第53話 ウォーターバトル 〜カップルは殲滅せよ編〜

 別にマジで死んじゃったわけではもちろんなくて、葵の水着姿があまりにも可愛すぎて固まっていただけなのだが。放っておいて遊びに行こうぜーと呑気に言った朝陽に続いて全員マジで俺のことをスルーして川に入った。葵は心配そうにこちらを見ていたけれど、どうやら広瀬たちに無理矢理連れていかれたらしい。

 その判断はありがたい限りだ。今の彼女に接近されてしまうと、どうなることか分かったもんじゃない。

 そんな葵は今、他の奴らと川で戦争を繰り広げている。なんかやたらゴツい水鉄砲を各々が手に持ち、敵も味方もありゃしないバトルロイヤル。勝ち負けの基準なんて特に設けていないんだろうけど。

 広瀬に狙われたところを近くにいた朝陽を盾にして身を守り、幼馴染二人はそのまま一騎打ちに発展。その隙に逃げた葵は少し距離を取って近くで暴れていた柏木に攻撃する。楽しそうではあるけれど、彼女持ちだからとかいう理由で三馬鹿から理不尽な集中攻撃を受けそうだから混ざりたくはない。

 さて。一方でそんな俺はというと。完全に出遅れてしまって混ざりたくない以前に混ざりにくい雰囲気が出来上がっていたため、上にシャツを着てから川から少し離れた木陰に座り込んではしゃぐ連中をボーッと眺めていた。ここだったら地面も普通に草と土だけだし、邪魔な石もないから座りやすい。

 こんなところでも一人になってしまうあたり、俺にはボッチの才能があるのかもしれない。そんな才能いらない。

 しかしこうして見てみると、見事三つにグループが分かれちゃっている。三馬鹿ども男子三人と、桃色空間醸し出してる女子たちと、やたら真剣に戦ってる広瀬と朝陽の二人。

 どうせ三馬鹿どもは朝陽がいなかったらまともに女子の方に絡んでいけないだけなのだろうが、それにしたってこんなにはっきり分かれちゃってたら一緒に来た意味ないだろ。

 まあ、あのキャッキャウフフな空間に入っていけと言う方が無理な話ではあるか。あそこに土足で侵入出来るのは、それこそ朝陽みたいな爽やかイケメンだけだろう。そのイケメンさんも、今は広瀬とのバトルにムキになってるし。

 このままボーッと眺めているだけなのもなんなので、スマホでも取りに戻ろうかと思ったその時。

 一人川から上がってきた葵が、近くに置いてあったタオルで軽く体と足を拭いてこちらに歩み寄ってきた。未だその姿を直視できない俺は、少しだけ目を逸らしてしまう。葵の顔も赤くなってるように見えるのは、目の錯覚などではないだろう。


「真矢くん」

「お、おう。どうした?」


 膝に手をついて中腰で俺の顔を覗き込んでくる葵。濡れた髪を耳にかける仕草に、首筋から鎖骨にかけて伝う雫。体勢のお陰で強調されてしまっている谷間。いつもより色っぽく見えてしまう彼女から目を離せなくなる。

 どうやら、パーカーを脱いだ時の羞恥心は遊んでいる中でいくらか薄れたようだ。完全になくなったわけではなさそうだけれど。


「一緒に遊ばないんですか?」

「いや、俺はいいよ。なんか入りづらいっていうか、そもそも今入っていったら集中攻撃されそうだしな」


 今も葵の背後では恨みがましそうにこちらを見る三馬鹿どもが。お前らそんなに彼女持ちが憎いか。憎いよな。そりゃ合法な攻撃手段があるのならそれを使うよな。誰だってそうする。俺だってそうする。

 しかし自分がやられる側となると話は違ってくるわけで。わざわざあいつらにやられる為にあの中に入る必要もない。


「俺はここで見てるから、お前は遊んでこいよ」

「いえ、真矢くんがここにいるなら、私もそうします」


 俺の隣に腰を下ろした葵。その距離は野球ボール一つ分ほど。不意の接近を許してしまい、思わず仰け反りそうになる。しかしすんでのところでそれを耐えた。そんなことをしてしまえば、彼女を不安がらせるだけだ。


「……これ、下に敷いとけ」

「ありがとうございます」


 持っていたタオルを渡せば、葵はそれをシートの代わりにした。

 訪れる無言の時間。けれどそれが気まずいわけでもない。

 靡く柔らかな風は草を揺らし、鼻孔を擽るのは普段なら感じない植物の香り。楽しげにはしゃいでいる声は丁度いいBGMだ。太陽の光を反射して輝いている水飛沫は、ここからだと綺麗に見える。

 穏やかな時間。大自然に囲まれたこの場所だからこそ過ごせるのかもしれないけれど。でも、それ以上に。今、俺の隣には、葵がいるから。

 地面に投げ出していた左手に、突然なにかの感触があった。見れば葵の右手がほんの少しだけ触れている。ついその顔に視線をやれば目が合って、薄く朱に染めた顔でえへへ、とはにかんだ。

 守りたい、この笑顔。


「やっぱり私は、真矢くんと二人でいる方が楽しいです」


 もぞもぞと手の甲を這う葵の指が、上から覆うようにして俺の指を絡め取った。ついさっきまで水遊びしていたせいか、いつもより少しだけ冷たい。


「会話もないのに楽しいか?」

「はい。楽しいですよ。だって、あなたと同じ時間を二人で過ごせますから」

「そっか。俺も、お前と二人の方が好きだよ」

「すっ……!」


 相変わらずこの言葉には弱いらしい。元の色を取り戻しかけていた顔は途端に真っ赤に染まってしまう。


「お前から言ってくれるの、地味に待ってたりするんだからな。まあ、いつになってもいいけどさ」

「あ、あうぅ……善処します……」


 からかうように言えば、羞恥心が限界を迎えたのか顔を俯かせてしまう。そんな可愛らしい姿を見てククッと喉を鳴らしていれば。

 突然顔に衝撃が襲ってきた。


「うおっ!」

「きゃっ!」


 冷たさとちょっとの痛み。悲鳴をあげた葵にも襲いかかったらしいそれは、水だ。飛んできた方向に目をやれば、そこには川から上がってきた黒田と柏木が銃口をこちらに向けて立っていた。


「カップルがイチャイチャしてるぞー!」

「者共、撃て! 撃てー!」

「ちょっ、待てお前ら冷たっ!」


 二射目は何故か全弾俺に命中。なんでだよ。いや葵が攻撃されるよりはマシだけども。

 繋いでいた手は水鉄砲の攻撃から顔を守るために離してしまった。やつらこれが狙いか。


「なにすんだいきなり!」

「みんなで遊びにきてるのに二人の世界に入ってる大神くんと夜露が悪いんですー!」

「俺たちモテない野郎どもの恨みを食らいやがれ!」

「うおっ! やめ、冷たい! 冷たいから! あ、逃げやがった待ちやがれ特に黒田てめぇ殆ど私怨じゃねぇか!」


 わーきゃー言いながら川の方へ戻っていった二人。そんな俺たちを見て、葵は楽しそうに笑っていた。そこにさっきまでの羞恥に悶える様は見受けられない。自分も水かけられたことは気にしないとか天使かな?


「ふふっ、真矢くんと二人きりもいいですけど、でもみんなで遊ぶのも楽しいですもんね」

「そうか?」

「はい。真矢くんも楽しそうでしたよ? 伊能くんだけじゃなくて、黒田くん達とももう仲良しじゃないですか」

「やめてくれ。あの三馬鹿とは間違えても仲良くしたくない」


 なんて言いつつ、満更でもなく思っている俺が心の何処かに存在していて。

 立ち上がって葵が持っていた水鉄砲を拝借する。水の残弾はたっぷり残っている。仕返しをするには十分なほどに。

 座ったままの葵に手を差し伸べると、そこに白い手が乗せられた。


「さて、潰しに行くか。特に黒田」

「やっぱり、楽しんでるじゃないですか」

「そういうことにしとく」


 返されたタオルを首にかけ、いざ戦場へ向かわんとしてしかし、その足を一歩目で止めた。

 まだ、葵に言っていないことがあったから。

 振り返れば、葵は突然足を止めた俺を怪訝そうに見ている。彼女自身は慣れたのか、水着姿でいるだけでは顔を赤くもしないけれど。

 申し訳ないが、もう少し羞恥心を刺激させてもらうことにしよう。


「水着、似合ってるよ。めちゃくちゃ可愛い」

「えっ」

「だから、その格好であんまり他の男子どもに近づくなよ」

「そ、それって……」


 言うだけ言って再び川の方へ足を動かした。すぐに背を向けてしまったから、葵がどんな表情をしてるのかは分からないけれど。すぐに俺の後を追ってこないあたり、まあ大体の予想は出来る。

 どうせ、今の俺と同じ色になっちゃってるんだろう。

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