第三章⑦ 波打つ時空
ベブル、フィナ、ウォーロウの三人はフグティ・ウグフの宿に向かって歩いていた。
ベブルは頭の上で腕を組み、呟く。
「あいつ、一体、なんだったんだろうな」
「何を言っている。『未来人』だったんだろう? この期に及んでまだわかっていないとはな」
ウォーロウが情けながった。それにはいくぶんかの侮蔑が込められていた。
「お前こそ何言ってんだ? あの女……、『蒼潤』のことじゃねえ。俺が言ってるのはあの『声』のことだ」
ベブルが顔を顰めた。
「『声』?」
「何だ、お前には聞こえなかったのか」
「フィナさん、こいつ、ついにおかしくなったみたいですよ。幻聴が聞こえるって―――」
「何だったのか」
フィナはひとり、思索の海に身を漂わせていた。
ウォーロウは言葉に詰まった。どうやら、ベブルが聞こえて彼が聞こえなかった声を、フィナも聞くことが出来たらしいからだ。
「フィナさん、まさか聞こえたのですか?」
「そう」
フィナが答えた。ウォーロウははっとする。
「まさか、フィナさんとこいつとには、何者かの声が聞こえるという共通の能力があって、そのために奴らがフィナさんとこいつを殺そうとしてるんじゃあ……」
彼は思いついたことを言った。もちろん、こいつ、とは、ベブルのことだ。
「考えられる」
フィナは頷いた。
「あの声はなんだったんだ。俺は、例の力が空回りして出なかったから、『力よ、戻って来い』って自分自身に叫んだんだ。そうしたらあの声がした」
ベブルはそう言った。彼ら三人は歩きながらこの話をしている。
「取り込もうとしている」
フィナは言った。全く意味不明だった。主語と目的語が抜けている。仕方ないので、ベブルは質問した。
「誰が?」
「声の主が」
「誰を?」
「リーリクメルドを」
つなげると、“声の主がリーリクメルドを取り込もうとしている”となる。
「……そうかもしれんな。それは俺も思った。だが奴が何者かわからなければ、どうのしようもない」
ベブルは溜息をついた。彼らは宿の前にまで戻ってきていた。
「そいつは何と言っていました?」
ウォーロウが訊いた。彼は声を聞いていなかったために、話についていけていない。そのために、質問する必要があったのだ。
「すべての生き物の母」
「そう言ってたな」
フィナが言い、ベブルがそれを肯定した。
「……あんがい、神様だとか」
考えあぐねたウォーロウは冗談を言ったが、誰も笑わなかった。
++++++++++
そうして、彼らは宿の建物に入った。今日はもう切り上げるのだ。あまりにも多くのことがあったのだから。
べブルは一階の広間にあるテーブルの椅子に座り、足を卓の上に置いてくつろいでいた。
はやく『未来人』ども、来ねえかなあ。次にはもう負けねえだろうし、さっさと奴らの目的を吐かせてやりたいよな。ベブルはそう心のうちで思い、それから彼は自分の拳を見つめた。この力は、一体何なんだ? このまま使ってていいのか?
フィナは階段を上って二階の部屋に向かおうとしていた。
あの声は何者だったのか。フィナは考える。すべての生き物の母……。ウォーロウが言ったように、神である、とは考えられなくもないが……。神は滅んだのだ。百二十年前……。いや、もしかするとあの声は、『未来人』たちと何か関係があるのかもしれない。さもなくば……。
フィナの後に続いて部屋への階段を上りながら、ウォーロウは心のうちで密かに思った。『未来人』たちは進んで接触を増やそうとしている。このままいけば、未来への鍵を見つけられるかもしれない。必然的に危険も増えるが、やってみせよう。未来の知識を得るために。
ベブルとフィナ、このふたりは、時空の鍵を呼び寄せる力をもったものたちだった。そこに、ウォーロウの意思が加わり、それは、より一層、近づく速さを増すのだった。
時の大海原が、大きく波打った。
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