第十三章⑦ 声が呼んでる
それから、ベブルとムーガは魔導転位装置に乗り、上の階へと飛んだ。そして、装身具の店へと入る。
店には、ベブルが想定したよりも遥かに高価な装身具ばかりが置いてあった。細かな細工を施された貴金属や、希少価値の高い鉱石で造られたものでひしめいている。
金を大量に持っているベブルにとっては、買えないわけではなかったが、『星の指輪』の礼としては、妥当ではないものだった。
「ま、高級百貨店じゃ、こんなものかな。こういう高い装身具も悪くはないけど、無駄に派手なのは問題だよね」
どうやらムーガも、ベブルと同じことを思っていたらしい。彼女は両手を腰に当て、溜息をついた。
「そうだな。こういうのは豪華というよりは、年寄り臭いな」
「……年寄り臭くて悪かったな」
「何の話だ」
「別にぃ」
ムーガはひとり歩き出し、ショーケースに入った装身具類を見て廻っていた。仕方なく、ベブルもその店の商品を見ることにした。この中で、できるだけフィナに似合いそうなものを探すつもりだ。
探しながら、ベブルはふと顔を上げた。店にいる客は誰もかも、金持ちそうな、しかも少し歳を取りすぎた女ばかりだった。
ベブルは不思議に思った。豪奢な飾りを喜んで買いあさっている人々は、揃いも揃って本人たちの輝きが鈍いように見えるのだ。貴金属や宝石の細工で補うつもりなのだろうか。
そしてまた思う。逆に、ムーガならどうだろうか。ベブルにとって、この世で一番輝いている女だ。似合うだろうか。……それは違う。ムーガに掛かれば、豪勢な飾りも輝きを失ってしまう。では、こんなのが似合う人間はどこにいるのだろうか。
そんな風に思っているベブルは、周囲の注意が自分自身にも向けられていることに気づいていなかった。彼もまた、当然のことながら、ムーガと並ぶほどに端正な容姿をもっているのだ。そのふたりがいれば、どんな宝石であろうとも人の興味を引き続けることはできない。
いつの間にか、ムーガは彼の傍まで戻って来ていた。
「全然だめだね。ベブルの言うとおり、年寄り臭いのばっかり」
「そうか」
「フィナは本当に趣味がいいよね。これ、どこで買ったんだろう?」
そう言われてから、ベブルは初めて考えた。この指輪を、フィナはどこで買ってきたのか。過去の世界では、ブァルデンたちと戦っていて、買い物に行く暇なんてなかったはずだ。そして、過去から帰ってきてからは、ずっと家から外に出ていなかった。そうすると、この指輪はずっと前に買っていたことになる。
……そんな前から、俺の『寿星の日』の祝いを用意していたってのか? そもそもデューメルクは、いつの段階で、俺の『寿星の日』を知ったっていうんだ?
「……さあな」
「心当たりとかはないの?」
「全然」
ベブルはゆっくりと、首を横に振った。
「そうか……。これをひとつ、わたしも欲しいくらいだったのに」
ベブルの『星の指輪』を見ながら、ムーガは少し肩を落とした。
「ん?」
「だって、すごく綺麗だよ、これ」
顔を上げたムーガの瞳の中に、ベブルは星を見た。
「ほら……、わたしは星が好きだから」
「ああ、そうだったな。俺も、星が好きでな。それを、デューメルクに知られてな」
そう言ってから、ベブルは微笑む。しかし、少し哀しくもある。
「そうか、気を利かせて、好きそうなのを選んでくれたんだ」
「ああ……」
ムーガの声が低くなる。
「ねえ。同じように星が好きなのも……、同じ血のせいなのかな」
「さあな……」
ベブルは、自分がうつむいていることに気がついた。いまの自分の表情があまりにも弱々しいので、無意識のうちに、その顔をムーガに見せないようにしていたのだ。顔を上げてみると、彼女のほうも、同じようにうつむいていた。
ここまで同じとはな。
しばらくすると、ムーガは顔を上げる。その表情に憂いはなく、明るい力に輝いていた。カラ元気だ。
「ほら、探そう! お腹も空いてきたし、ちゃっちゃと選んで、食べに行こう。あ、このイヤリングなんて似合うんじゃないかなあ」
結局、ムーガが選んだイヤリングを買った。イヤリングは箱に入れられ、その箱は袋に入れられて、その袋はベブルが持っていた。
それからふたりは、建物内の噴水広場(ベブルは建物の中に噴水があるのを見て非常に驚いていた)のベンチに座った。ムーガが地図を見ると言ったからだった。
「ちょっと待ってね」
ムーガはそう言い、右手に薄っぺらい四角形の装置を呼び出すと、それを操作していた。ベブルにはそれがなにをするものなのか見当も付かないので、頭を垂れて目を瞑っていた。ごく短期間の仮眠である。あまりにも珍しいものばかりを見たので、精神が休養を求めていた。
「あ、やっぱり料理店街は別の棟か」
ムーガはひとり、その装置を見ながらそんなことを呟いている。
そこへ、男がひとり歩いてきた。青年と中年の間くらいの年齢の男で、この巨大な店の中で度々見かける、店員の制服を着ていた。
その男がムーガに話しかける。
「あの、すみませんが。貴女はルーウィング様ではないですか?」
「え?」
声を掛けられたムーガは、半ば驚いて顔を上げる。
「やっぱり、ルーウィング様でしょう? やっぱりそうだ。あの、私は、このモールのアミューズメント部門の部長でして……」
興奮しているのか、彼は早口になっていた。
しかし、ムーガは申し訳なさそうにそう言う。
「あの、違います。わたし、ルーウィングじゃありません」
「しかし……」
男は少し当惑した。だがそうしつつも、彼は懐から切り札を取り出す。いまムーガが手にしているような、小型の装置だ。
「見てください。いま、アーケモスじゅうに出回っている雑誌です。先月号ですが」
そこには紛れもなく、ムーガその人の写真が掲載されていた。それは、アーケモスの救世主ムーガ・ルーウィングが、デルンの地下研究施設で『アールガロイ真正派』の調査に協力したという記事だ。ボロネ街付近での彼女の様子が写真に収められている。
それを見せた上で、男は追い討ちをかける。
「こんなに似ています。ご本人なんでしょう?」
そのころには既に、周囲の視線がムーガに集まってきていた。彼女の周りで『ムーガ・ルーウィング』の名を何度も出したせいだ。
「ええと、あの……」
あくまでムーガは、ムーガ・ルーウィングならぬ別人を演じる。落ち着かない様子で二、三度周囲を見回すと、隣で仮眠を取っているベブルを引っ張り出し、か弱い女を演じる。
「あの。こちら兄です」
ここで、いままで部外者を装っていたベブルが目を覚ます。彼は起きて早々、目の前の男を睨み付ける。長年戦いの世界に生き続けた、彼の得意技だ。
「何だてめえ。うちの妹に何か用か」
男はたじろぎ、無意識のうちに数歩後じさった。こうしなければ、彼は睨み殺されていただろう。
そんな時、ムーガはベブルに告げ口のように言う。
「この人が、わたしがルーウィング様じゃないかって」
「んだと? てめえ、勝手な言い掛かり付けて、俺の妹を連れ去ろうってのか、コラ」
「そんなつもりは」
周囲にいた通りすがりの人々はすでに、救世主ルーウィングの観客というよりは、突如起こった、男がやくざに脅されている現場の野次馬に変貌していた。
「俺の記憶じゃ、ムーガ・ルーウィングは女の従姉妹しか居なかったはずだが、てめえの言うルーウィングには兄がいるのか、ああ?」
「いえ、おりません」
「そうか」
そう言うと、ベブルは男のほうから視線を外し、ぼんやりと他のものを眺め始めた。これでようやく、彼は睨みから解放され、身体の痺れが取れた。
「そういうことですので」
ムーガは微笑ってみせた。このお陰で、男は随分身体が楽になった。
「いや……、しかし」
男はムーガに話しかける。ここまでの自分の失態を取り繕うのだ。だが、あくまでも、話しかける相手は彼女である。ベブルではない。
「よく似ていらっしゃるご兄妹で。双子か何かでしょうか。いや、どうです? おふたりで当店第四棟アミューズメントパークへは? お詫びの印に入場券とアトラクションチケットを二枚ずつ差し上げますので」
そっくり……、か。ベブルは心の中に思う。そりゃそうだろうよ。血が繋がっているんだからな。
「ありがとうございます!」
ムーガはそう言いながら券を受け取ると、また微笑んだ。彼女の輝きが更に増したので、男は顔を真っ赤にして、舌を噛みながら「そ、それでは」と言うと、覚束ない足取りで去って行った。
ムーガは嬉しそうに、その券を隣のベブルに見せる。
「よかったのう、ベブル。ご飯を食べたら、これ、行こう」
ベブルは無言でうなずき、それから訊ねる。
「だが、何で本名を明かさないんだ? 言えば、もっと色々ただで貰えるだろうに。それこそ、飯だって奢って貰える」
ムーガは首を傾げ、それから人差し指を頬に当てる。
「それはそうだけど。そうしたら人が集まってきて、救世主っぽくしないと駄目じゃない。いまはふたりでデートがしたいから、ね?」
「デート、ねえ……」
「なにそれ、嬉しいくせに」
「別に……」
「ほら、行くよ。ご飯食べるんでしょ」
ムーガはベンチから立ち上がり、ぐぐっと背を伸ばした。それから少し遅れて、ベブルも立った。
嬉しいくせに、か……。
ベブルは鬱陶しそうに首を回した。だが、妙に胸に引っかかる言葉だ。
図星……、か?
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