(11) レン太の、別のお願い
「お願いだ青海川先生、ワタクシのゴーストになってくれ!」
レン太がぼくに向かって、再び頭を下げた。いつも自分のことを小バカにしていた男が真剣に頼み込んでいる姿は、いい眺めだと言えないこともない。でもぼくは、こういうときに勝ち誇れない。
ぼくはそういう性格なのだ。いかに相手から意地悪をされても、立場が逆転したときに強く出られない。どうしても、相手に同情してしまう。我ながらバカで損だと思いながら……。
ましてや、今の相手はレン太ときている。レン太のぼくに対する攻撃はたわいのないもので、実際にはコミカルにすら感じていた。レン太はぼくの見る限り、根っからの意地悪ではない。同い年で変な言い方だが、駄々っ子のような感じだった。
面と向かって頭を下げられると、ついつい言うことを聞いてあげたくなる。でも、とぼくは思う。なにぶん、自分の最も大切にしている事柄なのだ。使い古された言い方だが、そう簡単に魂を売るわけにはいかない。
「うーん、気持ちは分かるけど、さすがにゴーストライターを二つ返事で引き受けるわけにはいかないよ。小説を書くことは、ぼくにとって大切なことだから」
ぼくは素直に言った。
「そうか……」
今度はレン太が腕組みをして唸った。そのまましばらく固まる。ぼくは、レン太がどういう脅しをかけてくるのか身構えた。もっとも身構えたところで、ここはレン太の城、手の打ちようがない。
「じゃあ青海川先生、こうしようじゃないか」
レン太が腕組みを解き、立ち上がって言った。
「もう3日ほど、ここに泊まっていただこう」
そうきたか、とぼくは思った。囲い込んで、その間にしつこくお願いしようというのだろう。
「拉致し続ける、というわけか?」
「待ってくれ先生。これはお願いだ」
「強制的なお願いなんて、あるものか!!」
「いや、ホントにお願いだ。イヤなら帰ってもいい。あと3日いてもらって、ワタクシのこれまで書いた小説を添削してほしい。もちろん、報酬は払う」
「添削?」
「あぁ。読んで、そしてダメなところを指摘してほしい。ゴーストライターの依頼ではなくて、作家先生への授業料だ。それなら、わだかまりはないだろう」
「うーん、そうだな……」
ぼくはそこで唸って二の足を踏むフリをしたが、本音はすぐさま引き受けたいところだった。添削ならば気持ちに引っかかるものはなにもない。それどころか、正当なお仕事だ。なにより、バイトをクビになって収入が途絶えたところなのだ。今月末の諸経費をどうするかという問題をクリアできるし、この快適な環境でさらに3日間すごせるのはなんとも魅力的だ。文句のつけようがない提案だった。
「添削ならば、まぁなんとか、な」
ぼくはもったいぶって言った。そうする方が報酬を吊り上げられるじゃないかという、こすっからい狙いもあった。
しかし、ぼくをじっと見つめていたレン太が、フッとため息をつき、
「いや、やっぱりやめよう。悪かった。今日までのことは謝る」
急に提案を取り消した。
「えぇっ! なんで! どうしてやめちゃうの!!」
と、さすがにこれは声に出さず、心の中だけで叫び、うろたえた。携帯料金が……。
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