第十六章⑦ 望まぬ戦い

 相変わらず、神界レイエルスの街は真っ白だった。風の吹かぬ純白の世界。


 ベブルたちは時空塔を降り、白い街へと出てきた。


「まったく、やれやれだ」


 ベブルは歩きながら、腕を廻した。


「やはり、デルンにとって、時空塔は使えないものではあっても、自分に危険をもたらす可能性のあるものだとは解っていたようですね」


 ウィードもそう言いながら、レイエルス側の時空塔から出て来た。そんな彼の手には、魔剣が握られている。その後に続くレミナも、やはり魔導銃で武装していた。


 三人はレイエルスに来て早々、レイエルス側の時空塔に用意されていた魔獣と戦ったのだった。当然、それはデルンが仕掛けた罠だ。


「本当に神経質な奴だ」


 ベブルは深い溜息をついた。


 ウィードがベブルに言う。


「とにかく、急ぎましょう、ベブルさん。さっきの魔獣と戦ったせいで、デルンに危険信号が届いているかもしれません。こうなっては、突き進むしかありません」


「そうだな。だが、どこに行けばいい? レイエルスは広い。デルンタワーにはどこから繋がってるんだ?」


 それにはレミナが答える。


「わたしは、レイエルス神殿がそうである可能性が最も高いと考えています」


 なるほどと、ベブルは思う。


「レイエルス神殿か……。確かにそうだな。レイエルスの最大の宮殿。デルンの野郎が真っ先に目を付けるところだな。だが、デルンの野郎に危険信号が行ったとしたら、レイエルスからデルンタワーへの転送装置はどうなんだ? 使えなくなってるんじゃねえのか?」


「それに関しては……、彼女に任せているんです」


 ウィードはそう言って、レミナのほうを見る。彼女はうなずく。


「はい、お任せください。わたしが利用可能にする予定です」


「彼女、この手の魔法機械には強いらしいんですよ」


 そう、ウィードがベブルに言う。そんなものなのかと、ベブルは思う。


「じゃあ、お前に任せた。行くぞ、レイエルス神殿に」


++++++++++


 レイエルスの街の転送局を利用し、ベブルたちはレイエルス神殿の前の庭園にまでやってきた。ここから神殿までは、まだかなり歩く必要がある。


 彼方に聳え立つ、荘厳で、そして物悲しく静かで、そして威圧的な宮殿。三人はそれを前にして、一度立ち止まった。


 純白の神の城。かつては、すべての支配者がここにいたのだろう。


 ウィードが感嘆の声をあげる。


「なんて凄い建物なんでしょうか。かつて、レイエルスの最高神がこんなところで暮らしていたんですね」


「多分な」


 ベブルはそう答えた。だが、レミナは逆のことを言う。


「しかし、このような建造物を建設するだけの力を有しながら、魔界ヨルドミスとの二界戦争で神界レイエルスは滅亡しました。戦争とは、かくも無意味なものなのですね」


 三人は再び歩き始めた。彼らの足音は、まるでここが密閉された空間であるかのように、高く響いた。


「そういや、だいたい二十何日くらい前に、……いや、正しくは百八十年くらい前に、俺は一度ここに来たんだ。ザンとユーウィとな。あいつらとここに来たときには、ここらじゅうに武器が落ちてたんだが……」


 ベブルは他のふたりにそう言いながら、少し周囲を見回したが、武器のようなものはなにひとつとして見当たらなかった。


 ウィードが首を傾げる。


「武器? ああ、百八十年前と言えば、二界戦争の直後ですよね。両軍の武器が散乱していたということですか」


「そうだ」


 レミナが周囲を見回す。


「しかし、現在そのようなものは発見されません。デルンが回収した可能性が考えられます」


「だろうな。ザンが言うには、この神殿にはレイエルス最高の文明があって、デルンに渡したくないモンばっかなんだとよ。そのせいで、“赫烈の審判”とかいうのができたんじゃねえのか?」


「当時のアーケモスの文明から考えると、そうだとしか考えられませんね」


 ウィードが同意した。


「可能性はあります」


 レミナの同意はいつも控えめだった。


 ベブルは歩きながら別のことを思い出す。


「そういえば。レミナ、ユーウィはどうしたんだ? 黒魔城にいたが、まさか一生あそこにいたわけじゃないだろう」


 質問に対し、レミナはすぐに返事をする。


「彼女は当時のボロネ村に移住し、そこでボロネ村在住の男性と婚姻関係を結びました。彼女の子や孫については、ザンが追跡しなかったために、関知していません」


 それを聞いて、ベブルはほっと胸を撫で下ろした。よかった、ザンの野郎はユーウィに手を出してねえな。あいつが俺の先祖にでもなった日には……。


 レミナは名前を並べる。


「ユーウィさん、リーリクメルドさん、そして、ムーガ。三人とも、非常に似通っています。リーリクメルドさん、貴方がたは血縁がありましたよね」


「ああ、まあな」


 ベブルは、渋々ながらそう答えた。ウィードがそれに割って入る。


「さあ、先を急ぎましょう。こんなことをしている場合ではありません。行きましょう」


++++++++++


 レイエルス神殿内の転送装置はレミナの左手で起動が可能だった。ユーウィが持っていたあの手袋と同じことが、彼女はその手でできるのだ。


 ベブルたちは転送装置を利用して、神殿の最奥へとやってきた。この真白い空間は、百八十年経っても、やはりその神秘的な空気を忘れてはいなかった。


 まるで時が凍りついたようだ。


 だが、ここに放置されていた武器もすべて撤去されていた。やったのはおそらくデルンだろう。


 ベブルは言う。


「ここが、何か重要な儀式でもあったんだろうって、ザンが言ってたところだ」


 ウィードはその先に伸びる階段の上を指差す。


「あそこに光が見えます。転送装置の明かりによく似ていますが」


「可能性はあります」


「行ってみるか」


 ベブルがそう言い、先に進もうとした。残りのふたりも、同じように彼に続こうとした。



 ところがそのとき、ベブルたちの背後で音がした。


 機械の音だった。三人は振り返る。


 魔導転送装置が勝手に作動しているのだ。レミナの左手がなければ動作しないはずだというのに。


「まさか、デルンか?」


 ベブルは構える。ウィードは右手に魔剣を召喚し、レミナは魔導銃と、浮遊攻撃装置、そしてゴーグルを呼び出した。


「やはりここで一戦、ありましたか」


 ウィードはそう言った。


 しかし、転送装置から出て来たのは、デルンではなく、そして、デルンの部下でも、兵士でも、魔獣でもなかった。


 深い青色の髪と瞳をした男だった。


 それは、ベブルが最初に神界に到着したときに――フィナとルットーと共に奇襲を受けて逃げ帰ったときに見た男だった。そして、彼らに向かって「愚かな人間共め」と言った男だった。


 その男の顔は、ウィードとそっくりだった。ウィードとの違いは、髪の色と、右目周りの傷跡くらいしかない。その男の顔には、大きなバツ字の切傷跡があった。


 ところで、レミナの服は、アーケモスにいながらレイエルスの文化のものだった。服の色は髪と同じ深い青色で、身体の線に張り付くような造形。そして、その男の服は、若干の違いはあったが、全体に同じような印象を抱かせる。


 その男は口を開く。


「貴様等は、デルンではないな」


「てめえは何者だ!」


 ベブルは腹の底から怒鳴った。


「俺はレイエルスの最上位の神、創造神オルグスだ。目覚めて出て来てみれば……、これは面白いことになった。俺の他にも神の生き残りがいたとはな。そして、そこの金髪。お前はこれから探しに行こうと思っていたところだ」


 ウィードはその場で魔剣を構え直し、その切っ先をオルグスに向ける。


「なに! レイエルスの神が、僕に何の用だ!」


 オルグスは嘲笑う。


「お前は俺の、新しいだからな」


「器?」


に対抗するには、時間改変の影響を受けてはならんからな」


「お前! お前はどうして、時間改変のことを、僕が時間改変を受けないことを知っているんだ!」

 

 ウィードは叫ぶように言った。いつもは冷静な彼だが、今回ばかりは違った。


 オルグスは不気味に嗤っている。


「この俺が貴様を特別に造ったからだ。神とはいえ、この俺も時間改変の影響を受ける。俺には、時間改変を超越する必要がある。それにこの身体を持っている限り、俺は奴に追われ続けるからな」


「奴?」


 オルグスは答えず、その右手に魔剣を召喚する。その魔剣は、刀身が完全に眩い光だけでできていた。


「とにかくだ。お前の身体はこの場で貰い受ける」


「却下します」


 そう言ったのはレミナだった。彼女は銃口をオルグスに向けていた。


 オルグスは嗤う。


「お前は俺の身内だろう? 俺が造ろうとしているのは、神を頂点とした世界だ。お前も来るがいい。なぜすべての支配者である神界が滅び、人間共のアーケモスが繁栄する? どうだ、来ないか?」


「拒否します」


 レミナは即答した。


 オルグスは両腕を広げる。彼の身体から、莫大な量の魔力が噴き出す。


「愚かなことだ。ならば、人間どももろともに死ね!」



 真っ先に斬り掛かったのはウィードだった。彼の斬撃はオルグスの魔剣に受け止められる。


「その程度か!」


 オルグスは薙ぎ払い、ウィードを撥ね飛ばす。撥ね飛ばされながらも、ウィードは魔法を発動させていた。


「“風の魔法スウォトメノン”ッ!」


 地面から巻き上がる竜巻に、オルグスは飲み込まれる。この瞬間、彼に隙が生じる。


 すかさず、レミナはその竜巻の中に魔力で出来た弾丸を撃ち込む。彼女が引き金を引いている間、魔導銃の銃口からは連続して弾が撃ち出されていた。


「“エスカトス”!」


 レミナは声高に武器の名を叫ぶ。すると彼女の周りを浮遊している攻撃装置が起動し、魔導銃に加えて、そこからも更に銃弾を放出する。


「行くぞ!」


 着地したウィードは体勢を立て直し、オルグスを巻き込んでいる竜巻にまで急接近すると、それに斬り掛かった。


「“嵐旋豪崩斬”ッ!」


 ウィードは跳び上がり、竜巻に向かって、途轍もない速さで斬撃を叩き込んでいく。これだけの攻撃を受けて、生きている人間がいるはずがない。


 竜巻の中から声が聞こえた。だがそれは悲鳴ではない。雄叫びだった。


 強烈な衝撃波に襲われ、ウィードはまた弾き飛ばされる。


 竜巻は止んだ。オルグスが姿を現した。彼は血塗れだった。


 レミナが攻撃装置“エスカトス”を乱射する。だがそれは、オルグスの魔力障壁によって防がれてしまう。


「こうでなくてはな!」


 血塗れのまま、オルグスは不気味に笑った。


 そしてオルグスは、左手を彼らに向かって突き出した。その手には、ユーウィがしていたような手袋が嵌められていた。彼は魔法を発動する。


「“ガルキア=スウォト=ルゥラ”!」


 すると、たちまちその場は猛吹雪に襲われた。ウィードもレミナも魔力障壁を張って身を守るが、ベブルだけはそれができなかった。


 さらに、上空から幾つもの隕石が降り注ぎ、白く綺麗な地面を次々に破壊していく。ベブルたちは、走り回ってはそれの直撃を避けていた。


「ははは、逃げ惑え、愚かな者共め!」


 オルグスは狂ったように笑っていた。


 ウィードは走りながら言う。


「何だ、これは……。これが、魔法なのか!?」


 そしてこの間に、オルグスは自分自身に魔法を掛けていた。


「“治癒魔法イルヴシュ”」


 オルグスの身体に刻み込まれた傷が、見る見るうちに消えていく。そして更に彼は自分自身に“反射の魔法”、“高速の魔法”、そして“力の魔法”を掛けていた。彼は剣を構えなおす。彼にとって、再び戦いの準備が整った。


「調子に乗ってるんじゃねえ!」


 そう叫んだのはベブルだった。彼は中空に飛び上がり、そこから地上のオルグス目掛けて殴り掛かった。


「残念だったな」


 オルグスは嗤った。


 その瞬間、オルグスの魔剣が輝きを増し、彼の魔力障壁から炎の魔法が撃ち出された。だが、魔力耐性の強いベブルには大した痛手にはならなかった。


「チッ、カウンター攻撃、自動魔法、炎の魔法エグルファイナと繋いだというのに!」


 オルグスは剣の構えを深く取り、上空のベブルに対して打って出た。


 魔剣と拳とが衝突し、ベブルは再び虚空へ撥ね返される。それと同時に、ウィードがオルグスに斬り掛かる。オルグスは素早く反応し、それを受け止める。


 ウィードは風の魔法を纏わせた魔剣で激しい連撃を繰り出すが、オルグスはその全てに合わせ、撥ね返した。


 吹雪と隕石はすでに止んでいた。


 レミナは離れたところからオルグスを狙って撃っていたが、どれも当たらなかった。というのも、彼の身体に掛かっている“反射の魔法”がそれを全て撥ね返してしまうからだ。


 オルグスは間違いなく強敵だった。ウィードが攻撃を仕掛けていったのにも関らず、何度か斬り付けられたのは彼のほうだったのだ。そして、ウィードもレミナも、先程の隕石吹雪の痛手を受けていた。一番無傷に近いベブルでさえ、それなりの打撃を受け、頭から血を流している。


「おっと、悪いな」


 オルグスの強烈な一撃が、ウィードの左肩から脇腹にかけてを切り裂いた。痛みに気を取られたウィードは、次の攻撃に気付かなかった。オルグスの右脚がウィードのこめかみに激突する。ウィードは魔剣を手放し、地面目掛けて叩きつけられる。


 ウィードはうつ伏せになり、起き上がろうとしたが、思うように腕に力が入らなかった。彼は目の前に、オルグスの足があることに気がついた。


 オルグスは屈み、地に伏すウィードに言う。


「悪いな。俺の新しい器だから、あまり痛め付けたくはなかったんだが。まあ、元が人間なら、治療箱にぶち込めばすぐ治る。俺たち神よりもずっと早くな。そのあとで、お前を神にしてやる。もっとも、そのときにはお前の中身は俺だがな」


 ベブルは、ウィードに皮肉を言っているオルグスに向かって駆けていた。一気に決着を付けてしまうつもりだ。


「消えろ!」


 ベブルの拳が風を切る。そして、奇妙に空間を削り取ってゆく。


 これを見た瞬間、オルグスの顔は蒼ざめた。彼は一瞬で、この拳の脅威を知ったのだ。彼は後ろに跳躍すると、ベブルから大きく間合いを取った。


 オルグスは身を守るように魔剣を構える。


「貴様……、奴らの手先か!?」


「奴ら?」


 ベブルは構えた。オルグスの様子が豹変している。


 オルグスは構えを深く取り、ベブルを睨み付けていた。


「俺の新しい器に、神の生き残り……、そして、貴様はただの人間だと思っていたが……、貴様、そいつらを連れて、俺を追って来たんだな?」


「はあ?」


「とぼけるな! おのれ……、いますぐ殺してやる……」


 オルグスは激昂したが、その表情からは焦りの色が読み取れた。

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