第十四章③ 折り重なる謎

 突風が吹き、三人は煽られた。瞬時に反応したザンが、魔剣『ウェイルフェリル』を使って魔力の盾を展開した。少し遅れて、巨大な魔力をはらんだ太い光の筋がその盾に直撃する。盾はもう少しで破壊されるかに見えたが、そうなる前に光の筋のほうが止んだ。


「な、なんですか?」


 ユーウィは慌てながら、魔剣『闇を裂くものウィエルドゥウイ』を構えた。いままで剣を持ったことがないので仕方がないことだが、その構えは堂に入っていない。


 ベブルもまた、すでに構えていた。彼は素手で戦うので、なにも武器を持ってはいない。彼は、いまの攻撃に見覚えがあると気づく。


 あれは――“アドゥラリード・キャノン”――。


「何だ貴様等。俺の案内をしてくれるかと思ったが、ここの地理を知らんのか」


 ファードラル・デルンの声だった。


 ベブルたち三人の前に、ファードラルは立っていた。彼の傍らには、やはり、“黒風の悪魔アドゥラリード”が佇んでいる。当然ではあるが、既に“アドゥラリード”は、最強を誇る魔力障壁に包まれていた。


「ならば、役には立たん。ここで死ね」


「死ぬのは貴様だ、デルン! せいぜい、神殿で死ねる幸運を噛み締めることだな!」


 ベブルは吼えた。


「まさか……、俺たちのあとをつけていたとはな」


 ザンは魔剣を握り直した。ファードラルは鼻で嗤う。


「ふん。俺がこのような事態を予見せぬとでも思うたか。貴様等の後を追ってレイエルスに入れば、この“アドゥラリード”の強化パーツが見付かるやも知れぬからな」


「“アドゥラリード”を強化するだと? まさか、完全体にするつもりなのか?」


 ……何だ?


 ベブルは違和感を覚える。


 なにか、変だ。


 ファードラルは嗤っている。


「そうだ。数多ある古の怪物の中で、俺が“アドゥラリード”を選抜した理由はそれだ。“漆黒の魔竜”や“白雨の悪魔”も良いが、“黒風の悪魔”は、強化すれば際限なく金城鉄壁にして剽悍に成り行く」


 ユーウィは驚愕する。


「そんな……。以前のままでもジル・デュールがあんなことになってしまったのに、この怪物はまだ強くなるというのですか?」


 ベブルは確信した。


 間違いない、歴史は変わった。


 『未来人』が未来の神界レイエルスの技術を奪い、この時代のデルンにそれを渡すことで“アドゥラリード”は強化された。だからベブルたちは、それを阻止するために、この時代のレイエルスに侵入した。だが、ファードラルは、そんな彼らを止めるために後から付いて来ていた。あわよくば、この場で彼らを始末すると同時に、未来からもたらされたはずの技術を、いま、手に入れてしまおうと——。

 

 だが、そうして付いてきたために、未来のレイエルスに、ファードラルが手に入れたはずの“強化パーツ”は存在しなくなった。理由は明らかだ。ファードラルがここで手に入れるのなら、未来のレイエルスには“強化パーツ”は存在しなくなる。


 だから、いま目の前にいる“アドゥラリード”は、昨日見た“強化されたアドゥラリード”ではなく、強化前の“ただのアドゥラリード”ということになる。


 ベブルはにやりと笑う。


「デルン、お前はここに、勝算があると思って来たのか? いや、来るときにはあったが、ここに来たらなくなっちまったのか?」


「なに?」


 ファードラルは、ベブルの挑発が腹立たしいのか、乱暴にローブのしわを直した。ベブルは言葉を続ける。


「言ってみろよ。この『力』を持つ俺と、『ウェイルフェリル』を手に入れたザンを相手に、その“アドゥラリード”で勝つつもりか? 現に、ザンはその剣でさっきの攻撃を止めちまったよなあ? じゃあ、決め手は何だ?」


「何だと……?」


 ファードラルはベブルを睨み付けたが、その後の言葉を出せなかった。その代わりに、小さく呟く。


「馬鹿な……、なぜだ……」


 そして、ザンが言う。


「確かに、ベブルの言うとおりだ。“アドゥラリード”はベブルひとりで相手できる。そして、『ウェイルフェリル』を手にした、いまの俺なら……、勝てるぞ。俺はいったい、なにを恐れていたんだ?」


「愚か者め!」


 そう叫んで、ファードラルは“アドゥラリード”の背中に飛び乗る。


「ここが貴様等の墓場だ! そのことに変わりはない! ベブル・リーリクメルド!」


 ファードラルを乗せた“アドゥラリード”は、羽ばたき、舞い上がる。



 そうは言ったもののと、ベブルは心の中で思う。あの『力』は使いたくないものだ。使わずに“アドゥラリード”を倒せるかどうかは疑問がある。


 ベブルは瞬間的に脚に力を入れ、跳び上がった。一瞬のうちに、上昇中の“アドゥラリード”に追い付く。


「させるかよ!」


 ベブルは空中で“アドゥラリード”の魔力障壁を殴った。あまり高く飛ばれては、こちらからの手出しがし難くなる。高度を下げておく必要がある。


 “アドゥラリード”は衝撃を受け、少しだけ落下するが、すぐに持ち直し、目の前にいるベブルを魔法で弾き飛ばした。ベブルは神殿の柱の一本に背中から激突する。


 “黒風の悪魔”は、目の前から邪魔なベブルを排除し、油断していた。次の瞬間には、先程までベブルがいたところにザンが跳んで来ていた。


「これなら、どうだ!」


 ザンの剣の刀身が光り輝き、“アドゥラリード”の魔力障壁はその剣に打たれ、地面に向かって急落下した。


「馬鹿な……!」


 ファードラルは、“アドゥラリード”を持ち直させようとする。だが、その前に、別の方向からの魔法に撃たれる。ユーウィの左手が放った光の魔法クウァルクウァリエだった。


「くっ……!」


 ファードラルは、落下を続ける“アドゥラリード”を無理矢理引き上げ、屋根のないところで空高く舞い上がらせた。こうなると、ベブルやザンの攻撃範囲外だ。


「逃げられた!」


 ザンは剣を持って下り階段の手前にまでやって来た。この先には屋根がない。そして、その屋根のないところで、ファードラルは“アドゥラリード”に乗り、天空を舞っている。


「“炎の魔法エグルファイナ”!」


 駆けつけたベブルが拳を突き上げる。純白の空が、一瞬にして赫烈かくれつな炎に包まれる。だが、あまりにも遠すぎて、最強の防御を誇る“黒風の悪魔”の魔力障壁を破ることはできない。


「野郎……、次はもっと力を……」


 ベブルは次の魔法の詠唱を始めたが、その間に、中天、遥か彼方から、“アドゥラリード”が魔法の光弾を無差別にばら撒いてきた。


 ベブルたちの足元で、次々と爆発が起こる。ベブルは撃たれても平気だったが、ユーウィは危険だ。そのことに気づいたザンは、魔剣『ウェイルフェリル』を構えて彼女の前に立つ。


 いや、待てよ……。ザンはまた別のことに気づく。よくよく考えれば、彼女は『闇を裂くものウィエルドゥウイ』を持っているではないか。


 ザンは、ユーウィに背を向けたまま言う。


「ユーウィ」


「はい?」


「長距離追尾を起動して、『闇を裂くものウィエルドゥウイ』経由で光の魔法クウァルクウァリエを奴に向かって撃ってくれ。躊躇わず、連射してくれ」


「は、はい、わかりました」


 ザンは横に退き、ユーウィに道を譲った。彼女は剣を構え、彼方にいる“アドゥラリード”を見据える。


 “アドゥラリード・キャノン”が降り注ぎ、儀式の間の天井を貫いた。三人の後方で大きな爆発が起こったが、ユーウィは身じろぎしなかった。“アドゥラリード”は、攻撃目標から離れすぎたために、攻撃を正確に当てられなくなっている。


「“光の魔法クウァルクウァリエ”!」


 ユーウィは何度も何度も闇雲に剣を振り回した。その度に、彼女の剣――『闇を裂くもの』から“光の魔法”が撃ち出され、それらは全て、確実に、遠くにいる“アドゥラリード”の魔力障壁に衝撃を与え続けた。


 ベブルは口笛を吹く。


「ひゅう。やるじゃねえか」


 不意に、“アドゥラリード”の放った光弾のひとつが、ユーウィを襲った。だが、ザンはそんな彼女を守ろうとはしなかった。


「お、おい!」


 当然ベブルは、ザンに抗議しようとした。これまでユーウィを守っていたのはザンだったのだから。今度もザンが守ると思っていたのだ。もし彼女がケガでもすれば、単なる抗議ではすまない。


 だが、ユーウィの周りに自動的に魔法の障壁が発生し、“アドゥラリード”の光弾を撥ね返してしまったのを見て、ベブルは驚いた。しかも、その光弾すらも、正確に“黒風の悪魔”のほうへと戻って行ったのだ。それらもまた怪物への打撃となる。


 ザンは落ち着いて言う。


「『闇を裂くものウィエルドゥウイ』の魔法自然反射機能だ。今頃理解したが、この剣は強すぎる。それに今は、長距離追尾を併用しているからな。撥ね返した魔法も、確実に相手に向かって飛んでいく」


 “アドゥラリード”は空を駆り、物凄い速さでこちらへ戻って来ている。


 ファードラルは、有利を取る間合いを広く取ったというのに、それが裏目に出たのだ。怒りに突き動かされ、近距離で三人を仕留める作戦に切り替える。


「お、おのれええっ!」


「き、来ましたよ!」


 一番前に出ていたユーウィが、流石に今回はたじろいだ。


「任せろ」


 今度はベブルが前に出る。そして構え、跳び上がった。彼は空中で、“アドゥラリード”の魔力障壁を、二、三度蹴る。


 一瞬、ベブルは、怪物の背に乗っているファードラルと目が合った。ファードラルは呪文を唱えているところだった。


「“炎の魔法エグルファイナ”!」


「ぶわっ!」


 ベブルは炎の魔法に打ち上げられる。損傷があった。ファードラルは自身に、事前に魔法強化呪文を唱えておいたのだ。


 打ち上げたベブルを無視し、ファードラルは地上を見据えた。この先にいるのはユーウィだ。“アドゥラリード”は降下を続ける。


「死ぬがいい、小娘!」


「そうはさせるものか!」


 魔剣『ウェイルフェリル』を構えたザンが、“アドゥラリード”とユーウィとの間に割り込む。


 ザンは“黒風の悪魔”の魔力障壁を受け止め、進行を止めた。


「小賢しいわ!」


 ファードラルが“アドゥラリード”の上で叫ぶ。怪物の持つ、最強の魔力障壁に力が満ち満ちてくる。“アドゥラリード・キャノン”の準備行動だ。しかも、今回はファードラル本人の魔力が加算されている。先程までのものとは比べ物にならない威力になるはずだ。


「そんな障壁、俺が砕いてやるよ!」


 上空から声が聞こえた。ベブルだった。彼は拳に、『力』を纏わせ、下にいる“アドゥラリード”目掛けて、落下している。


 間に合わない!


 そう直感したユーウィは、『闇を裂くものウィエルドゥウイ』を振りかぶり、なりふりり構わずに、“アドゥラリード”の障壁に斬りかかった。


 妙な風切り音が聞こえた。


 次の瞬間、『闇を裂くものウィエルドゥウイ』が“アドゥラリード”の魔力障壁を砕け散らせた。


「な、に……」


 “黒風の悪魔”の背に乗っているファードラルは、あまりのことに気を取られてしまう。


「おああああああああっ!」


 ファードラルはしばらく、なにが起こったのか理解できなかった。そして、いま、誰の咆哮が聞こえているのかも忘れていた。


 気づいたときには、遅かった。


 そうだ、リーリクメルド……!


 ファードラルは“アドゥラリード”を捨て、飛び降りる。刹那、ベブルの拳が、魔力障壁を失ったその怪物の脳天に直撃する。


 “アドゥラリード”は一度大きく痙攣すると、泥人形のように、床の上に崩れ落ちた。ベブルの『力』が、怪物の頭の中心を貫通したのだ。“黒風の悪魔”の頭には、小さな穴が開いている。



 ベブルは地上に降り立ち、いまや乗騎を失ったファードラルを睨み付ける。


「さて、後はお前だけだな。デルン」


 ファードラルは後退りしながら右手に杖を召喚する。そして、それを構える。


 ベブルは拳を鳴らしながら、悠然と彼のほうに近づく。


「年寄りだってのに、活きが良いな。とっとと墓場に行け」


 ファードラルの目は、怖れに見開かれている。


「俺は……。俺は、アーケモスの第九代大帝……」


「馬鹿め」


 ベブルは駆け出した。そして、彼の拳がファードラルを襲う。


 ファードラルは杖を前に突き出し、魔力障壁を展開する。


 ベブルの拳は障壁に当たって止まる。仕方がないので、彼は『力』を使って叩き割ろうとした。


「面倒掛けさせんな——」


「“炎の魔法エグルファイナ”!」


「!!」


 ファードラルの魔法で、ベブルは炎に包まれる。ダメージはあったが、彼に耐えられないはずがなかった。


「そんなもんかよッ!」


 ベブルも炎の魔法で応酬した。彼が魔法を発動させた次の瞬間には、ふたりとも、激しく燃え盛る炎の中にいた。


 ファードラルは、このあかい世界の中で、黒い煙を上げて燃えていた。


 ベブルは高らかに笑った。


「ざまあ見ろ」


 そして、ベブルはファードラルに殴りかかった。



 炎は消えた。


 ザンとユーウィは、離れたところから炎の様子を見守っていた。


 炎がなくなって残ったのは、ベブルだけだった。ファードラル・デルンの姿はどこにもない。


 ベブルは言った。


「あっけなく、燃えちまった」


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