第九章⑤ 仄かな星の光

 行程七日目。ボロネ街に到着した。着くなり、ベブルたちは歓迎された。もはや彼は、この『救世主御一行様』の扱いに慣れてしまった。


 ここまで来る道中、何度も魔獣に出くわしたが、ベブルが殴り、ムーガとスィルセンダとフィナが魔法を放ち、ウィードが斬り、退治してきた。その度に街道沿いの人々に喜ばれ、英雄だともてはやされた。


 魔獣を倒して無条件にこれだけ喜ばれては、ヒエルドが何と言うだろうか。ベブルは密かにそう思っていたが、何も言わなかった。人々は、単に魔獣が退治されて喜んでいるのではないのだ。ムーガの活躍ぶりを、いずれ来る厄災へ対抗する力と見ているのだ。これだけ強い英雄がいれば安心だと。


 ウィードから「ボロネ街」という単語を聞かされて、ベブルは一度、訊いたことがある。「ボロネ村」なのではないかと。するとウィードは苦笑して、「街ですよ」と言った。


 確かに、ボロネ村は六十年後の世界では街になっていた。ベブルの時代のノール・ノルザニの町と学術都市フグティ・ウグフの間くらいの規模はある。あの寂れた村を思えば、この発展ぶりには驚かされた。


「よく来てくださいました、ムーガ・ルーウィング様。それに、スィルセンダ・ヴェリングリーン様。そして、我らの誇り、ボロネの英雄、ウィード様。よくぞ帰って来てくださいました」


 ボロネの町長が、一行を出迎えたボロネ住民の集団の先頭に立ってそう言った。数日前、ベブルはウィードから、ボロネは故郷だと聞かされていた。


「うむ」


 ムーガは横柄に振舞った。


 ベブルは最近、ムーガがこうして偉そうにしているのは、わざとではないかということに気がついてきた。


「それで、調査の件は?」


 ムーガの声に応えて、黒いローブを着た魔術師が一団から進み出る。


「私が責任者です。ユジフ・サディロアと申します。解除する結界の場所には、私がご案内いたします」


「ふむ。それで、他の関係者は?」


「ここにおります」


 ユジフは、自分の後ろにいる黒ローブの人々を指し示した。全員が『アールガロイ真正派』の構成員メンバーだ。


「他には?」


「森の中の野営に、あと数名おります」


 ムーガは手を顎に当てて、考えているような仕草を見せる。


「そうか。今日はもう日が傾きかけておる。遺跡の調査は明日としよう」


 ユジフは暫く沈黙した。あからさまな沈黙。そして、彼は微笑んだ。


「もっともでございます。では、明日」


「明日の朝じゃ」


「はい、そう致します」


 それを聞くや、ムーガはユジフから目を逸らし、彼女たちを出迎えたほかの人々に、大声で命じた。


「誰か、宿へ案内せい!」


 あらかじめ街のほうで決めていたのだろう。宿屋の主人と店員、合わせて三名がすっと前に出ると、ムーガを案内し始めた。


 ボロネの人々が道を開ける。恭しい態度で直立している街の役人たち。好奇心を込めた瞳でムーガを追う街の住民たち。


 ベブルはしみじみ思う。街に入った途端にこれでは、学術都市フグティ・ウグフや『アールガロイ魔術アカデミー』に潜入捜査などできるわけがない。ウィードが代わりに行ったのにも合点がいく。


 ベブルたちも、ムーガの後について歩き出す。そのとき、ベブルはユジフと目があった。ユジフは明らかに、疑いの眼差しでこちらを見ている。なぜ『真正派』の人間がムーガに同行しているのかと思っているのだ。ベブルは『真正派』の人間からトレードマークの黒ローブを奪ってから、ずっとそれを身につけていた。


 こりゃいかんな。ベブルは思った。明日は黒ローブなしで行こう。



 宿に到着し、部屋に案内された。ここではひとりに一部屋が宛がわれている。しかも、ひとつひとつが大きい。


 宿の従業員たちは、忙しそうに廊下を小走りで歩いている。特に、厨房への出入りが多いようだ。


 夕食の時間を告げて、宿の案内人は笑顔で去った。


 今日も宴会だなと、ベブルは思った。彼は自分の部屋に入ると、そこにあったテーブルの椅子に座った。


 これが、百八十年前には一件の宿屋もなかったボロネか。これが、あの静かな村か。百二十年経ってもほとんどど変わらないでいたのに、その後の六十年でこんなにも変わることがあるのか。



 夕食の時間になり、人々が宿の一階大広間に集まってきた。ベブルとウィード、スィルセンダはすぐにやって来たが、ムーガとフィナは部屋から出てこなかった。


 スィルセンダは集まったボロネ街の人々に、頭を下げる。


「皆さん、申し訳ありません。ムーガは長旅で疲れているようで、もう眠ってしまいました」


 集まった人々のどよめき声。目当てのムーガが見れなくて、残念がっているようだ。


 まるで見世物だな。ベブルは腕を組んで、首の骨を鳴らした。嫌が応にも、ずっと見られていなければならない。こうして、見世物を中止すると、不満を言われる。直接、面と向かってではないにしても。


 それで集まった人間がやや減ったが、当然、町長や街の上級役人たちは残っている。もちろん、デルン地下研究施設の調査責任者たちも残っている。一同はひとまずムーガ抜きで宴会をはじめることにした。


「それでは、乾杯!」


 それをウィードが言ったのがよかった。彼はこの街出身の英雄だ。話によれば、彼はムーガと出会う前から、アーケモス各地の凶悪な魔獣を倒して廻っていたという。そのため、彼は方々で英雄という扱いを受けていたのだ。そうなると当然、出身地ボロネの人々は鼻が高い。彼が音頭を取ったことで、この宴会はムーガのためのものではなく、ウィードのためのものになった。ボロネ住民の気はそれで収まった。


 宴会は勝手に盛り上がり、笑い声で騒がしくなった。とりあえずは成功だ。


 ベブルは料理を食べながら、隣に座っているスィルセンダに話し掛けた。彼は今は、黒ローブを脱いで来ている。この場に『真正派』の人々がいるからだ。


「なあおい、デュー……、いや、俺の連れはどうしたんだ?」


「シウェーナさんですか? 部屋のほうにいらっしゃいますわ。ムーガをひとりにするのは心配でしたから、わたくしがついていようと思ったのですが、それを、シウェーナさんが代わって下さいまして」


「ふうん。まあ、あの女、人間の多いところが嫌いみたいだからな」


「しかし……。なぜなのでしょうね」


「なにがだ?」


「いえ……。シウェーナさん、なにかいつも、影を背負っているように見えるんです。わざと、人と接しないようにしているような……」


 ベブルは適当に相槌を返す。


「そうだな」


「それが、かつてのウィードに重なって見えることがあるんです。変でしょう? いまはもう、彼はそんなことはないのですが」


 全然似てねえじゃねえか。ベブルはそう思ったが、考え直す。いや……そうでもないか。あいつもときどき、暗くなるもんな。もしかして、スィルは気付いていないのか? いまもあいつが暗い影を背負っている事を。


 そういう意味でなければ……。もしかして、ウィードは、あの女の子孫とか? まさか。それこそ、全然似てねえ。


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