第十三章⑩ 声が呼んでる
ベブルとザンは、ユーウィに案内されながら、彼女の家のほうへと歩いた。ベブルは家に来たことがあるので場所はわかっていたが、ここまで街が破壊されていると、印象が大きく変わっている。ここに長い間住んでいる彼女でなければ、迷いそうだった。
行けども行けども炭になった建物の残骸ばかり。進むに連れて被害状況が酷くなっていることに、ベブルは気づいた。
「あれです!」
そう叫ぶと、ユーウィは走り出した。彼女の目に、もはや原形を留めないほどに破壊された我が家が映ったからだ。ベブルとザンも走る。
ユーウィは家の前で立ち止まった。
そして、動けなくなった。
そこにあったのは、ただの、酷く苦い臭いのする、黒い塊でしかなかった。
屋根もなく、壁もなく、窓もなく、扉もなく、階段もなく、卓もなく、椅子もない。
いまとなっては、この家の中に、どのように部屋が配置されていたかすら知ることはできない。
ベブルが言う。
「ひでえ有様だ。ホミクもここには居ねえ。一体、どこに逃げたんだか」
しかし、ユーウィは歩き、まだ煙が燻っている瓦礫の山に足を踏み込んだ。踏む度に、燃えかすとなりはてた家の残骸が、じゃりじゃりと音を立てて壊れる。
「お、おい……」
ザンの呼びかけを無視し、ユーウィはゆっくりと歩いていく。ややあって彼は、彼女がただ一点を見つめて歩いていることに気がついた。
ユーウィは呆然と立ち止まった。そしてそこから、動かない。
「もしや……」
ザンは隣のベブルに耳打ちした。だがベブルは、腕を組んだまま、なにも答えなかった。ベブルもまた、ユーウィの行動をじっと静かに見守っている。
ユーウィの声が聞こえてきた。
「……さん?」
ザンは口を噤む。
世界から、すべての音が消えたようだ。
その一瞬、風さえも止まったかのように感じられた。
今度は、ユーウィの声がはっきりと聞こえた。
「とう……さん……?」
ベブルもザンも、動くことができなかった。
そして、ユーウィも動かなかった。それからもう一度。今度は、張り裂けんばかりの激情を湛えて。
「とうさん!」
ユーウィは屈みこみ、その膝で炭の塊を砕いた。このとき、音が世界に戻ってきた。そして彼女は、その瓦礫の山の中から、黒焦げた死体を引き起こした。それは、かつてホミクであったものだ。
ユーウィは大粒の涙を流し、黒く厚い雲に覆われた天に向かって、泣き叫んでいた。脆い炭の塊と化した父親を抱きしめて。
変わり果てちまった。
そう、ベブルは思った。
破壊のせいで。支配のせいで。
ホミクも、ユーウィも、ムーガも。
しばらくすると、ユーウィは静かになった。ひとしきり大声で泣き叫んで、茫然自失したのか。
ベブルは焦げた瓦礫を踏みしめ、灰の中に座り込んでいるユーウィのほうに近づく。
「……そろそろ行くぞ」
ユーウィは答えない。仕方がないので、ベブルはしゃがみ込むと、後ろから彼女の肩を揺さぶる。
「おい」
「……わかっています」
ユーウィはそう言うと、父親の遺体をその場に優しく寝かせ、ゆっくりと立ち上がる。そして、二、三歩退がる。
「なら、いい」
ベブルは立ち上がり、親指で彼の後方——ザンのほうを示した。ユーウィは目を瞑って哀しげに微笑み、こう言う。
「はい。でも少し待ってください」
それからユーウィは、瓦礫となった家の奥のほうへと歩いていった。そして、その残骸を掘り返し始めた。なにかを探しているのだ。
ややあって、ユーウィは戻ってきた。だが、彼女の姿を見て、ベブルとザンは驚いた。大きな剣を運んで来たからだ。
「おい、ユーウィ」
ベブルの呼びかけに対し、ユーウィは、驚くべきことを返す。
「わたしも、戦います」
「なにを言って——」
「だって、デルンがジル・デュールを破壊したのは、魔王様との抗争のせいではなくて、わたしのせいだったんでしょう? わたしのせいで父が、ジル・デュールの人々が殺されたんでしょう?」
「それは……」
ザンはそれ以上、なにも言えなかった。いま、なにを言おうと、不格好な言い訳にしかなりそうもない。代わりに発言したのは、ベブルだ。
「だが、それを言うなら、もともとは俺のせいだ」
しかし、ユーウィは首を横に振る。
「同じことです。どんな理由であれ、わたしは、デルンがわたしを狙ってこれだけの人々を殺したということが許せないのです」
「だがな……」
そこまで言って、ベブルはユーウィが持っているもののひとつに目が止まった。彼女は剣だけでなく、青く輝く球体をも持っていたのだ。
「お前、それ、『ブート・プログラム』か?」
「何だって?」
ザンはその言葉に反応し、ベブルが言及した物体を見つける。
「ああ、確かに、『ブート・プログラム』のようだ。しかも、神界レイエルスの」
ユーウィには何のことやらわからなかった。だが、彼女はその青い珠を左手に持って、ベブルたちに差し出す。
「これは、ルディ――わたしの婚約者だった人に貰ったものなんです。故郷に帰るには、これが必要なのだそうです。結婚したら、一緒に故郷に帰ろうと言っていました。……それから、この剣も、この手袋も彼のものなんです」
そう言われて、ザンはユーウィのほうに近づいた。『ブート・プログラム』を所持していた人物の残した剣を、もっと間近に見てみようと思ったのだ。
「これは……。ユーウィ、これがどういうものなのか、君は知っているのか?」
ユーウィはまた首を横に振る。
「いいえ。ただ、ルディは、故郷にいたときに、故郷を守る兵士だったと聞きました。彼はそのころにこれらを使っていたようです。父も魔法武器の鍛冶屋でしたので、この剣の出来には、それはもう驚いていました」
「そんな……信じられない……」
驚き続けるザンに対し、状況の見えないベブルは、幾分か不満げに言う。
「おい、ザン。その剣がどうしたってんだ。俺は拳で戦うから、武器のことはよくわからねえんだが」
ザンは振り返る。その表情は真剣だった。
「古代の魔剣だ」
「魔剣……、古代の?」
ザンは手を顎に当て、うなずく。
「ああ。古代のレイエルスの剣だろう。レイエルスの文明は、最上位の神が存在した古代のほうが栄えていたからな。おそらくは、その時代の剣だ」
「はあ……。で、それのどこがすげえんだ?」
ベブルは目を細め、首を傾げた。
「すごいさ。まずはこの手袋だ」
そう言いながらザンは、青い宝珠を持っているユーウィの左腕を掴む。彼女は少しだけ驚いたようだった。その手にはすでに、籠手がはまっている。
「剣と対になった、ただの革手袋に見えるだろう。だが、そうじゃない。素材も革じゃないし、なんといっても、この手の甲に装着された宝石だ。ここに魔法が実装されている」
「実装?」
「ああ、つまり、ここに魔法の知識が入っているから、習得していなくても唱えられるということだ」
ベブルは溜息をつく。
「はあ……。まるで詐欺だな。そんなもん付けたら、ルメルトス派の魔術師の先祖としてはどうなんだ」
「しかし、何の魔法が実装されているのか……」
そう言いながらザンは、その宝石をまじまじと見た。彼は読み上げていく。
「
ユーウィはおずおずとザンに訊く。
「あの。それって、すごいんですか?」
「途方もなくすごい。詳しいことは手引書を読んでくれ。それから、剣本体だ」
そう答えると、ザンはまたベブルのほうを振り返る。
「ああ」
ザンはユーウィの持っている剣をそっと借り受けると、その鍔の部分に嵌め込まれている宝珠を凝視する。
「こっちには
そう言ってから、ザンはその剣をユーウィに返した。受け取った彼女は言う。
「あの、この剣は、ルディが『ウィエルドゥウイ』と呼んでいました。『闇を裂くもの』という意味だそうです」
ザンは目を見開く。
「レイエルスの……、古代の言葉だ……」
「何だと?」
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