第51話 行きはよいよい

 どうやら今回のキャンプ。発案者は朝陽ではなくその友人、朝陽グループの一人である柳というやつらしい。黒田を始めとした朝陽の取り巻き三人組の一人。その柳の父親がキャンプ好きのようで、今回も車を出してくれた。車っていうか、レンタルのマイクロバスだった。

 というわけで、今回のイカれたメンバーを紹介するぜ!

 人数は合計十一人。俺、葵、朝陽、広瀬の四人に、黒田、柳、大田、柏木、窪田の朝陽グループ五人。それから葵のクラスメイトで友人である小渕舞、話を聞いてなぜかついてきた俺の姉ちゃんに、運転手である柳のお父さん。以上。多すぎない? そりゃバスのレンタルもするわ。あと別にイカれたメンバーってわけでもない。


「やー、俺キャンプって初めてだわ!」

「普通に生きてたらそうそう経験するもんじゃないからな。俺も初めてだ」

「そういえば黒田と朝陽は連れてきたことなかったなー。ケンとは中学の時に何回も来てるけど」

「結構楽しいぞキャンプは」

「夜露ー、ポッキー食べる?」

「あ、貰います!」

「小渕さんもどう?」

「いただきまーす」

「ちょっと夕凪、それ私のなんだけど」


 ワイワイガヤガヤ、テンション上がりまくったリア充どもが教室と同じようにデカイ声で会話している。最近はあまり耳障りだとは思わなくなって来たけれど、うるさいものはうるさい。

 ちなみに、ケンとは大田の下の名前である。漢字でどう書くかは知らん。

 さて。そんな騒がしい車内で一方で俺はというと。


「みんな元気だねー」

「おう」

「大神くんもキャンプ初めて?」

「おう」

「今日は夜露の水着が見れるもんね。頑張って選んでたから、ちゃんと褒めてあげなよ?」

「おう」

「もちろんわたしの水着もね!」

「おう」

「……あのさぁ大神くん」

「おう?」


 何故か俺の隣に座っている柏木が、会話のキャッチボールを放棄した俺に詰め寄ってくる。そもそもお前なんでここにいんの?


「わたしの話聞いてる?」

「そもそもお前なんでここにいんの?」


 思わず心の声がそのまま出てしまった。いや、この言い方はちょっとダメだな。これだとなんでキャンプ来てんの? みたいな捉えられ方をされても文句は言えない。ちゃんと言い直さないと。


「なんで俺の隣座ってんの? ハブられたのか?」

「わざわざ言い直さなくてもいいよ! ハブられたわけでもないから! 大神くんと一緒にされたら困るよ!」


 失礼な奴め。俺だってハブられたわけじゃないんだからな。俺が自主的に輪の中に入らない上に誰もそこに入れようとしてないだけだからな。それハブられてるのと変わんないじゃん。

 てか、それならなんでこいつがここに座ってるのか、余計に分からないんだけど。なに、俺のこと好きなの? ないか。


「席が空いてたから適当に座っただけだよ。じゃなきゃ好き好んで大神くんの隣に座ろうなんて思えないし」

「なあ、お前本当に友達だよな? 友達に言うセリフじゃないよなそれ?」

「夜露がいるのにわざわざその邪魔をしようなんて思わないってこと。ちょっと自意識過剰なんじゃない?」

「ごめんなさい」

「でも今日は小渕さんもいるからさ。わたしたちとは普段絡まないし、友達の夜露が隣に座った方がいいでしょ?」

「ほーん。考えてんなぁ」

「これくらいは普通でしょ。大神くんが他人のことに興味なさすぎの考えなさすぎなだけだよ」

「そっすか……」

「で、余り物のわたしがハズレくじを引いたってわけ」

「やっぱり自意識過剰でもなんでもねぇよ!」


 ハズレで悪うござんしたね! だがしかし、代わりに窪田なり小渕さんなりが隣に座っても困るのは俺なので、ちょっとありがたかったりするのだが。柏木のことだから、その辺も考えてるんだろう。

 人間観察が趣味と豪語する彼女ではあるけれど、周りに気を配りすぎじゃなかろうか。本人が望んでそう立ち回っている節があるので直接どうこう言うつもりはないが、それで本当にハズレくじを引きでもしたらどうするつもりなのか。


「それにしても、大神くんのお姉さん美人さんだね。三馬鹿なんて見惚れてたし。あれで独身なんでしょ?」


 三馬鹿て。一応あいつらもお前の友達だろ。なんつー扱い。まあ妥当だけれども。


「そうだけど、んなこと教えてたっけか」

「いやいや、休みの日に弟の友達とキャンプ来るとか独身じゃないとありえないよ。よほどのブラコンじゃない限りは」

「まあ、そうだよなぁ……」


 そういうところなんだよなぁうちの姉ちゃん。いい歳した大人の女性が休みの日に弟とその友達とキャンプって。いつもの婚活はどうした。行っても無駄だろうけど。


「しかし、初対面のやつに独身だって見抜かれたこと知ったら、まあ落ち込むだろうな」

「あ、結構気にしてるんだ」

「かなりな。そのネタで弄ると漏れなく俺が死ぬ。主にストレス発散のサンドバッグで」

「仲良いんだね」

「それなりに歳離れてるからな。他のとこよりは仲良いんじゃね?」


 うちの場合は母親もあんな性格だし、姉弟仲というよりも家族仲がそれなりに良好なのだ。父親は普段仕事ばかりだが割と頼りになる男だし、母さんとも未だに仲が良い。あまり自分の親に対して言いたくはないが、言葉を選ばなければラブラブである。

 そんな二人のもとで育った俺と姉ちゃんだから、喧嘩することはあれど仲が悪いなんてことはなかった。

 恐らくは、幼馴染と家族ぐるみでずっと付き合いがあることも、俺たちの家族仲が良好な原因の一つとも言えるかもしれない。


「昔は俺達三人の面倒をよく見てくれてたよ」

「へー。あ、もしかして朝陽くんの初恋が加奈さんだったとか!」

「ないな」

「ないの?」

「ああ、ない。うちの姉の残念さを見縊るなよ。物心つく前の俺たちですら理解できるようなポンコツだったからな」


 むしろ純粋な子供ゆえにそう感じてしまったという側面もある。

 俺たちと姉ちゃんの歳の差は十。当時学生だった姉ちゃんはまだ小さい俺たちの面倒を本当によく見てくれていたのだけれど。こんな人間にはなりたくないと幼児ながらに思ったものである。


「ぐ、具体的には……?」

「姉ちゃんの名誉を守るために言わないでおく。まあ、そんなだから未だに結婚できないんだけどな」


 その一言で色々と察してくれたのか、柏木は悲しそうに目を伏せるだけだった。良かったな姉ちゃん、あんたの独身を悲しんでくれる人がまた増えたぞ。


「そ、そんなことより!」


 人の姉のことをそんなことで片付けるなよ。


「大神くん、キャンプ初めて?」

「さっきそう言っただろ」

「あ、聞いてたんだ」

「あれは会話を放棄しただけで聞いてないわけじゃないからな。で、初めてだけどなにか?」

「わたしも初めてなんだけど、夜露にオススメのキャンプ映画教えてもらったんだー」

「へぇ」


 さすがは葵。ヒーロー映画だけでなく映画そのものをこよなく愛しているだけはある。きっとキャンプ初心者がキャンプとはなんたるかを理解できるような名作だったのだろう。

 これこれ、とタイトルを検索した柏木がスマホの画面を見せるために詰め寄って来る。近い近い。


「『キャンピングシャーク』……」


 サメ映画じゃねぇか!!! なんてもん勧めてんだ!!!

 しかしそんな心の絶叫なんぞ柏木に聞こえてるはずもなく、おそらくはサメの例に漏れずクソ映画であろうそれを観賞したらしい柏木はニコニコと笑顔だ。


「いやー面白かったよー」

「お前マジで言ってる?」

「中盤でいきなり死ぬ自称イケメンの半端イケメンとか、余計なことしかしない博士とか、サメが出てきたの実質一分くらいとか、ツッコミどころ満載だったけどキャンプシーンだけ無駄に力が入ってたよ」


 その力入れるところ間違えてるだろ感、まごうことなきサメ映画って感じだな……。それを面白いと評する柏木の感性もよくわかんないけど。

 いやまあ、実際楽しみ方によってはサメ映画も十分面白いのだ。似たような趣味を持つ友人と集まって、ストーリーやキャラ同士の会話にツッコミを入れる。そういうどこかスレた楽しみ方をした時に限るけれど。

 どうやら他にも色々とオススメされたらしい柏木がスマホの画面を見せて説明してくれるが、さっきからマジで距離が近い。

 よく見なくてもこいつは美少女だし、肩のあたりよりも少し長いセミロングの髪からはなんか良い匂いするし、半袖のシャツから伸びた白い腕は、露出した肌をこちらに当ててきているし。健全な男子高校生なら意識するなという方が無理な話でして。

 ふと柏木が話を止めると、後方、つまりは通路を挟んで隣の席へ振り返る。つられて俺もそちらに視線をやれば、そこにはフグのように頬を膨らませた可愛い顔の我が恋人が。

 それを見た清楚系小悪魔ギャルが悪い笑顔を浮かべる。


「あれー? どうしたの夜露、もしかしてわたしに嫉妬?」

「そ、そんなのじゃないです!」

「じゃあどうしてそんなに膨れちゃってるのかな? 可愛い顔がもっと可愛くなっちゃってるよ」


 見せつけるようにして俺の腕を抱き取る柏木。柔らかい感触が右腕に……いや、柔らかい、か……? あー、うん、辛うじて柔らかい。多分肌の柔らかさ。胸とかじゃないなこれ。

 失礼なことを考えてると柏木に睨まれた。怖いですごめんなさい。

 面白がる柏木と憤慨する葵。その間に挟まれた小渕は柏木がからかっているだけなのを察しているのか、随分と和かな表情をしている。というか微笑ましく友人を見守っている。余裕そうですね。


「と、とにかくダメです!」

「えーなんでー?」

「だ、だって、真矢くんは私の、か、かれ……」


 そこまで言ってしかし、最後の一文字が発せられことはなかった。赤くなって顔を伏せてしまった葵を見て、柏木はやりすぎちゃったかなー、と呑気に呟くだけ。


「ちょっと世奈。あんまり夜露からかいすぎないでよ」

「夕凪ママの登場だ」

「誰がママよ誰が」

「ごめんね夕凪ママー」

「ぶっ飛ばすわよ」


 二人のやり取りに他のやつらが声を上げて笑い、しばらく夕凪ママ弄りで場が盛り上がることになった。まあ、広瀬ってなんだかんだで面倒見いいもんな。バブみってやつだ。


「小渕さん、申し訳ないんだけど大神くんと席変わってくれる?」

「全然いいよー」

「ありがと。ほら大神くん、ちゃんと彼女に浮気じゃないって説明してあげなきゃ」

「お前のせいなんだけどな……」


 ため息を落としながらも、無理矢理引き剝がさなかった俺も同罪かと考えてそれ以上は何も言えなくなる。

 揺れるバスの中を移動しようと立ち上がり柏木の前を通ろうとすれば、その寸前。俺にしか聞こえないほど小さな呟きが漏れた。


「キャンプ中、夜露のこと見張っててね」


 殆ど反射的に振り向いて言葉の意味を問おうとしても、柏木は笑顔のままでそれ以上は何も言おうとしない。それどころかさっさと移動しろと表情で訴えている。

 全く腑に落ちない言葉を脳内で反芻しながらも移動した先。さっきまで小渕が座っていた席に腰を下ろせば、隣には不機嫌顔の我が恋人が。

 ちょっと、というかかなり悪いことをしたかもしれない。

 さてどう謝ろうかと考えていると、服の裾をちょこんと摘まれた。そして不機嫌顔のまま濡れた瞳で俺を射抜く葵が、ポソリと一言。


「真矢くんは、私の彼氏なんですから……他の人とああいうことするのは、いや、です……」


 不意打ちに放たれた可愛らしい懇願。俺は死んだ。

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