(10) 小説家に……

 

「ゴーストライターだって?」

 

「そうだ。もっと正確に言えば、ゴースト小説家だ」

  

 驚きはしたものの、先ほどまで警戒していた臓器売買のような危険なことではないと分かったので、ぼくはすぐに落ち着きを取り戻した。

 

「ぼくに、レン太の名前で小説を書けというのか?」

 

「書けと言っていない。書いてください、と頼んでるんだ」

 

「どうしてまた」

 

「小説家になりたいからだ」

 

「じゃあ自分で書けばいいじゃないか!?」

 

「書けないから言ってるんだ!!」

 

 レン太の語調が強くなった。そして睨みつけながら、

 

「誰もが書けるわけじゃないって知ってて、そういうことを言ってくるんだろ。まったくイヤな人種だな、小説家って」

 

 と、続けた。

 

「できないことは金に飽かせてやっちゃおうってことか。見下げた人種だな、金持ちって」

 

 言われっぱなしでは癪なので、ぼくは語調をまねて言い返した。

 

 言い返そうと、一瞬前のめりになったレン太だが、思いとどまって椅子に深く座り直した。ぼくはそれを見て、この話し合いの主導権を取っていると確信した。レン太はぼくに頼んでいる状況で、互角に言葉の応酬をできないのだ。おおむね話し合いの主導権は、「もういい!」と言って立ち去れる方が取れることになる。ぼくはここを立ち去っても問題ないが、頼みごとをしたいレン太は、そうはいかないだろう。

 

「あぁ、イヤな人種だってことは認めるよ。それで、報酬は出すから、なんとかやってくれないか、ゴースト小説家を?」

 

 静かな口調でレン太が言う。ぼくはうーんと唸り、腕組みをした。

 

「小説家に、なりたかったんだ?」

 

「うん。子どものときから」

 

「知らなかった」

 

「君は小学校のときから小説を書いてたろ。雑誌作ったり、書いたもの先生に見せたりしたじゃないか」

 

「まぁ、そんなこともあったな」

 

 ぼくは小さなころから小説が好きで、よく読んでいた。好きであれば真似たくなるのが道理で、ぼくはだれに教わるでもなく小説を書きだし、ストックし、出来がいいと思ったものを周囲に発表していたのだ。

 

「ワタクシが君に対して尊大に振舞っていたのは、その才能に嫉妬してたからだ」

 

 レン太の言葉に、ぼくはようやく当時の謎が氷解した。レン太はとにかくぼくにだけは、お高く振舞い、金持ちであることをことさらに強調していたのだ。

 

「君に強く当たった分、へんなあだ名ももらったしな」

 

 レン太が遠い目をして言った。

 


  

 

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