第328話 ■「北方平定へ3」

「まずはこの度の軍の体制についてです。

 中央軍は、先ほどから申し上げているようにクイ様に率いてもらいます。

 中央軍は、第一騎士団団長ロイド殿率いる第一騎士団」

「かしこまりました」

「前軍として赤牙騎士団団長レディアンド率いる赤牙騎士団。

 青壁騎士団団長ブルスティア率いる青壁騎士団」

 

 そう告げるリスティの言葉に少しだけざわつく。

 前軍とはつまるところ先陣を切る部隊であり、選ばれることは騎士にとっては非常に名誉あることである。

 そこに充足済みとはいえ実戦経験が乏しい赤牙と青壁を置くというのだ。皆が疑問に思うのも当然だろう。


「リスティア部長。一つ質問させていただいてもよろしいか」

「はい、フルード殿。大丈夫です」


 その疑問を解決するためだろう。第二騎士団長のフルードがリスティに問いかける。


「赤牙と青壁は、若い騎士団です。実戦経験を積ませることに何の疑問もございません。

 しかも戦に勝つことがかなえば士気も十分に上がるでしょう。

 ですが前軍はいわば軍全体の顔。そこを若い騎士団に任せるとなれば敵に軽んじられる可能性が高い」

「はい、私もそう思います」


 笑いながら頷き返すリスティの言葉に一瞬フルードも言葉を詰まらせる。


「で、であれば理由を教えていただきたい」

「はい、理由は先ほどフルード殿がおっしゃられたことに関係します」

「私が言ったこと……ですか」


「我々としては今回の戦争は可能な限り短期決戦で決着をつけたい。そのために打てる手はすべて打ちます。

 バルクス騎士団において第一から第五騎士団の強さは内外問わず有名。……いえ、有名すぎるのです」

「それゆえにエウシャント伯の連中からは色々と難癖をつけられますがね」


 そうおちゃらけて返す第四騎士副団長のゼクトの言葉に皆が軽く笑う。


「それこそ第一騎士団や第二騎士団を前軍に置きでもしたら相手が慎重になってきます。

 敵には軽んじられていた方がいいのです。それに……」


 そこまで話したリスティは少し意地悪そうな顔をする。


「日夜、魔物と何でもありの戦闘を行っている皆様にとっては、貴族騎士たちの名誉なんて庭の物置に置いてきているでしょ?」

「ふ、ふふふ。なるほど腹の足しにもならない名誉など確かにどこかに置き忘れましたな」


 そうフルードも納得したように破顔する。皆もリスティの言葉にある程度は理解したようだ。

 ……まぁ、実際にここで語られてはいないけれどもう一つ理由がある。


 要はレッドとブルーに自他ともに認める実績を上げさせるためだ。

 その先にあるのは、二人への爵位授与に対する批判の除去と……アリシャとリリィとの婚約に向けた障害排除である。

 二人にはこの戦いの勝利を持ってラストン子爵とハルク子爵という新規設立されることになる子爵位が授与される予定。


 もっともヘマを犯すことがあれば再考されることになるがよほどのことが無い限り既定路線だ。

 そして今や公の秘密となっている我が最愛の妹との交際の先。平民であるという婚約への障害も解消されることになる。

 僕としては二人に爵位を授与するタイミングを出来るだけ先延ばしにしたかったのだけれどクリスやアリス、それどころかベルやメイリアたちからも笑顔で怒られるというプレッシャーに負けた形だ。……誠に不本意である。


 今更こうなった以上、もうポジティブに考えるしかない。

 義理の弟――実際には妹と結婚しているから元の世界では義兄だけれど貴族の場合、爵位が優先される――になるアインツが当主となるヒンドルク子爵家。

 ベルの弟であるルーク君が当主を継ぎ、今後子爵位に変更されるピアンツ子爵家。

 いずれはアリスの実家であるローデン家も貴族位を授与されることになるだろう。

 

 メイリアの実家はルードという兄がいるが、事情が事情だけに貴族になる事は難しい。

 その子供や孫になる頃まで待つ必要があるだろう。


 そこにレッドとブルーも続くことになる。

 外戚貴族が増えることになるのは、後継者争いの火種になるといったデメリットもあるが、そもそもが外戚貴族が存在しなかったバルクスにとってはメリットの方が大きい。


「さて、ご理解いただいたところで話を続けます。

 後軍として第四騎士団団長バイオング殿率いる第四騎士団。

 遊軍として鉄竜騎士団団長アインツ率いる鉄竜騎士団。以上五騎士団の布陣となります」


 その言葉に皆が頷く。


「続きまして、第二、第五騎士団はルード要塞防衛の任に。そして第三騎士団は、充足から日が浅いためバルクス領内の警邏をお願いします」

「一つよろしいでしょうか。我が第三騎士団だけでは領内全域を警邏することは難しいかと」

「はい、補足となりますが第三騎士団はエルスリード以南の警邏を重点的にお願いします」

「主都以南……となりますと北部は、その……捨て置くと?」


 そう返すアスタートの言葉にリスティは首を振る。


「いいえ、北部の防衛については冒険者ギルドに対して依頼という形で要請します。設立から一年。

 色々ありましたが十分な人数を揃えることが出来ました。

 南部に関してであれば未だ不安も残りますが、比較的魔物の襲撃が少ない北部であれば冒険者で十分に賄えます」

「レスガイアさんのお墨付きだから大丈夫さ。こういう時のために冒険者ギルドを作ったわけだからね」


 そう返す僕の言葉に皆が苦笑いする。

 なんせアインツやローザを筆頭に皆が皆、レスガイアさんの強さを身をもって知っている。

 そのレスガイアさんが直接審査してその審査をパスしたのだ。北部の被害事例を考えた時、冒険者でも十分に対応は可能だろう。


「最悪な場合、北部で何らかの大規模な魔物襲撃が起きた時には遊軍である鉄竜騎士団もしくは後軍の第四騎士団を派遣します。

 そのために前軍を務める赤牙と青壁には期待する所、大となります。両者ともにその事お忘れなきように」


 その言葉は裏を返せば順調に事が進んだ時の赤牙と青壁騎士団の功績は非常に高いことを意味している。

 そしてリスティの中では、その最悪な状況が発生しないことも頭の中にあるだろう。


 その最悪な状況の前に僕が『ユーイチ・トウドー』として動くことになるからだ。

 まぁ皆にとっては当主である僕があまり危険な場所に行かないで欲しいようだけど、生まれ変わりでも僕の中のシュタリア家の戦場に立ちたいという血が騒ぐらしい。


「それでは、輸送体制についてもお話を続けます……」


 その後もリスティから詳細が語られていくのであった。



――――


(まったく、してやられたもんだ)


 ラスティアが小さくため息を吐きながらその原因となった資料に再度目を落とす。

 それは潜入させた数少ないスパイからもたらされたバルクス軍の陣容に関しての情報である。

 だがラスティアは気付いている。これはバルクス側がこちらにわざと流した情報であろう。


 そう、これだけでエウシャント伯爵が激怒することを見越したうえで。

 現に激高しながら机をたたく伯爵が執務官たちに檄を飛ばす姿が、ラスティアの視界に入っている。


 恐らく唯一ともいえる長期戦に引きずり込むという本当に小さな勝ち筋がとん挫した音すら聞こえるようだ。


「どうなされますか。ラスティア様」


 そんなラスティアに小声で部下――ハインリッヒが尋ねてくる。

 彼もこの度の戦争が勝ち目がないことを理解している数少ない優秀な人材である。


「どうもこうもないよ。始まる前からここまで追いつめられるなんて相手が違い過ぎるさ」

「こちらの主の性格など把握済みですからね」


 そういうハインリッヒにラスティアは苦笑いする。


「……君の家族は?」

「はい、既に流民に扮させてバルクスに移住済みです。泥船に付きあう義理はありませんからね」


 彼もまたラスティアと同じくエウシャント伯爵への忠義心は無い。忠義を抱くほどの恩すら受けていない。

 所詮は給金による繋がりのみなのだから。家族という後顧の憂いさえなければ如何様にも担ぐ旗を変えられる。

 ハインリッヒの家族の情報もバルクス側に握られている可能性は否定できないが、現時点で何もしていないという事はラスティアの本当の希望は受け入れてもらっているともいえる。

 であればこちらも存分に動くことが出来る。


「それは結構。僕は独り身だから気楽なもんさ。

 さてとそれじゃ、ここでの最後の仕事を始めるとするかね」


 そうラスティアはやや自嘲気味に笑顔をハインリッヒに向けるのであった。

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