第六章③ 力あるもの
ベブルたちは黒魔城入り口に到着した。入り口の大扉は、やはり、城の外壁と同じで真っ黒だった。そして、その扉は重く閉ざされている。
不思議なことに、ここまで来ると、彼らの周囲から浮遊魔導銃が姿を消していた。そのため、彼らはずっと身を守っていなくても良くなった。
「閉まっていますね」
ウォーロウは、傍らのフィナにそう言った。彼女は何も言わないで頷いた。
ベブルは腕組みをして、その扉を眺めていたが、別段、何もしようとはしなかった。ここから先は魔王との会談であり、『交渉』である。『交渉』は彼の専門外だった。
ベブルは腕組みをしたままフィナに訊く。
「おい、どうする」
「待て」
フィナは軽く首を横に振った。
はぁ? と、ベブルは言おうとして、とりあえず黙った。彼女の言葉には、ひとつひとつ必ず意味があることを知っていたからだ。
間もなく、大扉が動き始めた。見た目どおり非常に重いようで、動きはゆっくりとしたものだった。その間じゅう、絶え間なく蝶番の金属が軋む音が響いていた。
扉が開き、そこから出てきたのは、長身で、がっしりとした体躯の、長髪の男だった。髪の色は淡い金髪で、青白く輝く鎧を着込んでいた。そして、真紅のマントの下には、仰々しい飾りのついた剣が下げてあった。彼が出てくると、大扉は閉まり始めた。
「お前が魔王か?」
ベブルが、腕を組んだ格好のまま、訊いた。だが、その男はいともあっさりと否定する。そして、自らの正体を明かす。
「いや。私はレイエルスの保持神、ソディである」
「保持……神!?」
ウォーロウが驚愕し、叫びに近い声をあげた。その瞬間、大扉は大きな音を立てて閉まった。完全に動作が停止し、動き出す気配はない。彼はまた、叫びつづける。
「保持神、だって!? 神がどうしてここに!? 神は魔王と敵対しているはずではなかったのか!? いや、そもそもどうして神が居るんだ!? 神は神界と魔界との戦争で全滅したはずでは!?」
ベブルは眉をひそめる。
「なに言ってんだ、お前?」
「お前こそ、これがどういう状況かも解らないのか!? 歴史を勉強しろ、歴史を! いいか、神界と魔界の戦争で、神族も、魔族も、両方とも滅んだんだ。だから僕らの生きる世界に神は居ない。ただ、魔族だけは少なからず生き残っていて―――」
ウォーロウはそう反論したが、その途中で、ベブルが再び口を挟む。
「そんなことはどうだっていい。俺はそんなことは知らんけどな、『神だ』って名乗った相手をすぐに神だって信じるのがどうかって言ってんだよ」
これにはウォーロウも口を噤むほかはなかった。確かに、ベブルの言うことはもっともだ。
さて、ヒエルドはというと、ここまで付いて来てはいるものの、どうもこの状況がよく飲み込めないようで、何も言わないで、発言する人物の方をまじまじと見ているばかりだった。
ここで、フィナが口を開く。
「生き残った、魔王と共に」
ソディは頷く。
「その通りだ。確かに、我々の故郷、神界レイエルスは、魔界ヨルドミスとの戦争により崩壊した。彼の言うとおり、ヨルドミスも崩壊した。だが、我々は生き残った。そして、いま、ここに居る」
ウォーロウがまたしても声をあげる。
「そんな馬鹿な! 生き残ったところはわかるけれど、神が魔王と共に居るなんて、信じられない!」
「信じようが信じまいが、それが事実だ。いまの私は、この城の主、魔王ザン様の部下のひとりだ」
そう言って、保持神ソディは腰の剣を抜き、そのまま流れるように構えた。
「そうやってくれると、わかりやすくてありがたいぜ」
ソディが剣を構えたのを見るや、ベブルはにやっと笑って拳を構えた。彼には、相手が敵か味方か、それだけわかれば十分だった。この場合は非常にわかりやすい。相手は剣を抜いた。敵だ。
そんなベブルとは、ウォーロウはまったく正反対だった。彼は半分恐慌に囚われ、叫んでいる。手には鉄の杖を持っているが、戦うようには構えきれていない。
「そんな……! 僕たちは魔術師を倒そうとしてここに来たのに、神と戦うことになるだなんて! 僕たち人間が、神に敵うわけがないじゃないか! こんなことなら、まっすぐ魔術師のところへ向かうべきだった!」
ソディがベブルに斬りかかった。その剣は淡く光り輝いていた。
これはあれだ。ベブルは思った。魔剣――『星隕の魔術師』オレディアル・ディグリナートが持っていた剣と同じだ。魔力で強化された剣で、普通の剣よりもよく切れる。
ベブルは防御姿勢をとった。ソディの剣がベブルの両腕を切断しようとする。だが、閃光が飛び散ると、ベブルの腕がソディの剣を撥ね返した。
「痛てえな、畜生!」
ベブルの腕にはうっすらと赤い筋が付いていた。これは彼にとって、防御していても受けた、初めての傷だった。だが、この程度はたいしたことはない。
弾かれて仰け反ったソディに向かって、ベブルはすぐに突進した。そして、右の拳の一撃をソディの胴に見舞う。以前ゼスの大戦斧を破壊した腕だ。
ソディは吹き飛び、黒魔城の大扉に背中からぶつかろうとした。が、彼はそうなる前に踏みとどまった。彼の鎧には傷ひとつ付いていない。そして、彼は再び剣を構え、ベブルに向かって駆け出した。
「やるじゃねぇか」
ベブルのほうも、負けずに掛かっていく。ベブルの拳を、ソディは剣を媒体にして発生させた魔力障壁によって防ぐ。
「悪いな」
ソディはそう言い、魔力の盾の向こうで、剣の構えを深くとった。その瞬間、彼の剣が強烈な光に覆われる。
魔力の盾の消滅と共に、ソディが光り輝く剣を斬り上げた。剣からは魔力の塊である、光の球体が打ち出され、それがベブルを大きく吹き飛ばした。彼は遠くのほうで荒れた大地の上に仰向けに倒れた。
このため、ソディの前から敵が消えた。そして彼は視線を、今まで戦わずに構えていたフィナとウォーロウ、そしてディリムに跨ったままおじおじしているヒエルドに向けた。ベブルが倒れたことで、いよいよ彼女らにお鉢が廻ってきたのだ。
ソディが再び剣を構えようとする前に、フィナは呪文を唱え終わった。
「“
フィナの氷の魔法により、ソディのすぐ傍に小さな吹雪が出現した。やがてそれは氷の刃となり、彼の左足に襲い掛かった。
ソディはすばやく反応し、それを躱した。彼のいたところの地面に氷の槍が突き刺さる。フィナは、彼がその動作をしている最中に、もうすでにサファイアの杖を振り、次の魔法を発動させようとしていた。
「“
ソディが着地した地面が
このあたりで観念したウォーロウが、意を決して呪文を唱え始めていた。戦いを始めてしまったのだ。ここから生きて変えるには勝つしかない。神と戦ってでも。
ウォーロウが放った魔法の光弾五発がソディの魔力障壁によって防がれる。普通の魔法使いよりかなり魔法ができるとはいえ、彼らは魔法戦士ではなく学生だ。ふたりの魔法を受けても、神であるソディの魔力障壁を破壊することなど出来なかった。
「もっと距離を詰めなければ……!」
ウォーロウがそう言った。これは実際、そのとおりだった。距離を詰めれば魔法の威力は上昇するし、それに相手に防御行動までの時間を与えないことになる。ただ、そうすればこちらも同じ状況に陥るのだ。加えて、相手は剣を持っている。接近戦では不利だ。だがそうしなければ、有効な一撃は与えなれない。相手の魔力障壁さえ破壊できれば、あるいは勝機が見えるかもしれない。しかし、その方法が思い至らない。
ヒエルドにはどうしたらいいかわからないようで、彼は一言こう呟いた。
「一体、なにがどうなってるんや」
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