第六章② 力あるもの

 白い何かが飛んで来た。球体……いや、楕円形の立体に、なにやら筒のついたものだ。ベブルはそれを見たことがあった。『未来人』、『星隕の魔術師』が持っていた未来の魔剣に付いていた筒型の武器、そして、デルンの兵隊たちが持っていた筒型の武器……『魔導銃』だった。


 ベブルは走り出した。そして、一瞬で、空中に浮かんでいる魔導銃との間の距離を詰めた。そこから更に飛び上がり、魔導銃を殴って破壊した。


 彼は着地した。


「へっ、雑魚が」


 破壊された浮遊魔導銃が大きな音を立てて地に落ちた。どうやらかなりの重量がありそうだ。


「次が来るぞ!」


 ウォーロウの叫びを聞いて、ベブルは黒魔城のほうを見やった。白い物体が、黒い城から無数に飛び出してくる。一体幾つだ。ベブルは思ったが、数えるのはやめた。うんざりするほど多いからだ。それらすべてが、こちらに向かって猛スピードで飛んでくる。


 遠くから、光の弾が幾つも飛んできた。それらはすべて、魔法でできているものだった。どうやら今度はベブルたちを確実にしとめようとしているようだ。


「走るぞ!」


 ベブルはそう言って、更に先――黒魔城のほうへと駆け出した。残りの仲間たちも同様に走り出す。ここへきて初めて、ヒエルドは状況を理解したらしい。いま、危険な状態である、と。


 砲撃の嵐だった。ベブルはその異常なまでの魔法耐性能力によって、ほとんど被害を受けなかったが、荒れた大地には次々と大穴が開いていった。フィナとウォーロウは魔力障壁を使って身を守りながら走る。彼女らには、この状態から反撃するのは不可能だった。


 シュディエレも走っていた。ヒエルドはその上で、降ってくる魔法の光弾から身を守るかのように頭を抱えていたが、どうやら彼も魔力障壁は使えるらしく、彼と大犬を守る魔法の壁が彼らの周りに出現していた。


 ベブルが跳び回り、浮遊魔導銃を次々と撃墜していった。だが、その数が減る兆しは一向に見えない。撃墜されては、その度に新たな浮遊魔導銃が黒魔城から飛び出してくる。


 四人は走った。ベブルは足が速く、一方フィナは遅いので、ベブルは彼女を置いて、ひとりで先へ進んだ。フィナとウォーロウ、そしてヒエルドは彼に大きく引き離された。



 もう一息で黒魔城入り口の大扉に到達しようというところで、ベブルは突如、殺気を感じて垂直に高く跳び上がった。


 刹那、巨大な刃物が、その一瞬前にベブルがいた空間を薙いだ。刃物はベブルの足の下を通り過ぎた。


 紫色の、長い三つ編みが刃物と同じ軌道を描き、鞭のように、風切音をたてた。


 巨大な鎌を持った少女がそこにいた。年のころはおそらく十二、三歳。十八歳であるフィナよりも少し背が低いくらいなので、特別背が低いというわけではない。それでも、彼女の持っている鎌はその身長に不釣合いなほど巨大であった。なにしろ、刃の部分だけで彼女の身長ほどはあろうという大きさだったからだ。


 彼女はベブルを狙って薙いだ大鎌を、再び彼に向かって構えなおした。それに合わせて、紫色の三つ編みが撥ねる。


 跳びあがっていたベブルは着地した。そして、少女を睨む。


「なんだ、お前は」


「お前こそ、侵入者だろう! すぐに排除してやる!」


 外見とは裏腹に、高圧的な物言いの少女は、その発言の最中に、すでに彼に打ちかかって来ていた。


 襲い来る大鎌の刃を、ベブルは、今度は受け止めることにした。彼は両腕を上げて、防御姿勢をとった。


 轟音がして、彼は少女を撥ね返した。


「どんな大層な鎌かと思えば……」


 バランスを崩して体勢を大きく崩した少女をため息混じりに見やったベブルは、すぐさまそこから、彼に近づいてきている浮遊魔導銃の存在に気づき、その雨のような砲撃を俊足で躱し続けた。


 三、四機ほど飛んでいる魔導銃を撃墜したところで、再び後方から、あの少女の声が聞こえた。だが、その声は言語ことばではなく、咆哮だった。


「やああああああっ!」


 ベブルは振り返ったが、その瞬間、何故そんなに眩しいのかわからなかった。だが、すぐに反応して身を守った。


 少女の大鎌が光り輝いていた。その大鎌の刃には、魔力が込められていた。今度は、先程撥ね返したときよりも、更に大きな音が鳴り、ベブルと、その少女が共に弾き飛ばされた。


 ベブルにとって、これは初めての、防御していたのに痛かった攻撃だった。彼は驚いて、相手を確認しようと見やったが、そのときには、彼女はすでに大鎌を構えなおしていた。


「この魔鎌まれんでも傷ひとつ付かない化け物を用意してきたようだが、ここで終わりだ!」


 少女は大鎌を高く掲げ、またしても彼に斬りかかって来た。


「ああもう、本当にうぜぇな」


 ベブルは振り下ろされた大鎌を右脚の回し蹴りで破壊すると、更に回転し、武器を失った少女の脇腹に左脚の旋風脚を見舞った。当然、少女がベブルの攻撃を受けて平気なわけがなく、彼女はその一撃の下に昏倒した。それを一瞥すると、ベブルはすぐにそのあたりに溜まってきた浮遊魔導銃の撃墜を再開した。



 その頃になってようやく、フィナたち三人と一匹がベブルのいるところに到着した。到着するなり、ウォーロウが声を荒らげる。


「お前、何てことをしてくれたんだ! 僕たちはこれから魔王と話をしに行くんだぞ! こんな、明らかに魔王側の、しかも女の子を蹴り倒すなんて、何を考えてるんだ! 正気じゃない!」


 ベブルは浮遊魔導銃を蹴りで破壊しながらも、不機嫌そうに言う。


「うっせぇな。だから殺してねぇだろ。だいだい先に手ぇ出したのは向こうのほうだぜ。文句あるか」

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