(9) どんなお願い?

 

「お願いって……」

 

 ぼくはレン太のあまりの豹変ぶりに、戸惑った。

 

 レン太は口を結び、ぼくの顔をじっと見ている。両の手のひらは、礼儀正しく腿の上に置かれている。いったいどうしてしまったのだ!!

 

「自分は、望んだものがほとんどすべて手に入れられる環境にある」

 

「えっ、あ、うん、そうだろう、な……」

 

 あまりにストレートな自慢の言葉に、ぼくは言葉に詰まってしまう。

 

「ほとんどすべて!」

 

 真面目な顔で、正面から目を見据えて言われているのだ。言われてる方がたじろいで当然だ。

 

「手に、入れられる!」

 

 強調して言ってくるレン太に、ぼくはもう言葉が出てこない。眉間にしわを寄せて、薄くため息を吐くばかりだ。

 

「ほとんどすべて、だ!!」

 

 さらに言ってくるレン太に、ぼくは今度、無性に腹が立ってきた。

 

「分かってるよ! 分かってるよ! だからお前はレン太なんだよ!!」

 

 吐き捨てるように言った。レン太というのは、ぼくの付けたあだ名だったのだ。

 

 彼の本当の名は賢太という。小学生の時は、ぼくも賢太と呼んでいた。しかし彼の家の、そのあまりの大富豪ぶりに、そして大富豪であることをコトあるごとにひけらかしてくる賢太の態度に辟易し、中学に入るとぼくはレン太と呼ぶようになった。レン太の「レン」は、「レンティア国家」から取った「レン」だ。

 

 レンティア国家とは、単純に言うと、天然資源が豊富というだけで金持ちになっている国のことだ。それがレン太にぴったりだったのだ。素の彼はすごくもないし偉くもない。別段注目されるような男ではない。彼がすごいのは、生まれた家がとてつもない資産家だった、ということだけなのだ。

 

 それでぼくは皮肉を込めて、ずっとレン太と言い続けている。意外だったのはレン太自身が、そう呼ばれるのを嫌がらないで、むしろ気に入っているふしがあることだった。

 

「そう、青海川先生の言うとおり、ワタクシはレン太だ。レンタル国家のレン太だ」

 

「レンティア国家、だ」

 

 ぼくは訂正した。

 

「しかしそのワタクシにも、手に入らないものがある」

 

「そりゃあるだろう。永遠の命とかか?」

 

「それもいずれは欲しくなるだろう。でも今はちがう」

 

「じゃあ、なんだ?」

 

 相手のペースに巻き込まれて腹が立つものの、やはり言葉を交わしていると気になってしまう。ぼくは思わず前のめりになった。

 

「あぁ」

 

「言ってみろ」

 

「それは、小説を書く能力だ」

 

「なに?」

 

「残念だがその能力がない。そして今後も身に付かないだろう。だから青海川先生にお願いする。先生に、ワタクシのゴーストライターになっていただきたい」

 

 レン太が指さしながら言った。ぼくは「えっ!」という表情になったものの、びっくりして言葉は口から出てこなかった。

 



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