第六章⑤ 力あるもの

 だが、フリアの額に穴が開くことはなかった。ベブルとフリアとの間に、男が割って入ったのだ。


 金髪の髪、深い青の瞳の青年だった。彼は黒い鎧に身を包んでいた。そして彼は漆黒の大剣を持っており、それを構えて魔力障壁を発動させ、ベブルの攻撃を防いでいた。穴が開いたのは魔力障壁だった。マントが風に靡く。


「よく来たな」


 漆黒の鎧の青年がそう言った。


「誰だてめえは」


 ベブルは拳をその青年に向けたままでそう言った。


「俺がこの城の主、魔王、ザンだ」


 青年は答えた。城の主となるには随分若いように見える。だいたい二十歳前後といったところだ。


「お前がか。なんだ。魔王なんて言いながら、全然普通じゃねえかよ」


「まあな」


 ベブルの言葉に、ザンはそう返した。


 ザンの背後に守られているフリアは、依然興奮した様子で彼に、目の前にいる敵に油断するなと言っていた。


「じゃあ魔王退治といこうか。この辺に凶悪な魔獣が出るのはお前のせいだとか、村の奴らが言ってたしなぁ?」


 そう言って、ベブルは構えなおし、軽くステップした。


「ふぅむ、そうか。じゃあ掛かって来い」


 ザンがそう言うと、ベブルは彼に殴りかかった。


 ザンは漆黒の大剣で、容赦なくベブルに突きかかった。リーチの差によるカウンターだ。ベブルの服は破けたが、身体が剣に貫かれることはなかった。ベブルは突き飛ばされ、大地に仰向けに倒れた。


「上から見ていてまさかとは思ったが、本当に魔剣を通さないとはな」


 だが、当のベブルは離れたところで激しく咳き込んでいた。


 ―― わらわに触れよ。


 ―― さすれば、何ものも脅威ではない。


 ―― お前には、より強大な『力』が必要だ。


 ―― 妾は、それを与えることが出来る……。



 『声』が聞こえた。力を与えてくれる声が。

 

 この世のものではない存在だと、わかる、その声。


 彼女と同化すれば、この上ない力が得られる。


 しかし、何か引っかかる。でも、力は欲しい。


 これが聞こえるということは、『力』を使いすぎているということだ。



 俺が負けるはずはない。


 そうだ。いつだってそうだった。


 貫通攻撃がなければ魔王を倒せないか?


 そんなことはない。


 腕力で、自分の腕力で叩き伏せられる。


 『声』なんかに頼る必要は、ない。



「ぶっ飛ばしてやる!」


 ベブルは雄叫びを上げながら魔王に殴りかかった。


 激しい爆発音がして、ベブルの拳はザンの掌に受け止められた。そして、ベブルが気付いたときには、彼の肩の上に漆黒の大魔剣が乗っていた。その刃を動かせば、彼の首を撥ねることが出来る。


「勝負あったな」


 ザンがにやりと笑って、言った。



 負けた……。


 ……この俺が?


 ―― 妾とお前はふたりでひとつ。


 ―― 妾から離れて得られるものなど、何もない。



「オオオオオオオッ!」


 ベブルが叫んだ。ザンに受け止められている拳に力が流れ込む。そして、その力がザンの掌に細い穴を開ける。


 ザンは痛みに、思わずその手を引きそうになるが、そのままその手はベブルの右手の拘束を続けた。


 右手を拘束されたまま、ベブルは肘で漆黒の大魔剣を打ち上げた。大魔剣はザンの手から離れ、彼らから離れた地面に突き刺さる。



 ザンとベブルは睨み合っていた。そして数秒。彼らは動かなかった。


「どうして動かない?」


 ザンがベブルに訊いた。


「それなら俺も訊くが、どうしてさっき俺の首を刎ねなかった?」


「剣は効かないと思ったからさ」


「嘘をつけ。だったら最初から首に剣をあてがわなかっただろう。お前はさっきのでわかったはずだ。俺だって完璧な防御力をもっているわけじゃないことを」


 ベブルは腕を引っ込める。ザンはあっさりとその手を離す。


「ああ、……まいったな」


 ザンは穴の開いてないほうの手で頭を掻いた。


 そして彼は、振り返り、黒魔城の入り口付近にいるソディに言った。


「ソディ、戦いは終わりだ。彼らを中に案内してくれ。ああ、まず彼女の治癒を」


 ザンが言った「彼女」とは、脇腹を裂かれて倒れているフィナのことだ。ソディは足早に彼女のところに近づき、治癒魔法イルヴシュを唱えた。ウォーロウは警戒していたが、どうやら戦う気はなさそうなので、彼の様子を見ているだけだった。腑に落ちないものはあったが。


 フィナの傷は閉じたが、彼女は失血により気を失ったままだった。もう少しほうっておけば、間違いなく死んでいたところだ。


 それからソディはフリア、ザン、ベブル、それから自分自身の順に傷を治して廻った。



 この展開に、少女フリアがザンとソディに抗議した。


「こいつらは侵入者だ! おおかた、デルンに雇われて来た奴らだろう。それに、この桃色あたまの奴なんか、人間じゃない。絶対デルンがつくった魔獣かなんかだ!」


 ベブルはとんでもない扱いを受けている。これには彼自身、無理も無いことかもしれないが、と思っていたが。


 だが、ザンは冷静だった。


「魔獣かどうかは知らないが、少なくとも、デルンの配下の者じゃないことは確かだ」


「何でそういう結論が出せるんだ」


 そう訊いたの当の本人のベブルだった。


 ザンは遠くに倒れているフィナの傍らにいるウォーロウを指差す。


「彼の言葉を聞いたんだ。魔術師を倒そうとしてここに来た云々ってやつな。その魔術師ってのは、デルンのことだろう? 少なくとも俺たちのことじゃない」


「それはその通りだ。俺たちはデルンの奴をぶっ殺そうとしてる」


 それを聞いてザンは苦笑いした。


「まあ、とりあえず中に入ってくれ。そんな物騒な話は青空の下でするわけにはいかないからな」


 ザンは踵を返し、黒魔城の大扉の方に歩いて行った。


 大扉はゆっくりと開く。その間に、ザンは振り返り、ベブルやウォーロウ、それからヒエルドに手招きした。フリアは、憮然とした面持ちで、開きかけの大扉から黒魔城の中に入っていった。


 ベブルは空を仰ぎ見た。薄暗い曇天。


「青空じゃねえよ……」


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