第十四章② 折り重なる謎
ベブルたちは、レイエルス神殿内部へと踏み込んだ。神殿の内部にも、白い石で造られた空間が広がっている。あまりにも広い。この建造物だけで、学術都市フグティ・ウグフでさえ呑み込んでしまえるかもしれない。まるで、神殿内に都市がひとつあるかのようだ。
神殿内に魔導転送装置が見つかったので、三人はそこへ向かった。ザンは装置を動かすことを試みたが、できなかった。どうやら、神殿内の転送装置はすべて動作しないようだ。
神殿内のあちらこちらに、魔剣や魔導銃などの武器が落ちていた。レイエルス軍とヨルドミス軍の戦闘がここでも行われた証拠だろう。だが、戦死者の骸は見えない。
「参ったな。ここから先、ずっと歩いていくのは骨だぞ」
ザンが頭を掻いた。それに対して、ベブルが言う。
「何だよ、ディリムに乗りゃあいいじゃねえか」
「ベブル、召喚できるのか?」
「俺はできねえよ。お前もディリム召喚できねえのか?」
ザンはもしやと期待しつつ訊ねたのだったが、ベブルの返答を聞いて、やはりがっかりした。
そこに、ユーウィが割り込む。
「あの……。なにか、光が点きましたけど」
「え?」「あ?」
ザンとベブルはもう一度転送装置を見た。ユーウィの言うとおり、先程まで機能停止していた装置に、明かりが灯っている。起動しているのだ。
ザンは訊く。
「どうやったんだ、ユーウィ?」
「えっと……。こうやって、手を触れたら急に……。なにか、いけなかったのでしょうか?」
ベブルが答える。
「そんなこたねえよ。動いてるんだ。儲けもんじゃねえか」
ザンは、しばらく黙って顎に手を当てて考えごとをしていたが、やがて結論を出す。
「なるほどな。ユーウィ、多分君の左手の籠手のせいだ。そこに入っているデータが、君を神界レイエルスの者だと認識したんだろう。だから、転送装置が作動した」
「この、手の甲の宝石に、それが入っていたのですか?」
「おそらくな」
「とにかく、さっさと行こうぜ。俺たちが行きたいところは、こっから行ったほうが早いんだろ?」
「そうだな」
ザンは肯定した。
そして、三人はその転送装置に乗り込み、そこから飛んだ。
++++++++++
三人がやってきたのはレイエルス神殿の最奥だった。なにやら神秘的な雰囲気のする、しかし、冷たく白い空間だ。
ただただ広い。三人の向かう先には階段があり、その上には、儀式を執り行うためのような場所があった。
ベブルたちはその階段のほうへと歩いたが、その途中で、不意にザンが立ち止まる。
そこにも、先程見たように、二界戦争で使用された武器が転がっていた。しかし、どうやらそのうちのひとつが、ザンの目に留まったようだ。
「これは――」
ザンは呟くと、導かれるように、それのほうへと歩いて行った。
それは、一振りの魔剣だった。
明らかに、他の魔剣とは異なる、見るものを圧倒するほどの見事な造りをした、場違いな存在感を放つ、つるぎ。
ザンはその前で立ち止まる。なにごとかと思ったベブルとユーウィは、訝しげに彼の後に続いた。ベブルが彼の背に向かって訊く。
「おい、ザン。それがどうしたっていうんだ」
「魔剣『ウェイルフェリル』――― 父上の剣だ」
そう、静かに、ザンは答えた。
「お前の……、親父の?」
ザンは魔剣『ウェイルフェリル』を手に取る。
「ああ、父上は、ヨルドミスの魔王のひとりであり、あの二界戦争の時には、ヨルドミス軍の将軍だった。父は、こんなところにまで来ていたのか……」
「お父様……、ですか」
ユーウィが横からそう言う。彼女は、つい数時間前に父親を失ったのだった。
ベブルは感心して腕を組む。
「たいした奴だな。それで、その剣はどうなんだ? お前の剣より強いのか?」
ザンはその魔剣を色々な角度から眺め回しながら、答える。
「まあな。魔剣『ブランヴォルタ』も名剣だが、魔界ヨルドミスには、『ウェイルフェリル』を超える破壊剣は存在しなかった。いや、そもそも必要さえなかったのかもしれない」
「そりゃよかったじゃねえか。これでお前が強くなりゃ、デルンに勝てるんじゃねえか?」
「もしかしたら……。だが、“アドゥラリード”を強化しなかったことにする必要はある。とりあえず、上にのぼってみよう。何かあるかもしれない」
三人は白い階段を上った。すると、そこには、天井を支える太い柱以外の何もない空間が広がっていた。
床を見ると、この場所にだけ、文字がびっしりと書かれていた。床も、壁も、天井もだ。ベブルは、どういうわけか、それらの文字を見たことがあるような気がした。彼に読める文字ではないというのに。
「ここで、最上位の神々が、なにか重要な儀式をしていたのかもしれないな」
ザンはそう言って歩いた。
「お前、ここの文字が読めるのか?」
ベブルは、なにか知っていそうなザンにそう訊いた。だが、ザンは苦笑しながら首を横に振る。
「まさか。こんな特殊な文字、読めるわけないだろう。ここはレイエルス神殿の最深部だ。ヨルドミスの者には絶対にわからないことさ」
ベブルは黙って、床に、壁に、天井に描かれている文様を眺めて歩いた。
俺は、確かに、これをどこかで見たことがある気がする。
どこだった……?
じっと押し黙って、ひとりで考え込んでいるベブルをよそに、ザンとユーウィは話をしながら奥のほうへと歩いていった。
「見てください、ザンさん。ここだけ文字が書かれていませんよ」
ユーウィの声が聞こえた。続いて、ザンの声が聞こえてくる。
「本当だな。確かに、ここだけ文字が書かれていないな。ここに、以前はなにか置いてあったのかもしれないな。例えば……、石碑とか、か?」
石碑?
ベブルは顔を上げた。部屋の奥のほうで、ザンとユーウィが、床を見ながら話をしている。彼は足早に歩き出し、ふたりが見ているものを確認しようとした。
果たして、その床にあったのは、長方形の形をした、文字の書かれていない部分だった。その周りには謎の文字が書き並べられているというのに、そこだけ、なにも書かれていない。ザンの言うとおり、元々ここになにかがあったかのように見える。
ベブルがよく知っている石碑と、丁度同じくらいの大きさだ。
「ザン、お前、いま何て言った」
ベブルにそう訊かれて、ザンは顔を彼のほうに向ける。
「石碑があったんじゃないかって言ったんだ」
それからまた、ベブルは押し黙った。彼があまりにも真剣な表情をしているので、ザンとユーウィは、なにも言わないで次の言葉を待っていた。
ベブルはようやく口を開く。
「ここの文字は……、俺の家にある、俺のお袋の墓に書かれてる文字と同じなんだ」
ザンは驚く。
「墓……? どういうことなんだ?」
ベブルは不機嫌そうになる。
「うるせえな、話はまだ続いてんだ。俺のお袋は土地持ちだったんだ。で、理由は知らねえが、持ってた土地にその石碑があった。だが、俺がガキのころに、お袋は死んじまった。それ以来、その石碑をお袋の墓と呼んで供養してる。お袋にとって、特別なものだったみてえだし」
ザンが要約する。
「つまりだ、ベブル。君の家に、ここのと同じ文字が書かれた、石碑があるってことなんだな?」
ベブルは首を縦に振る。
「ああ」
「では、ベブルさんのお母様は、神界レイエルスの出身だったのですか?」
ユーウィがベブルの目を覗き込むようにして訊いた。だが今度は、ベブルは首を横に振る。
「いや、それは違うと思うんだが」
「どうしてそう言える?」
ザンが質問した。
「だって、普通、ありえないだろ?」
「お前らしくないな。そう考えた根拠はないってことだな?」
「そうだが……」
ザンが腕を組む。
「突飛な話だが、ベブル。ここまで手掛かりがあるのなら、そう考えたほうが自然だ。君の母はレイエルスの出自で、かつ、最上位の神だった。ソディも言っていただろう、君が使えるその『力』は、レイエルスの最上級神の力と同種のものだと」
「俺が神の子だとか言いたいのか?」
ベブルは反論したが、その証拠に出せるのは、せいぜい自分の神性のなさくらいのものだ。
「そうかもしれない。まだ確定はしないが。まずは、君の言う石碑の文字と同じなのかどうか、再確認する必要はあるだろうな」
ザンはそうして話をまとめた。しかし、いまひとつ、ユーウィだけは話について行けていなかった。彼女は片手を頬に当て、首を傾ける。
「あのう、『力』って何のことですか?」
だが、ベブルは押し黙って答えようとしなかった。仕方がないので、ザンが代わりにユーウィに答えようとした。
そのとき。
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