第六章⑥ 力あるもの
ベブルたちは客室に案内された。
魔王の城の内部は明るく、テーブルの下以外はほとんど陰にならないように数多くの照明で照らされていた。調度品の大半は曲線的な滑らかなデザインで、ベブルたちにとってはかなり異様に見えた。彼らが普段から見てきた、木で出来た、板を組み合わせて作られたそれらとは、似ても似つかないのだ。
依然として気を失ったままのフィナは、ウォーロウに抱えられていた。一度、ソディが彼女を運んでいくと申し出たが、彼がそれを拒否したのだ。また、ソディはフィナを別の、ベッドのある部屋に運ぼうと言ったが、ウォーロウはそれも拒否した。自分の目の届かないところに彼女を寝かせておくのは危険だと感じたからだ。そのため、彼女も同じ客室に運ばれた。
はじめ、その部屋には、壁際にはいろいろと何か家具があるのがわかったが、テーブルや椅子はなかった。部屋の中央には、よく光を反射する床が広がっているだけだった。
だが、ザンが部屋の奥に到達し、振り返ると、まるでその動作を合図としたかのように、床から楕円のテーブルと背もたれ付きの柔らかい椅子が現れた。
「彼女にはソファを」
ザンがそう言うと、テーブルと椅子の群から少し離れたところにソファが出現した。フィナが横たわるのに丁度いいサイズだ。ウォーロウはそこにフィナを寝かせ、彼自身はそこにもっとも近い椅子に座った。
ザンは上座に座った。それから彼の両側にソディとフリアが、そして残った二つの椅子にベブルとヒエルドが座った。シュディエレ――ヒエルドのペット――は飼い主の傍の床に『おすわり』していた。
ベブルの席はフリアの隣だった。彼には、隣の少女が嫌悪感剥き出しにチラチラと睨みつけてくるのがわかった。本気でうざいな。それが彼の感想だった。
ザンはまず、戦いを起こした非礼を詫びた。そして、ベブルたちを一番最初に攻撃した浮遊魔導銃は『敵』を自動で攻撃するものであり、攻撃したのは自分たちの意思ではないと弁解した。ベブルが浮遊魔導銃に先に攻撃を仕掛けたため、黒魔城を守っている警備体制が侵入者警報を発してしまい、その結果無数の浮遊魔導銃が攻撃を仕掛けることになってしまったのだった。
さらには、警報が長期間解除されないので、不安に思ったフリアが武器を持って侵入者を倒しに出てしまった。そして、フリアが勝手に侵入者を排除するために外に出たとは夢にも思っていないザンとソディは、浮遊魔導銃から送られてきた『侵入者』の映像を見てデルン側の人間ではないと判断し、「それならば、これだけの数の魔導銃を撃墜した相手の力をもっと見てみたい」というザンの提案により、ソディがベブルたちと戦う羽目になった。
そのあとでザンは出てくるつもりだったが、フリアが絶体絶命の危機に立たされていることを知り、急遽、予定を繰り上げて彼が現場に飛び出した。ことのあらましは大体こんなところだった。
ザンは問う。
「それで、君たちはこの城に一体何の用だったんだ? いまごろになって訊くのは申し訳ないが」
「ええ、それでフィナさんが死にかける羽目になったんですから」
ウォーロウが怨み言を言った。
「本当にすまない……悪ふざけが過ぎた。彼女にはよくなるまでここでゆっくりしてほしい。必要なものは何でも用意するし、今後も何かあれば力になりたいと思う」
ザンが頭を下げた。その表情からは、痛々しいまでに反省の色が伺える。
そこで、ベブルが口を開く。彼は腕を組んでいた。
「俺たちは、デルンの野郎をぶっ殺そうとしてるんだ。お前たちもそうしようとしてるんだろ? ボロネ村の奴から聞いたぜ」
「ああ……。本来俺たちはアーケモスの人間を殺したくはなかったんだが……。奴の圧政ぶりは酷いものがあるからな……。それに、俺たちにも度々、それも多大な脅威を与えて来るんだ。だからこのとおり、フリアが神経過敏になるものしょうがないんだ……」
ザンはフリアの方を見た。彼女は俯いた。
「それで、訊きたいんだが、デルンの奴は一体どんな魔獣を持ってるんだ?」
ベブルの質問に、ザンは訝しむ。
「魔獣?」
「村の奴が言ってたんだ。お前でも手を焼く魔獣をデルンの奴がつくったってな」
「ああ。“アドゥラリード”のことか」
「“アドゥラリード”?」
「ああ。神々がこのアーケモスを人間の世界にする前に、この地を跋扈していた怪物とかなんとかいう奴だ。奴はそれを魔法の力で再現しようとしている。まだ完全体にはなっていないが、それでもほとんど俺たちの手に負えない」
「どんな奴なんだ?」
「鳥みたいな蛇みたいな奴でな。空を飛んで、強力な魔力障壁で身を守りながら、魔法の光の球を連発するんだ。この魔法も強い上に、どうあってもあの魔力障壁が破壊できない。長期戦に持ち込んで相手を消耗させるしか方法がないんだ」
「完全体になる前に、な」
ソディが一言付け加えた。その発言に、ザンが深く頷く。
「どういう方法であれが完全体になるのかは、俺たちはまだ知らない。だから俺たちは、近いうちにデルンの宮殿を攻めようと思ってる。いまでも厄介なあの怪物がこれ以上強くなっては困るからな。それともうひとつ、奴はとんでもない指輪をつくってるんだ。信じられないかもしれないが……」
ザンがそう言っているときに、ベブルは自分の手を彼に見せた。その手の指は指輪がはまっていた。
「これだろ」
ザンは目を丸くする。
「……驚いたな。まさかその指輪を……時間移動を可能にする指輪を持っているとはな……どうやってそれを手に入れたんだ?」
「その指輪は……、いま、デルンがつくっている最中なのに」
フリアが身を乗り出してベブルの指輪を覗き込んだ。
「どうやって手に入れたか気になるが……。心配するな。我々はそれを手に入れたいとは思わない」
そう、ソディが言った。また、ザンが述べる。
「俺たちは、デルンが指輪を完成させる前に、奴を倒さなければならないんだ。奴が未来や過去に行けるようになれば、手出しが出来なくなる。奴が時空の支配者になることなんて、ろくなことだとは思えない。だが、奴は強い。だから最悪でも、奴の命を長らえさせている薬をすべて破棄できれば、奴は指輪の完成まで生きられはしないだろうと思うんだ。奴はいますでに、薬無しでは生きられない身体だからな」
「なぁ、知ってるか……? お前たちの『未来』―――」
ベブルの声のトーンが落ちていた。ウォーロウ以外の誰もが彼に注目した。
ザンも、ソディも、フリアも、暫く黙っていた。それから、ザンが口を開いた。
「どういうことだ?」
ベブルは深く深呼吸して、答えた。
「俺たちは未来から来たんだ」
++++++++++
ベブルはザンたちに、自分たちが約百二十年後の世界から来たのだということを説明した。
そしてその時代では、デルンもザンもいないということ、それから、『未来人』の介入によってデルンだけが生き残ったことを説明した。
ベブルは黄色の小さな時空輝石がふたつついている指輪をザンたちに見せる。
「この指輪は、『生き返る』前のデルンの研究施設で見つけたんだ。俺のは不完全なやつで、完成品はあいつが持ってる」
ベブルはウォーロウを指差した。それで、ウォーロウは自分の指輪を見せた。宝石の種類と数は同じだが、彼のもののほうが大きかった。
「俺のは、そこの女の持っている指輪と合わせてはじめて時間移動ができるんだ。不完全っていうのはそういう意味だ」
そう言ってベブルはフィナを指差した。
ベブルの説明に一番驚いたのはザンでもソディでもフリアでもなく――勿論彼らもかなり驚いたようだったが――ヒエルドだった。
「ええっ! ベブルンルンとフィナフィナとウォロウォロって、未来の人やったんや!?」
「ああ……そういえば―――」
ベブルがそう言ってヒエルドのほうを見た。
「言ってなかったな……」
ウォーロウも同様に彼の方を見た。そういえば彼らは、ヒエルドには未来から来たのだということを一言も言わなかった。
それから、ベブルはザンのほうを向く。
「俺たちはどうしても、デルンの奴を殺しておかなきゃなんねえんだ。俺たちの時代に戻れば奴の兵隊に襲われる。なんたって、デルンの奴は、向こうでは『大帝』になってたんだからな。『未来人』たちは、デルンを使って俺たちを殺そうとしてるんだ」
「なぜ、彼らは君たちを殺そうとするんだ?」
ザンは訊いた。もっともな質問だ。だが、ベブルは首を横に振る。
「さあね。そこんところは俺もよく知らんのよ。訊いても答えやがらねえし。俺が未来で何かするのかね」
「それで、貴方がたは歴史を元に戻そうとしているわけだ」
何気なしに、ソディが言ったが、この言葉には、フリアが反応した。
「じゃあ、私たちとデルンが『共倒れ』するようにするのか!? 私たちが勝つようにじゃなくて!?」
これは確かに問題だった。改変された歴史を元に戻すならば、ザンたちが勝つようにするのではなく、デルンと引き分けて両方ともが滅ばなければならない。そんな意見に彼らが賛成するはずがない。
「それは……」
ウォーロウは当惑した。こればかりは、彼にどうしようもないからだ。
だが、ベブルのほうは随分気楽だった。
「俺は別にどうだっていいんだぜ。俺にとって住みよい世界が保証されれば、どんな世界だって構わない。それにどうせ、俺たちがデルンを殺しちまえば、お前らが生き残るんだからな。なあザン、お前なら、俺に住みやすい世界は保証するんだよな?」
「ああ……。人並みにはな。俺だったら、デルンがやったような……いや、未来のことだから、これからやるような、というべきか……、君たちを指名手配して兵隊に殺させるようなことは決してしない。特別贔屓もそれほどしないだろうが、危害を加えることは絶対にありえない」
ザンは確信を込めてそう答えた。
「未来のアーケモスの支配者様には、ノール・ノルザニの闘技場の土地をもうちょいでかくしてくれとか、いろいろ贔屓してもらいたかったけどな。まあ、正直でいいこった。そういうわけだ。歴史をどう改変しようと、俺に都合が良けりゃ別にどうだっていいんだよ。元に戻す必要なんてどこにもないしな」
しかし、ウォーロウがベブルに反論する。
「いいわけないだろ! 僕たちがどうしてこういう事態に巻き込まれているか、お前は考えたことがあるのか? 『未来人』たちが妄りに歴史を改変するからだ! 歴史改変は様々な歪みを生み出すんだぞ!」
「ああそうかい。じゃあお前はザン、ソディ、フリアの三人に諦めて死ねと言うんだな? 俺にはそんな残酷なことは、とても言えないがな」
「それは……」
ウォーロウは口篭もった。彼にだって、そんなことは言えるはずなかった。
「じゃあ決まりだな」
ベブルは早々決着をつけた。ウォーロウももはや反論できない。特に、ザンたちの前では。
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