第3話 色仕掛けとか出来るわけないじゃないですか!
『違うでしょ⁉︎ なんでそうなったの⁉︎』
電話口の向こうから、親友の本気で驚いたような叫び声が聞こえてくる。私的にはなにも違わないし予定通りのつもりだったんですが、凪ちゃんとはどうやら意思疎通が出来ていなかったのかもしれない。
「でもでも、ついに大神くんの連絡先を手に入れることが出来たんですよ! これでいつでも大神くんの声を聞くことが出来ますよ!」
『だからそうじゃなくて……告白やり直すんじゃなかったの? それどころかあんた、無かったことにしてもらったって……』
「し、仕方ないじゃないですか!」
もう一度告白するなんて到底無理。絶対またなにかしらやらかしてしまうに決まってる。
それに、今日は一緒にお昼ご飯を食べられただけでも幸せだったんですから、そう無理にことを進める必要もないと思うんですよね。
『まあ、夜露にしては頑張った方、なのかねぇ……』
「ですです! 頑張りましたよ!」
『でも、その程度じゃ大神は陥落しないと思うわよ。ほら、試しに一回、真矢くん大好きーって言ってみ?』
「えぇ⁉︎ む、無理です! そんな、名前で呼ぶなんて……!」
『無理なのはそっちなのね……』
もちろん好きって言うのも無理ですけど!
ああ、顔が熱い。この時期は過ごしやすい気温のはずなのに、パジャマをパタパタと扇いでしまう。
そもそも、異性の名前を呼ぶなんてそんな、恋人でもないのに恐れ多いことを私が出来るわけないじゃないですか。
『まあでもほら。一回言ってみなって』
「うぅ……」
『本人に言うわけでもないんだしさー』
「わ、分かりましたよ……」
こうなってしまえば、一度言う通りにするしかない。凪ちゃんがそれまで私を解放してくれないのは、一年の頃からの付き合いで知っている。
深く息を吸い、言葉と同時にそれを吐き出す。
「わ、私は、し、しししししん、や、くん、のことが……!」
『うんうん』
「しゅっ、すすすっ、すっ……!」
けれど、その先は喉につっかえて外に放出されることはなかった。あともう少しなのに。すぐそこまで出かかってるのに。自分の気持ちを、素直に言葉へと変換するだけなのに。
たったそれだけのことが、私には出来ない。
「……やっぱり無理ですよぉ」
『あー、うん。頑張った頑張った。あたしがそこにいたら頭撫でてあげてたくらいには』
「子供扱いしないでくださいっ!」
『でもこれじゃ、大神を夜露に惚れさせる方が早いかもねぇ』
「大神くんが、私を?」
『イエス。ようは、大神に、夜露が好きだって言わせるの』
大神くんが私に。
想像してみる。場所はあの屋上。私と大神くんの二人きり。彼はいつも通り、ボサボサの前髪とメガネであの綺麗な目を隠してしまっていて。でも、チラリと見えるそこからは力強い意思を感じられて。
二人して顔が赤くなってる中、彼が一言、好きだと伝えてくれる。
ああ、それはなんて。なんて幸せなんだろう。
「えへ、えへへへ……」
『あれ、ちょっと夜露? おーい』
「し、師匠! 私はなにをすればいいですか⁉︎」
『あ、帰ってきた。えーっと、大神を惚れさせるためになにすればいいか? うーん、まあ色仕掛けでいいんじゃない?』
「いろじっ……!」
そんなの無理に決まってるじゃないですか凪ちゃんのバカァ!
なんかもう色々と激動の一日が終わり、しかし時間というのは無情なもので、気がつけばまた学校の昼休みになっていた。
昨日は結局、朝陽にはなにも聞かれなかったし、逆に広瀬になにか聞くことも出来なかったが、まあ、ここはポジティブに捉えるとしよう。
学年一の美少女と接点が出来た。
事実だけを確認してみれば、まあなんとも素晴らしいことではないか。そこには複数人の恋心が複雑に絡み合っているものの、考え始めたら胃が痛くなること請負。噂になってるかと思えばそんなこともなかったし、もう少し楽観的に考えさせてもらおう。
と言うわけで、俺は美少女と蜜月の時を過ごさせてもらうぜ。
なんて開き直れるわけもなく、教室を出る前に周囲を一瞥する。
今日もいつもと変わらず、朝陽の周りには複数人の生徒が。その中には、広瀬の姿もある。
「そうだ朝陽、あんたこの前貸した漫画、まだ返してくれないの? そろそろあたしも読み返したいんだけど」
「あーあれな。今最後のとこ読んでるやつだから、今日帰りにでも取りに来てくれや。俺も部活休みだし」
「ん、りょーかい」
「見せつけてくれるなー二人とも!」
「さすが我が校屈指の夫婦!」
「そ、そんなんじゃないし!」
朝陽と広瀬の会話を、周りの猿、もとい男子どもが囃し立てる。それに広瀬は顔を赤くして必死に否定しているが、広瀬の友人と思わしき女子は微笑ましく見守るだけ。
あいつもあいつで、分かりやすいもんだよなぁ。
「そうそう。俺たちはただの親戚だって、何回も言ってるだろ? あんましつこいと、お前ら凪に蹴られるぞ」
しかし、そんな広瀬の表情も。朝陽がなんとなしに放った一言で曇ってしまう。
真に罪なのはイケメンなことか。親戚だと言うのなら、察してやってもいいものを。むしろ分かってやってる節があるからタチ悪い。
「そうだよ、あたしと朝陽ただの親戚! 夫婦とか、常識的に考えてありえないし」
無理に笑顔を作ってみせる広瀬に、なぜか俺がため息を漏らしてしまう。
マジで、矢印の方向がややこしすぎるでしょ。なんで俺もそこに巻き込まれなきゃいかんかね。
さて。いつまでも教室にいるわけにはいかない。昨日、彼女の誘いにホイホイと乗ってしまったのだから、さっさと購買でパンを確保して屋上へ向かわなければ。
本当は朝陽と広瀬も連れて行きたかったが、そうなれば必然、昨日のことを朝陽に話さなければならなくなる。それは避けたい。
なにより、あのリア充グループの中に入って声をかけるとか、俺には無理。なにかの拍子に目を見られでもしたら、また面倒なことになりかねないし。
そろそろ行くかと席を立ち上がり、視線を前へと向ければ。
「おっ、葵じゃねぇか。どうかしたか?」
聞こえて来たのは朝陽の声。俺の視界に映っているのは、まさしく朝陽が呼んだその人物。葵夜露がそこにいた。
待て待て、まずい。彼女の用事は察せられる。屋上へ一緒に行こうとかでここに来たんだろうが、朝陽がいるんだぞ。
助けを求めようと広瀬の方を向くも、あいつはやっほーとか言って葵に手を振ってるだけ。朝陽の恋心を知ってるくせに、なんでそんな呑気にできるのか。いや、知ってるからこそか。
「こんにちは、伊能くん。大神くんにちょっと用事があるんですけど……」
「真矢に?」
「はい」
キョロキョロと首を巡らせ、廊下側最後尾の席にいる俺を視認した途端に、葵の表情が華やぐ。やめろ、そんなあからさまな反応するな。勘違いされるだろ。や、勘違いじゃないのか?
なんにせよ、このままここに留まるのは下策だ。教室中の注目を集めているわけでもないが、それでも朝陽と広瀬の周りにいるやつらは俺と葵を見ている。取り巻き連中なんて、頭の上にはてなマークが見えるようだ。
「大神くんっ!」
教室内に入ってきた葵は、俺の元まで一直線。すでに朝陽や広瀬は眼中にないらしい。犬の尻尾を幻視してしまった。
「先に行ってろよ……」
「もしかして、迷惑でしたか……?」
「……いや、そうじゃないけどさ」
シュンとしてしまった彼女を見てしまえば、正直に言うのも憚れる。美少女せこい。
とにかくこの場をさっさと離れようと踵を返せば、真矢、と名前を呼ばれた。
「朝陽……」
我が親友が友人達の元を離れ、俺と葵のところに歩み寄ってくる。
いつかはこんな時が来るとは思っていたが、まさかこれほどまでに早く訪れてしまうとは。しかし、言い訳はするまい。朝陽の気持ちを知っていて、こうして隠れるように葵と会っていたのは事実なのだから。まあ、まだ昨日一回だけだけど。
「朝陽、すまな──」
「みなまで言うな!」
「へ?」
ポン、と肩に手を置かれた。伏せていた顔を上げれば、そこにはいつも通り爽やかな顔した親友が。
「大丈夫だ、言わなくても俺はわかってる! まさか真矢に先を越されてるなんて思わなかったけど、そうだな。これから俺たちは、ただの親友じゃなくてライバルってことになるな!」
待って朝陽、お前なにもわかってない。盛大な勘違いしてる。
「いや実際、お前がそうして青春してるのは、俺にとっても嬉しいんだよ。昨日も言っただろ?」
「……」
こいつは、俺の過去を知っている。だから、今のは本心からの言葉なのだろう。親友の心情を慮れないほど俺もバカじゃない。
たしかは実感のこもった言葉に、なにも言い返せなくなってしまう。
「だからほら、俺のことは気にせず行ってこいよ。んで、今日からは正々堂々勝負だ。負けるつもりはないからな?」
「悪い……」
「謝るのはなしだぜ親友」
パンッと背中を叩かれた。随分と身勝手ではあるが、今の朝陽の言葉で少し楽になれたのは事実だ。俺の後ろめたい気持ちは、この親友に隠し事をすることから来ているのが殆どだったから。本当に、身勝手すぎて自分に対して嘲笑が漏れそうになる程。
それに、ライバルだなんだと言う発言も、あながち否定出来ない。俺の気持ちはどうあれ、目の前で自分のことを話されているのに訳がわからなさそうに首を傾げているこの子の気持ちは、無視できないから。
「んじゃちょっと行って来るわ」
「おう」
葵を伴い、教室を出る。やはり昨日と同じく、少し距離を開けて歩く。
その道すがら、ラインの通知を知らせたスマホを見てみれば。
『今度葵の好きなとこについて存分に語り合おうぜ!』
俺の親友、いい奴すぎない?
と言うわけで、やって来ました屋上。
うちの学校は、屋上の立ち入りは特別禁止されていない。校則にもそのような記述はないし、教師からは危ないからあんまり入らないように、と言われているだけだ。
それでも人が少ないのは、屋上よりも中庭の方が人気があるからだろう。もしくは、食堂がやけに広いのも理由の一つかもしれない。
つまりはやはり、屋上には俺と葵の二人しかおらず。昨日と同じく、フェンスにもたれかかって昼食を摂っていたのだが。
「な、なんだか今日は暑いですね」
「そうか?」
今は四月。桜の花も今がピークの時期だ。暖かいとは思っても、暑いとは思えない。
だが葵は暑がりさんなのか、パタパタと手を団扇がわりにして仰いでいる。たしかに、少し汗もかいているように見えるし、もしかしたら本当に暑いと感じてるのかもしれない。
まあ、嘘をつく理由もないしな。
「ブレザー脱いだらどうだ?」
「そう、ですね……」
俺の提案に、何故か葵は決意したような表情で頷いた。もしかして、男子と二人きりで薄着になるのは躊躇われるのだろうか。やだセクハラしちゃった? 豚箱にぶち込まれちゃう?
だがその理由はセクハラ云々ではなかったらしく。
ブレザーを脱いだ葵は、なんとその勢いでカッターシャツの第一、第二、第三ボタンまでを外してしまった。
「ちょっ、おまっ! なにやってんだバカ!」
「あ、暑いから仕方ないんです! このままだと熱中症になっちゃうかもしれないので!」
「まだ四月なのにんなもんなるわけないだろ!」
咄嗟に顔を手で覆ったものの、ほんの僅かだが見えてしまった。
程よい膨らみの胸と、それを包む純白のブラが。
網膜に焼き付いてしまったそれが、俺の意思とは裏腹に脳内で勝手に思い浮かび、覆った顔は留まることなく加熱する。
「と、とにかく! ボタンとめろ!」
俺の必死の呼びかけも虚しく、葵がボタンをとめることはない。や、ちゃっかり見ちゃってんじゃねぇぞ俺。
「お、大神くん? いつまでもそうしてたら、ご飯たべれないですよ……?」
言って、俺との距離を詰めて来る。暑いだなんだ言ってたくせに、くっ付いたら余計暑くなるのは分からないのか。
しかし葵の言う通り、このままでは飯を食えないのも事実なので、仕方なく顔を覆う手を下ろした。仕方なくね、仕方なく。このままだと飯食えないからね。
なんとか視線を隣に向けないようにしながら、購買で買った焼きそばパンを頬張る。
だが悲しきかな。昨日も自覚したように、俺は所詮思春期の健全な男子高校生。学年一の美少女が、肩や太ももが触れ合う距離にいて、しかも胸の谷間とかブラジャーとか見えちゃってるのだ。
チラチラそっちを見ちゃうのは、もはや宿命と言えよう。
「大神くん……?」
「っ! 悪い……」
不躾に視線を向けすぎたか、真っ赤な顔した葵が俺を見詰める。てか、恥ずかしいならさっさとボタンとめてくれよ。
「いえ、その、大神くんになら、私は見られても……」
言葉尻は掠れてしまい、蚊の鳴くような声になってしまっていたが、二人しかいない屋上だ。その上殆ど密着状態なのだから、その声が聞こえないはずもなく。
もう、我慢の限界だった。
「葵」
「えっ」
焼きそばパンを一旦置いて、葵の方に振り向く。濡れて瞳と視線がぶつかり、紅潮した頬が彼女の可愛さを際立たせる。
未だボタンが開いたままのカッターシャツからは、白い肌と形のいい胸、白いブラジャーも少し見えてしまっていて。
なにも言わず、そこに手を伸ばした。
ギュッと目を瞑る葵は、何かを期待しているのだろう。
だが俺は、それを裏切るように。
「……頼むから、勘弁してくれ」
「あっ……」
そっとボタンをとめなおした。
なるべくカッターシャツ以外に触れないよう気をつけたが、それでも彼女の体温を感じてしまったような気がして。俺の心臓はバクバクと煩く喚いている。ボタンをとめた時の指先なんて、震えていたんじゃないだろうか。
それでも、こうでもしないと、色々と持ちそうになかったのだから仕方がない。
「やっぱり、優しいですね……」
「やっぱり?」
「いえ、なんでもないです。ごめんなさい、困らせるようなことしちゃって」
顔は赤いままではあるが、本当に申し訳なさそうに笑みを作る葵は、そのまま食事に戻ってしまった。
取り敢えず、これで俺も落ち着いてパンを食える。
色仕掛けのつもりかは知らんが、あまり自分を安売りしないでもらいたいものだ。
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