第四章⑧ 手と手取り合い
「おい『星隕』、結局デルンは役に立たなかったな。君がわざわざ過去を変えて来たってのにな。まあしかし、この洞窟に地下施設があったとは。俺たちは、ここを調べ尽くしたと思っていたが」
ナデュクがオレディアルに軽い口調で言った。一方、オレディアルの反応はこともなげだ。
「だが、結果としては良好だ。この場でデューメルク殿を討てば済む話」
「そう、条件をひとつでも潰せばいいのだから」
ディリアが笑みを浮かべた。ウェルディシナもまた、不気味に微笑む。
「同感だ」
「時間移動可能な『指輪』をつけているのはディクサンドゥキニーだけだし。これでもう逃げられないってことだぜ」
ナデュクは笑った。
「どちらだ」
包囲されていながら、フィナが呟いた。ベブルは小声で訊き返す。
「何のことだ」
「未来か、過去か」
そう言いながら、フィナは自分の指にはめている指輪の向きを調節していた。ベブルがしている指輪と同じように、時空輝石のついているほうが手のひら側になるように。
「僕としては未来です」
ウォーロウが、彼もまた小声で、言った。フィナは指輪を使って過去か未来に逃げようと言っていたのだ。
しかし、ベブルはウォーロウの意見に反対した。
「『現在』が、奴らの有利に変わっちまったんだ。未来は、『安全確保』には疑問だな」
「では過去だ」
フィナが決定した。
「だが女、こいつのは別だが、俺たちの指輪は使えないはずだろ」
ベブルはずっと、周囲の敵に対して構えていた。彼の言うとおり、ベブルとフィナが身に付けている指輪の時空輝石は、時間移動を可能にするほどの大きさではない。
二十を越える銃口が、彼ら三人を狙っていた。
「お別れです、デューメルク殿。そして、ルーウィング」
オレディアルはそう言い、警備兵たちに射撃命令を出そうとした。
その瞬間、フィナはウォーロウに命令する。
「過去へ!」
「え? フィナさんは?」
ウォーロウは驚いてそう訊き返した。このままでは、彼だけが生き残ることになるからだ。
だが、フィナは強引にベブルの手を取り、彼の手のひらに自分の手のひらを重ねた。指輪の、青い時空輝石同士が接触した。魔法の力によって、宝石が輝く。それを見て、ウォーロウも急いで自分の指輪を起動した。
青い光に包まれ、彼ら三人はその場から姿を消した。
彼らを包囲していた警備兵たちは呆然としていた。目の前から人が、発光して消えたのだから。彼らはもはや、魔導銃を構えてはいなかった。
「やられた!」
オレディアルはそう叫んで、未来の大型魔剣“
「奴らは過去に逃げた! 追うぞ!」
彼は仲間たちにそう言い、急いで指輪を起動し、ベブルたちがそうしたように、そこから姿を消した。指輪の青い宝石が光を放った。残りの『未来人』たちも彼に続いた。
++++++++++
過去の世界では、そこは洞窟の中だった。洞窟地下の研究施設さえもまだ建造されていない。フィナとウォーロウは魔法の光を杖の先に灯し、洞窟内部を明るくしていた。
ベブルは構えて待っていた。そこへ、オレディアルが姿を現す。彼は殴りかかった。オレディアルは慌てて、魔剣によって魔力の盾をつくる。ベブルの拳が風を切り、魔力盾に直撃した。だが、以前ほど『力』を引き出しているわけではないので、魔力盾には細い穴を開けただけだった。
「この程度ならば!」
オレディアルはそう言って、反転攻勢に転じようとしたが、ベブルは更に連続で殴りつづけた。穴だらけになった魔力盾は砕け散り、ベブルの直接の突きが彼の胴に直撃する。魔法金属でつくられた鎧に容易に穴が開き、彼はその場に崩れ落ち、両膝をついた。
続いて、ウェルディシナ、ディリア、ナデュクの三魔術師が現れたが、魔女ふたりは、魔力封印効果がなくなったフィナとウォーロウの攻撃魔法を直接に受けて、悲鳴をあげて、一方はうずくまり、また一方は倒れた。魔法でつくられた体であるディリアは、打撃をものともしない反面、魔法の直撃には滅法弱かった。
「これはだめだ」
ナデュクは状況を見て状況を悟った。当然、彼の方にも魔法が飛んで来て、彼は魔力障壁を使ってそれを防いだ。彼が杖を振ると一瞬にして、濃霧が出現した。
ベブルたちには、敵方の姿が見えなくなった。
霧の中から、ナデュクの声が聞こえてくる。
「降参、降参。どうやら今の俺たちには勝てないみたいだ」
「ったりめぇだこら! 出てきやがれ!」
ベブルは敵がいたはずの方に向かって叫んだ。
霧はすぐに晴れた。『未来人』たちはひとり残らずいなくなっていた。
「また出直すよ。そのときを楽しみにしててくれよな」
姿はもう消えたのに、ナデュクはそこに声だけを残していた。笑い声が続いた。そして、やがてその声もしなくなった。
「一段落つきましたね」
ウォーロウがそう、フィナに言った。彼女は頷いた。
「それにしても、なんで時間移動できたんだ? 俺のとお前のはできないはずだったろ」
ベブルはフィナに訊いた。彼女は頷く。
「合わせた」
「合わせた……。だからさっき、俺の手を取ったのか」
ベブルとフィナの指輪は互いの指輪の宝石を接触させることによって、ウォーロウが持っている指輪ひとつでできる時間移動の力を得ることができるのだった。この指輪をつくった大魔術師デルンはそのことに気づいていなかったのか、あるいは、このためには魔法を使うことができる人間が二人必要になるため、研究成果の流出を恐れてパートナーを探さなかったのか。
ウォーロウは正直言って、悔しかった。自分が小さい宝石のついた指輪を取っていれば、フィナは嫌が応にも自分とずっと一緒にいることになったはずだからだ。少なくとも、過去や未来にいる間は。それに、何度も彼女と手を繋ぐ機会が与えられたはずだ。そのポジションは、ベブルに取られてしまった。いまさら指輪を交換してくれとは言えない。時間改変のすさまじさを目の当たりにしたばかりだ。ベブルが了承するはずがない。後悔に満ち溢れた彼は自分の指輪の時空輝石を見て、あることに気がついた。
「あれ? 指輪の時空輝石の色が、両方とも黄色になっています」
ベブルもフィナも、自分の指輪を見た。確かにそうだ。青色だった方の時空輝石が黄色に変わっていた。
「未来二個分、ってことか。俺たちが過去に来て、まだ指輪に青い宝石がついてたら、俺たちはいくらでも過去に下れるってことになっちまうからな。よくできてるぜ」
ベブルがそう言った。まさにそのとおりだった。
今度はフィナが言う。
「奴らも」
「そうなりますね。奴ら『未来人』も、いくらでも過去や未来に行けるわけじゃない」
ウォーロウがそう言って、納得した。これは彼らにとっても、『未来人』たちにとっても、ひとつのガイドラインだった。過去へ行き合いをして、どれだけ過去に遡れるかのし合いにならなくて済む。問題は、『未来人』たちの指輪に、何色の時空輝石が何個ついているか、ということだった。
「じゃあここから出るとするか。一体何年前なんだ、ここは。この時代にもボロネ村はあんのか?」
ベブルがそう言って、首を鳴らし、肩を回した。
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