第六章④ 力あるもの

 突風が吹いた。


 気がつくと、ソディの目の前にはベブルがいた。ほんの一瞬前にはいなかったのにだ。まるで自分の時間を止められていたかのような体験だ。


「これでも喰らいな」


 ベブルが拳に力を込める。不気味な風がそれに纏わりつく。そして、奇妙な音を立てる。彼の拳がソディに襲い掛かり、ソディは反射的に剣を防御姿勢に構え、魔力障壁で身を守った。


 爆発音が鳴り響き、ベブルの拳がソディの魔力障壁に穴を開けた。彼は雄叫びを上げる。続いて、三発。ソディの魔力障壁が砕け散った。


「次はてめえだ!」


 ベブルはソディ自身に穴を開けようとしたが、これは躱された。魔力障壁にいとも簡単に穴を開けた拳を見て、ソディはそれを脅威と受け取り、最大限の速さで避けたのだった。


 ベブルはそれをすぐに追った。どうあってもソディに穴を開けるつもりだ。


 ソディは後ろ向きに走りながら剣を振るった。剣から放たれた魔法の光が、またもやベブルを吹き飛ばした。吹き飛ばされた彼の叫びだけがその場に残る。


「扱う力の割に、基本的なところで足りないものがあるな」


 ソディはベブルをそう評した。


 そこで、彼の左足に激痛が走った。彼とベブルが戦っている間にフィナが放った氷の魔法ルリアスケラスが、彼の左足を切り裂いたのだった。これは有効打となったようで、彼は顔を引き攣らせ、短くうめいた。


「“生じよフェイン、ハーカ”!!!」


 間髪いれずに、フィナは魔法で、二足歩行の大トカゲの魔獣をつくり出した。大トカゲはその鋭い牙と爪をもってソディに襲い掛かった。


 ソディは大トカゲを一撃で切り伏せようとした。だが、トカゲのほうは彼の剣を大きな口に咥えて受け止める。彼は更に力を加え、呼号とともに大トカゲを両断した。


 ソディは気配に気づき、そちらに対して剣を構えた。鉄の杖が振り下ろされ、それを剣で受け止める。大トカゲと戦っている間に、ウォーロウが近づいてきていたのだ。


「“光の魔法クウァルクウァリエ”!!!」


 ウォーロウの巻き起こした光弾が、ソディの身を守っている魔力障壁を包み、執拗にそれを破壊しようとした。そして実際、破壊する。


 ウォーロウは鉄の杖でソディの剣と打ち合い、両者ともに弾かれ、ともに次の攻撃のために構えなおそうとする。


「フィナさん!」


 ウォーロウは叫んだ。いまならソディは防御できない。魔法を打ち込む好機だ。当然、フィナはそれくらいのことはわかっていて、すでに呪文を唱えている最中だった。



 しかし、呪文は唱え終わる前に、悲鳴へと変わった。巨大な刃物が、フィナの脇腹を裂いたのだった。巨大な槍が大地に突き刺さる。彼女は大槍の直撃の衝撃で跳ね飛ばされ、地面にうつぶせに倒れた。血まみれだ。


 ウォーロウにもヒエルドにも、一瞬、何が起こったのか理解できなかった。が、すぐにわかった。さきほどの少女が槍を投げたのだ。ここへ来る途中にベブルが蹴り倒した、紫色の髪の彼女だ。


 ウォーロウはソディに背を向け、倒れているフィナのところに駆け寄った。呼びかけても、触れてみても、彼女はまったく反応しない。


 大槍を投げた少女は荒々しく呼吸している。


「侵入者……排除……。指一本たりとも、ザンに触れさせるものか!」


 彼女は空高く飛び上がり、そこで大活力を光の球の形として集めた。光の球は、地上にいるウォーロウ、ヒエルド、フィナを一度に呑み込むに足るほど大きかった。彼女はそれを地上に向かって、いまにも打ち下ろそうとしている。


 ソディは空中にいる少女に向かって叫ぶ。


「フリア! !」


 だが、紫色の髪の少女――フリアは、ソディの言葉を無視して、巨大な光の球を打ち落とした。その衝撃に、軽い砂や石が巻き上げられる。


 あれに呑み込まれては一巻の終わりだ。ウォーロウはそう思ったが、どうすることもできない。フィナは死んだように動かない。逃げられない。


 不意に、ヒエルドが両手を高く掲げた。すると、彼ら三人を守ってまだ余りあるほどの巨大な魔力障壁が出現し、フリアの光の球を退けた。大結界魔法だ。


 ウォーロウはヒエルドの突然の大活躍に目を瞠った。アールガロイ・アカデミーの創設者に相応しい能力を、ちゃんと少なくともひとつは持っているではないか。



「クソっ!」


 フリアは空中で汚い言葉を吐いた。この攻撃で、侵入者を一掃しようとしていたのだから。


「調子に乗んじゃねえよ」


 フリアの背後で声がした。彼女は反応したが、遅すぎた。


 そこまで跳びあがっていたベブルが、彼女を蹴り落とし、地面に叩きつけた。


 ベブルは着地し、地に伏しているフリアが残る僅かな力でまだ立ち上がろうとしているのを見ると、止めを刺そうと彼女に近づいた。


 フリアは立ち上がり、武器無しでベブルに構えた。息は荒く、身体は痣だらけで、睨む目は焦点が合っていない。彼女はそれでも構えた。


「いい度胸じゃねえか」


 ベブルは指の関節を鳴らしながら、歩いて彼女に近づいた。そして、右腕に自分のものではなかった力を込める。


「終わりにしてやるよ!」


 ベブルの拳はフリアの額を狙っていた。確かに、ここに穴が開けば、それこそ終わりである。彼には情けも容赦もない。

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