第四章
第四章① 手と手取り合い
まだ空気の冷えている明け方。ウォーロウは何かに導かれるかのように宿の建物から外へ出た。ひどく朝靄がかかっていた。
「よう」
彼に声がかかった。
そこにいたのは、黒ローブの若い魔術師だった。彼は栗色の髪をしていて、その髪は肩ほどまであった。後ろ髪の内側に、いくつも小さな三つ編みをつくっている。また、その頭にはローブと同じ柄の
「『未来人』ですね」
ウォーロウが言った。すると、その『未来人』は笑う。
「そうさ。俺の名はゼンベルウァウル。ナデュク・ゼンベルウァウルだ。仲間うちでは『
「何の用ですか」
「心外だな。俺は君が呼んでるようだから来てやったんだぜ」
「呼んだ? この僕が?」
ウォーロウは右手に鉄の杖を召喚し、『飛沙の魔術師』ナデュクを睨んだ。
ナデュクはまた笑う。
「まあまあ、それは冗談だとしてもだ。君、俺たちがどうして時空移動できるかを知りたいはずだろう?」
ナデュクは言った。その内容は、まさしくウォーロウの知りたいことだった。彼だけではない、フィナもベブルも知りたがっていることだ。
「知りたいに決まっているだろう? こっちはこれまで何度も『未来人』に襲撃されているんだ。気にならないわけがない」
「じゃあ教えてやろう」
これにはウォーロウは驚きを隠せなかった。『星隕』も『紅涙』も『蒼潤』も、時空移動の方法については沈黙したままだったが、この男――『飛沙』だけはそれを話そうというのだ。しかも、なにゆえか突然目の前に現れて、だ。
「では、教えてもらいましょうか」
ウォーロウはいままで鉄の杖を構えていたのだが、その構えを解いた。敵意のないことを示すためだ。
「俺たちは時空移動の魔法を知っているんだ。その呪文があれば、未来と過去に行くことができる。君も知ってのとおり、ある一定間隔ずつずれた未来と過去にだけな」
その言葉を聞いて、ウォーロウは悟った。この男は昨日、自分たちのことを見ていたのだ。だから自分たちがヤッヅ・カルドレイにどんな話を聞いたかを知っているのだ。なのに、仲間である『未来人』三人がベブルと戦っていたにもかかわらず、自身は戦いに参加しなかった。……これまでに会った『未来人』の誰よりも注意すべき相手だと言える。
「呪文か」
「その呪文について記した魔法書があるんだが、それがボロネ村の北の森の中にある洞窟の奥深くにあるんだ」
ナデュクは半笑いのまま彼にそう告げた。
「どうしてそんなところにそんなものがあるんです? どうしてそんなことを僕に教えてくれるんです?」
警戒して、ウォーロウは『飛沙』にそう訊いた。
「なぜそこにあるかと問われれば、そこが昔、時空を操ろうとしていた大魔術師、デルンの
「哀れ?」
ウォーロウは再び杖を構えた。これは反射的に行われたことだった。
「そうだ。お前、フィナちゃんが好きなんだろ?」
「!!」
ナデュクの言葉にウォーロウは一瞬、体が震えた。
この男は……、どうしてそんなことまで……。
「見ていればわかる。あの子、かわいいもんな。だけどな、あの子、この先、ベブル・リーリクメルドを選ぶことになるんだぜ。それで一男一女をもうけるわけだ。俺は、お前たちの言う『未来』にいたから、そういうことは知ってる」
ナデュクは笑った。それを聞いて、ウォーロウは驚愕した。なにせ、『未来人』がそう言うのだから。未来から来たという人間にそう言われてはたまったものではない。
「お前……!」
「だが、未来を変える方法はある。未来を変えるために、過去を変えればいい。過去に行って、リーリクメルドの先祖でも殺せばいいのさ。俺たちはリーリクメルドの先祖を知らないが、お前ならわかるんじゃないのか? 奴の出身地から探すとかさ」
ナデュクの言うことはもっともだ。過去に行ってベブルの先祖にあたる人物をひとりでも殺せば、ベブルはもともとこの世にいなかったことになる。そうすれば、フィナもベブルと出会わなかったことになる。ウォーロウは声に出さずに笑った。
その様子を見て、ナデュクは言う。
「……よく理解できたようだな」
「勘違いしないでほしい。過去に行ってどうこうするなんて、僕には必要がない。僕がベブルに負けるわけがないだろう? 実力で奴に勝ってみせる」
ウォーロウは笑っていた。彼は続けた。
「それに、フィナさんがベブルを選ぶだって? そんなことがあるわけないだろう? いまの状況をよく見ればわかるはずだ」
現状、ベブルとフィナの関係は悪くはないが、あまり良いものとはいえなかった。愛情などあるはずもなく、信頼関係もなく、友人と呼べるものですらなかった。
「ならこの話は……、役立ててはもらえないわけか……」
ナデュクはため息をついた。彼の表情が急に険しくなった。
だが、ウォーロウの瞳には力がある。敵の魔術師の睨みをものともしない。
「いいや。その情報はありがたく使わせてもらう。僕は未来に行く。あのえせ魔術師に、痛い目に合わせるだけの力を手に入れるために」
「いいや、俺の思い通りに動かない奴は必要ないね」
ナデュクは杖を振り、
ナデュクは自分の魔力障壁で防御しようとしたが、しきれなかった。すぐに、彼の障壁はウォーロウの光の魔法の前に崩れ去ろうとしていた。
「くっ!」
悔しそうに叫ぶと、ナデュクは姿を消した。その時、彼の指輪の宝石が光った。
ウォーロウはその様をよく見ていた。彼は鉄の杖を振り回し、もう一度構え直してから、構えを解いた。
「僕の魔力を甘く見ないでほしい。僕は実践重視派なんだ」
靄が晴れた。どうやらその周辺の視界が悪かったのは魔法によるものだったようだ。ナデュクは、自分の姿をフグティ・ウグフの街の人々に見られないようにしようとしていたようだ。
僕を騙そうったってそうはいかないさ。ウォーロウは笑い、青い髪を掻きあげた。
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