第四章⑤ 手と手取り合い
三人は洞窟の更に地下におりた。そこでは、部屋の壁に取り付けらている球体が発光し、光の魔法を使わなくても周囲が見渡せるようになった。
「なんだここは? 急に光がついたが、誰かいるのか?」
「いない」
ベブルの発言に、フィナがそう答えた。
「おそらくは対人検知器で照明システムが起動したのでしょう。ずいぶんと金をかけて作られた建造物ですね」
ウォーロウは建物内部を見回していた。
三人は歩いて、先へと進みつづける。フィナとウォーロウは、戦いがあったばかりであるので、杖を手に握ったままだ。
「おい、これがデルンの
ベブルはフィナに訊いた。だが、彼女は、確かでないことは答えない。
「先ほどから襲撃がなくなりましたね。もしかして、『未来人』たちも、この地下の施設の存在には気づいていなかったんじゃあ……」
ウォーロウはそう言って、立ち止まった。
奥へと続く廊下の途中で、ドアのついた部屋を発見した。鍵が掛かっている。ドアには何かパネルが付いていた。
「『暗号を入力せよ』ですって」
ウォーロウがパネルを見て、言った。
「面倒くせえ」
ベブルはドアの鍵の部分を殴った。『力』がドアを貫通して穴を開け、錠前を破壊した。そのおかげで、手でドアを開けることができた。
「ほらよ」
フィナは『力』を意のままに使っているベブルを見て、言った。
「ものにしたのか」
「いや、これが限度だ。前はもっと使えたがな。昔はなんでもかんでも殴って消した。あのときの俺は、いまよりももっと、ヤツと同化しそうになっていたのかも知れねえが」
彼ら三人はその部屋に入った。奥の壁に向けて机が置かれていた。その机の上には、何かの図面を書いた紙が数枚と、羽ペン、そして球体の置物があった。
「なんだこりゃ?」
ベブルは腰を折って、机の上の奇妙な球体を眺めた。その球体の表面には、球面に沿って地図が貼り付けられているようだったが、それが何を意味するのか彼にはわからなかった。地図を丸めていったい何を?
フィナは同じ部屋にある本棚の本を調べ始めた。「時空」と書いてある背表紙を見つけては、それを開いて、めくってみた。
ウォーロウはその机の上に指輪を見つけた。それは、『未来人』たちが身に付けているものとよく似たものだった。指輪には小さな宝石がふたつ埋め込まれていて、宝石の色は青いものがひとつ、黄色いものがひとつあった。彼はそれを手に取り上げた。
これが、未来への鍵だ……。
ウォーロウはその指輪を自分の指にはめた。指輪の宝石が輝いている。
「なんだそれは」
ベブルはウォーロウがはめた指輪を見てそう言った。
「さあな。ここにあったから貰っておく」
ウォーロウはそう答えた。ベブルはそれ以上訊くこともなく、今度は本棚の前にいるフィナのほうに話し掛ける。
「そっちは何か見つかりそうなのか?」
フィナは黙ったまま、本をめくっていたが、それを閉じて本棚に戻す。
「固定金属」
フィナは呟いた。
「はあ?」
「時空輝石」
「なんだそれは」
それには答えず、フィナは机の方に歩いた。そして、机の上の図面を見た。三枚あったので、すべてに目を通す。
「この指輪」
フィナは図面を見てそう言った。その紙には、指輪の絵が描かれていて、その横にその指輪に関する情報が書かれていた。
「そりゃ、こいつがつけてるやつだな」
ベブルはそう言った。彼が言った、こいつ、とはウォーロウのことだった。
「あれ? この指輪がどうかしたんですか?」
ウォーロウは知らぬげに訊いた。
フィナは他のふたりに、図面に書かれている文字を指でなぞって見せた。そこには、『特殊固定金属が時間改変を完全に受け付けなくし、時空輝石が時間移動を可能にする』と書かれていた。
それを読んで、ようやくベブルは理解する。
「——ってことは時間移動の魔法書って話は嘘だったのか。……それで結局、時間移動の力は、この指輪にあって……。そういや、『未来人』たちもこんな指輪を持ってやがったな。それが、これか」
「これがそうだったんですか。いやあ、これがそんなすごいものだったなんて」
ウォーロウはわざとらしく驚いてみせた。もちろん、ふりをしただけだったが。
ベブルは指輪を奪い取ろうとする。
「てめえ、それ、俺によこせ」
「いやだ。この指輪が『時間改変を受け付けなく』してくれるんだろ? これを手放すなんてできない」
ウォーロウは渡すまいとした。
「そうか……」
フィナが何か呟いた。そのため、ベブルはウォーロウに掴み掛かるのをやめた。そうしないと、彼女の言葉は聞き取れないからだ。
「同じか」
聞き取れたものの、何を言っているのかさっぱりわからない。仕方がないので、ベブルは質問した。
「何が」
「固定金属が」
「何と」
「わたしと」
「はあ?」
ベブルにはさっぱりだった。何? この指輪の金属とこの女が同じだって?
かたやウォーロウは、フィナのその言葉にはっとした。
「そうか、フィナさん、前に自分だけが『別の時間に取り残され』てるって言ってましたね。もしかして、フィナさんには、この指輪をつけている者と同じ、時間改変の影響を受けない能力が生まれつき備わっているのかもしれません」
フィナはウォーロウの言葉に深く頷く。
ウォーロウはそれから、また言う。
「そうすれば、僕もフィナさんと同じだということですね。これで、フィナさんひとりだけが別の時間に取り残されることはない」
ベブルは腕を組む。
「そうとなると。この三人では、俺だけが時間改変の影響を受けるのか。奴らが過去で何かしでかしたら、俺だけ違う過去の歴史の上に乗るってことか? だったら、それを俺によこさないならよこさないで、とっとと他のを探せ。あるんだろ?」
フィナは黙ったままだ。「わからない」という意味である。
「フィナさん、探してやりましょう。このままではかわいそうですし」
そう言ったウォーロウの言葉は、本心からのものではなかった。彼は言葉を続ける。
「だいいち、フィナさんの分も見つけないと。フィナさんも未来や過去に行けるといいですし。そうじゃないと、『未来人』たちに対抗できません」
「さっさと行くぞ」
ベブルは部屋を出た。フィナとウォーロウもそうした。
++++++++++
『未来人』たち三人はというと、予想外のできごとに戸惑っていた。
「奴らはどこへ消えた!」
ウェルディシナが苛立たしげに喚いた。
「そんなに叫びなさんなって。死体すら残らなかったのかもしれんだろ。隠れるのが上手いのかもしれんし」
ナデュクがなだめた。だが彼自身、疑問は拭い去れなかった。いつまでたっても、洞窟に放った魔獣たちがベブルたちの屍を運んでこないからだ。それどころか、魔獣は洞窟の中でベブルたちと遭遇すらしなくなったのだ。
「魔獣たちは闇の中でもものが見えるのよ。洞窟から出ない限りは、どこまででも追っていくわ。そう設定したんでしょう?」
ディリアがそう言って、ナデュクの説を否定した。
「だったら何故反応がない!?」
ウェルディシナは激昂した。
「わたしに訊かないで」
ディリアは冷たく言い放った。
「改造魔獣なもんだから、鼻が利かんのかもな。まあまあ、ふたりとも、喧嘩するなって」
ナデュクがそう言うと、ふたりの魔女は同時に彼の方を向いて睨む。
「喧嘩なんかするか」
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