第十四章
第十四章① 折り重なる謎
ベブルたちは神界レイエルスの街へ出た。
通りが、建物が、そして空までもが、すべてが真っ白な街だった。
道路上のところどころには、どうやら乗り物らしいものが置いてあったが、それすらも純白だった。
数年前には、この神界レイエルスは、魔界ヨルドミスと戦争をしていたはずだという。なのに、それほどの破壊の跡が見当たらない。ところどころ損傷を受けたらしい建物もあるが、ヨルドミスの破壊状況とはまったく比較にならない。ほとんど、完全な姿を保っている。
「敵はいなかったな」
ザンがそう言った。
ベブルが前回ここに来たとき、彼は群青の髪の男の手酷い攻撃を受け、負傷したフィナを救うために撤退せざるをえなくなった。その男は、レイエルスの神ではないかと思われる。だが今回、その男は現れなかった。
ベブルは答える。
「ああ。つまり奴は、この時代には存在していないのか? いや、レイエルスとかヨルドミスの奴らは、みんな長生きなんだろ? このレイエルスのどこかにいるのかもしれんな」
「そいつはもしかすると、いまはアーケモスのほうにいるのかもしれないぞ。それで、後々ここに戻ってくることになるのかもな」
ザンは、ベブルとは違う仮説を立ててみた。ベブルはあっさりと同意する。
「そうかもな。オオヘビも出なかったことだし」
ザンはその単語に反応する。
「大蛇? まさか、アル・ゴ・ジェじゃないだろうな? 大蛇の生物兵器?」
「ああ? ああ、そうだ」
「ベブル、それは魔界ヨルドミスの生物兵器だ。多分、神界レイエルスの奴が捕らえて、改造して、時空塔の警備に当たらせたんじゃないのか?」
「はあ? ヨルドミスのだったのか、あれ」
「ああ、多分そうだ」
敵に取られちまうなんて、なにやってんだよと、ベブルは思う。
ふたりがそのような話をしていると、ユーウィが誰にともなく言う。
「すごいですね」
ベブルとザンは、ユーウィのほうを見る。彼女は、恍惚とした表情で街を見渡していた。ふたりの男の視線も全く気にならないようだ。
「こんな大きな街、こんな大きな建物を見たの、わたし、初めてです」
ユーウィは上を向いて歩いているため、足取りが覚束ない。彼女は両手に、魔剣『
「道も、家も、こんなに大きいの、見たことありません。それに、さっきの、星辰世界もすごく綺麗で……」
とうとうと、ユーウィは途切れることなく感動を述べていく。実際、ベブルも、初めて星辰界に出たときなどは、彼女と同じような感想を持ったものだ。だが、ここまで感動を表現することはしなかった。おそらく、彼女の心はあまりにも純粋なために、心に受けた衝撃はその場で消化してしまわないといけないのだろう。
ベブルはユーウィの言葉を中断させる。
「ま、とにかく進もうぜ。デルンが手に入れて得をしそうなものを、俺たちが先に破壊するんだ」
「ああ」「はい」
ザンとユーウィは同時に答えた。
++++++++++
「そうは言っても……」
しばらく歩いたところで、歩きながらザンが言った。
こつん、こつんと、足音が大気に響く。神界レイエルスの地面は何らかの特殊な素材で舗装されており、踏み締めるたびに軽快な音が鳴った。
「レイエルスにあるものは、どれもアーケモス文明を超越してるからなあ。どれもデルンに有利に働きそうなものばかりに見える」
「全部壊しちまってもいいくらいだな」
ベブルは白い街を見回しながら、うなずいた。
ユーウィが提案する。
「では、いっそのこと、時空塔を壊してしまうのはどうでしょう? わたしたちの世界から、こちらに来られないようにするのは?」
ベブルには名案のように思えたが、しかし、ザンは首を横に振る。
「だめだ。言ったとおり、レイエルスに至る時空塔は、アーケモスに何箇所かあるんだ。いまも動くかどうかはわからないが……。だから、いま俺たちが使った時空塔を破壊したところで、デルンが別の時空塔を見つける可能性は残る」
ベブルは落胆する。
「なんだ。いい考えだと思ったのによ」
ザンはベブルに言う。
「……たしかに半分はいい考えだと思う。神界レイエルスでの仕事が終われば、あの時空塔を破壊しよう。一応の、念のためだ」
「それもそうだな」
それから三人は、転送局の建物を発見し、入った。転送局には、魔界ヨルドミスの転送局で見たように、魔導転送装置が数多く並べられていた。ヨルドミスのものと比べると保存状態は随分よく、戦争での破壊もほとんどないようだった。
ザンは、これを使って飛ぼうと言った。ベブルもユーウィも、異存はない。ふたりよりも、ザンのほうがここの地理に詳しいことは明らかだ。もっとも、ザンにしても、レイエルスではなくヨルドミスに住んでいたので、それほど詳しいわけではなかったのだが。
「それで、どこへ行くんだ?」
ベブルはザンに訊いた。すると、ザンは答える。
「レイエルス神殿だ」
++++++++++
「レイエルス最大の宮殿で、同時に最高位の神殿だ。レイエルスの神々の中でも、最上級の神々だけが立ち入ることを許された、極めて格式の高い場所だ。ここには、レイエルス最高の文明――神の奇跡がある。つまり、レイエルス文明の中で、もっともデルンに渡したくないものがここにあると言っていい」
ザンはそう説明した。
そしていま、その荘厳な宮殿が、ベブルたちの目の前にあった。正確には、宮殿はまだ遥か遠くにあるのだが、あまりにも大きいため、すぐそこにあるように見えるのだ。
「そして、ここまでが、ほとんどの神々が近づける限界だった」
ザンはそう言った。
白い大地が彼方へと広がっている。その先に、白い空を支えて聳え立つ、純白の神の城がある。その周りには街などない。アーケモスから見れば十分神々しさのある神々の住処も、ここの神々からすれば、極めて俗なものだったに違いない。
「それで、俺たちはここから先に踏み込むわけだな」
ベブルは言った。ザンはうなずく。
「ああ。もうここには、侵入を阻むものはいない。遠慮なく入らせて貰おう」
三人は巨大な神殿に向かって、歩き出す。
歩いている途中、またユーウィが口を開く。またなにか思いついたらしい。
「でも、ベブルさん、ザンさん。デルンを止めるのはいいのですが、これでは、おかしなことになりませんか? デルンは、神界の技術で怪物を強くした。そして、その力でアーケモスを支配するに至った。だから、ベブルさんが気づいて過去にやって来た。……ここまではわかります。でも、ここでわたしたちが、デルンが怪物を強化できないようにすると、未来は変わってしまうのでしょうか。ベブルさんは気づかないのでは?」
「問題ないさ」
ザンがあっさりと、そう答えた。ユーウィは首を少し傾ぐ。
今度はベブル本人が言う。
「問題ねえんだよ。俺が付けてるこの指輪。これがあれば、歴史が変わっちまっても、俺の記憶は書き換えられないで済むんだ。つまり、俺は変わらずに、周りだけが変わる」
「では、未来がデルンのものではなくなってしまうと、ベブルさんがここへ戻ってきた理由は?」
「理由なんてなくなる。俺はただ、この時代に来たいから来た、それだけのように周りには見えるだろうな。俺の記憶はこのままだが」
「でも、それでは、わたしたちの記憶は……?」
「そうだな。デルンは“アドゥラリード”を強化できなくなるから、ジル・デュールを破壊できなかったことになる、のか? 俺たちがここ――レイエルスに来る理由は確実になくなるかもな。デルンを止めることに成功すれば、デルンを止める必要はなくなるからな」
それを聞いて、ユーウィは呟くように言う。
「父が……、死ななかったことにはならないのでしょうか。わたしたちの記憶がおかしくなってしまうだけで」
「あまり期待しねえほうがいいな」
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