボロネで魔導転送装置を使えば、その日のうちに未来の帝都デルンに辿り着けるだろう。
ただし、すべて、「うまくいけば」の話だ。未来では、全世界の転送装置はファードラル・デルンによって押さえられている。だから、ムーガはこれを使わずに、『穢れなき双眸』を率いて地上を行軍したのだ。つまり、未来世界で転送装置を使うことができるか否かという問題がある。
それに、そもそも時の窟で『時空原石』が見付かる保証はどこにもないのだ。その原石は十分に大きなものでなければ使いものにならないうえに、未精製の原石のままの状態で使える可能性自体が極めて低いのだ。
それでもベブルは、ディリムを全速力で駆けさせ続けた。前に進むしかないからだ。変えることができるのは、未来だけなのだから。
十五日の行程の後、ベブルはボロネ街に到着した。そこで彼は食堂に入り、十五日振りのまともな料理を食べると、すぐにまたディリムを駆って北へと走った。
風と光の森と呼ばれる森の中に、洞窟があった。これが、時の窟と呼ばれているものだ。この森は彼の好きな森だったが、残念ながら今回は素通りするしかない。時間がないのだ。
++++++++++
現代の『時の窟』は魔王側の支配領域内にある。つまり、ファードラル・デルンの支配下にはないので、ここへ入ろうとも攻撃されることはないのだった。
ベブルは一度黒魔城に寄り、ザンたちを呼んで来ようかと思った。人手が多ければ、この洞窟内の探索にも効率がいいからだ。だが、彼はひとりでそこに入ることを選んだ。一刻も早く、時空原石を見つけたいと思ったからだ。
日は沈み、辺りの景色も闇に沈んでいた。
ベブルはディリムを消し、暗い洞窟の中へと踏み込んだ。
光の魔法が使えないので、彼は手探りで闇の中を突き進む。
不意に、前方から迫ってくる何者かの気配を感じ取った。それは、ベブルに向かって直進してくる。
人間じゃない。そう判断したベブルは素早く反応し、敵の攻撃の一撃目を躱した。そしてそのまま回転し、それに向かって肘を打ち付けた。するとそれは、短い呻きをあげて倒れた。
ディリムよりもまだ大きな、狼型の魔獣だった。
「まさか、俺が入ってきたのを見てたんじゃねえだろうな。こんな奴が普通、人里近くにいるわけがねえ」
ベブルはその魔獣を見ながら呟いた。だが、すぐに、口を噤む。新たな気配に気付いたからだ。次に来るのは、どうやら人間のようだ。彼は、暗がりの中に身を潜めた。
光の魔法で洞窟内を明るく照らしながら、兵士がふたり歩いてきた。
「いまの、入り口の監視装置に映ってた奴、絶対指名手配の奴に似てたって」
片方の男がそう言うと、もう片方が反論する。
「例の奴らはデルン陛下が直々に、ノール・ノルザニ諸共焼いたって話だぜ。“
「そうかあ、そうだよな。だが、万が一ってこともあるかもだろ」
「万が一な」
ベブルはそう言い、突然暗がりから飛び出した。兵士の男たちふたりが驚き、叫びを上げるまもなく、彼はそのふたりを殴り殺した。そして、兵士の片方が手に持っていた丸い玉を奪った。光の魔法は消え、洞窟内に闇が戻った。
「悪いな。俺は急いでんだ」
ベブルはそれから、洞窟の中を音もなく駆けた。ファードラル・デルンの部下に侵入に気付かれてしまう前に、ことを済ませてしまう必要がある。
辿り着いたのは行き止まりだった。ただ、そこで、ベブルが持っている玉が淡く光った。彼はそれを地面の上に置く。するとその地面に、光の魔法陣が出現した。
ベブルはその玉を拾い、その魔法陣の上に乗った。すると彼は転送され、研究施設の中ヘと飛んだ。
++++++++++
地下の研究施設内は照明で照らされていたので、魔法の光などは必要なかった。
なるほど。ベブルは理解した。ここは魔王ザンの支配地域だが、デルンはどうしてもこの場所が欲しかったようだ。地下の研究施設に行く階段はなくなったが、転送装置を使って直接入ることができる。もっとも、ファードラル本人は宮殿のほうから転送装置で飛んでいるのだろう。
それでも、あの洞窟の地下にこの研究施設があるのは確かなことだ。だから、ザンを警戒して、洞窟のほうも監視している。言に、ベブルのような人間が来て、洞窟の地面を破壊すれば、ここの天井から下りて来られるのだから。
ベブルは廊下を歩いた。いま、ここは無人ではない。現在も機能する研究施設として、デルン配下の研究員たちが働いていた。
ベブルは扉が半分開いている部屋を見つけた。そこには本棚や机があったが、机に向かっている男は、突っ伏したまま眠っていた。部屋にはその男しかいない。そして、その男は、自分の白ローブを脱いで、それを別の台の上に置いたままだった。
ベブルはその部屋にこっそりと入り、その白ローブを取って羽織ると、また部屋を出た。これで、ちらと見ただけでは、ここの研究員たちと同じ格好になった。お陰で、他の研究員と廊下ですれ違っても、特に注目を浴びることなく擦れ違うことができた。
ベブルはそのまま廊下を歩き続けた。何度か角を曲がって進むと、彼はとある壁の前で立ち止まった。この壁は、未来世界でムーガたちとここを訪れたときには、扉があったところだ。ところがそれが、なくなっている。
だがベブルは、それで諦めはしなかった。ここには扉があるはずだ。そう思い、彼はその壁に近づいた。しかしそれは壁のままだった。通ることはできない。
仕方なしに立ち去ろうとしたが、不意に、ベブルは自分が兵士から奪った丸い玉を持っていることを思い出した。それを腰の袋から取り出すと、廊下の反対側の壁がうっすらと光った。
ベブルがその光に触れると、先ほどの壁に扉が現れた。彼はその扉を開き、その先に進む。扉は、放っておくと勝手に閉まり、そしてまた消えた。
そこからも廊下が続いていた。ベブルはそこを歩き続けた。だんだんと、思い出してきた。この先にずっと行けば、採掘場への転位装置があるのだ。それに乗り込み、採掘場を探せば、時空輝石の原石が見つかるかもしれない。
廊下の両側には部屋の扉が並んでいたが、ベブルは見向きもしなかった。廊下には何人もの研究者が出てきており、互いに話をしているものもあったが、それも無視した。堂々と通り過ぎるのが得策だと思ったのだ。
そうしていると、研究者たちの話が聞こえてきた。
「警備に行った兵士と連絡が取れなくなったらしいぞ」
「まさか……、魔王側の奴が来たのか? ここは大丈夫なのか?」
「そんなことになったら、デルン陛下が黙っていないだろう」
「何てことだ、遂に全面戦争かもしれんな」
まずいな。ベブルは心の中で思った。さっきの奴らを始末したことは、もうすぐにばれちまう。何とかして、採掘場まで行かねえと……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます