(8) レン太の書斎

 

 ぼくは長い廊下を、レン太に従って歩く。

 

 まったく広い廊下だ。ぼくが横に寝たって頭がつっかえない。いや、それどころか、腕を伸ばしたって届かないんじゃないだろうか。

 

「豪勢なもんだな。まるで、西洋のお城という感じだな。どうせなら甲冑でも置いたらいいんじゃないかな、ナイトが装着するような」

 

 少しでも余裕を見せるため、ぼくはレン太に軽口をたたく。

 

「作家センセイのアドバイスは洒落てるもんだね。甲冑か。そうだな、考えてみるよ」

 

 レン太が振り向きもせずに言う。足の運びも堂々としていて乱れない。ぼくは今、完全に相手のペースで事態が進行しているんだなと思いなおした。

 

「さぁ、ここだ」

 

 レン太が足を止め、重厚なドアノブをひねった。ガチャリと、乾いた金属音が廊下に響く。

 

「もう、いいよ」

 

 レン太が振り向き、ぼくのうしろに付く大男たちに言う。すると彼らは一歩下がり、一礼して廊下を戻っていった。

 

「さぁさぁ、入ってくれ」

  

 レン太が一歩入ったところでセンサーが反応して灯りが付いた。その部屋をぐるっと見回したぼくは、ハァと、思わずため息が漏れた。背の高い本棚が並び、まるで、書店という様相だったからだ。

 

 実際、書店に似せているようだった。雑誌のラックが中央にあり、壁の棚には文庫や新書、単行本が背表紙を向ける。棚の前の陳列台にはきれいに表紙が並んでいる。さらにはポップまであるという凝りようだった。だが、さすがに陳列台に並ぶ本は一冊ずつで、同じ本が積み上げられていない。そこだけが唯一、リアルな書店とちがうところだった。

 

「青海川さん、座ってください」

 

 丁寧な言葉づかいにおどろいたぼくは、レン太に顔を向けた。そのレン太の表情は、先ほどまでの薄い笑いが消えている。ぼくは訳の分からないまま、いくつか無造作に置かれている折りたたみのパイプ椅子に腰を落とした。

 

「青海川さん、いや、青海川先生、お願いしたいことがあります!」

 

 先ほどまでの小バカにしたような態度が、レン太の全身から消えていた。ひらひらさせていた両の手のひらは、今、腿にしっかり固定されている。深々と頭でも下げそうな雰囲気だ。

 

 ――― ますます分からなくなってきた。

 

 ぼくは困惑し、じっとレン太を見つめていた。

 

 



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