第329話 ■「魔法のお勉強」

「それでは、よろしくお願いします。父さま」

「あぁ、でもそこまで緊張しなくてもいいよ。アルフ」


 時を少し遡って王国歴三百十六年十月。

 僕は長男のアルフレッドを伴って騎士訓練場の端にある新人訓練場を特別に貸し切って訪れていた。

 訪れた理由はアルフに魔法を教えてあげるためだ。


 アルフもどこかから僕が四歳の頃から魔法の訓練をしていたという話を聞いたようで、四歳になったら教えて欲しいと前々からお願いされていた。


 実際には僕が忙しくて今日まで時間を取ることは出来なかったけれどその間はマリーやクリスが面倒を見てくれていた。

 正直、二人が面倒を見ていてくれたのであれば僕が教えなくても……とは思いもしたけれど、アルフは僕からどうしても教えて欲しいらしい。


 『教えてもらう事よりもエルと一緒にいる時間が欲しいのよ』とクリスに言われたけれどあながち間違いでもないのだろう。

 普段は長男としての自覚があるようで弟妹達の面倒をよく見ているアルフも、今は年相応に目を輝かせながら僕を見てきている。

 そんなアルフを抱きしめたい衝動をぐっと抑えながら僕は口を開く。


「アルフはこれまでママやマリー姉さんからどこまで教えてもらってる?」

「はい、毎日魔力量の限界に近いところまで魔法を使うように。と」

「なるほどね。それで今はどのくらい魔法が使える?」

「えっと……、ウォーターアローを十回使えるくらいです。父さまや母さまに比べると……」


(ははは、嘘だろぉ)


 そうしょんぼりと俯くアルフに僕は心の中で突っ込みをする。既に魔力量が僕の四歳の頃と同等。いやそれ以上だからだ。


(これがギフトの賜物ってことなのか?)


 十五歳の時に望んだ両親の長所を確実に引き継ぐというギフトは、アルフの潜在能力を確実に高めているようだ。

 だけれどアルフにとっては、家族内でも魔力量に突出した僕や母親であるクリスを見てきているから自己評価が低くなっているというわけだ。


「……なるほど。これが他の人から見た昔の僕だったわけか」

「父さま?」


 僕の呟きにアルフは不安そうな顔を向けてくる。恐らくアルフは僕ががっかりしたとでも思っているのだろう。


 主都エルスリードの伯爵館内が遊び場だった当時は知る由もなかったが、外を知ることで僕の魔力量は異常であることは今では十分に理解している。

 少年期から付き合いのあるメンバー内で魔力量の順位を言えば、クリス、アリシャ、リリィ、マリー、クイ、ベル、リスティ、アインツ、レッド、ブルー、ユスティ、メイリアといったところだろう。


 しかもベルとリスティの間にもある程度の差がある。これはクリスやベル、弟妹たちが四・五歳頃から魔力量を増やす練習をしていたのに対して貴族学校に入ってからの付き合いで、本格的な練習が八歳以降のアインツたちとの差であろう。

 この事実が僕の考える魔力量を増やすのであれば幼少期から練習をすることに対しての有効性を示している。


 もちろん、魔力量だけでランクを付けることは出来ない。そこに経験に基づく技術が関係してくるからだ。

 魔力量が一番低いメイリアであっても全体的に見た場合、上級魔術師に手が届くほどの魔力量を有している。


 つまるところアルフや僕の周りにいる賑やかし連中は、傍から見たら規格外な魔力量の化物ぞろいなわけである。


 僕の場合、一緒に練習したクリスやベルも僕と同じように魔力量が増えたため大小はあれど自分の魔力量は普通だと錯覚していた。

 アルフの場合、周囲が化け物すぎて、圧倒的な魔力量を持っているにも拘らず相対的に自分の魔力量の少なさに劣等感を感じているのだろう。

 恐らくだけれど子供たち全員に通ずる悩みなのかもしれないな。後で皆にフォローしておかないと


「アルフ、一つアドバイスをしておくよ」

「は、はい。何でしょうか? 父さま?」


「もしかして僕やママ達と比べて劣っていると感じているんじゃない」

「……はい。そうです」


 そうしょんぼりとするアルフの頭を優しくなでる。


「けどね。僕にしてもママ達にしてもアルフと同じころには、むしろアルフよりも魔力量は少なかったんだ」


「えっ、本当ですか?」

「本当、本当。僕なんてウォーターアローより魔力消費が少ないウォーターボールを十回使ったくらいで魔力枯渇でぶっ倒れてファンナさんに助けてもらったんだから」


「父さまが、それくらいで……」


 うん、今の話を聞いて『それくらい』と思う事が異常なことなんだけどね。


「クリスママだってそうさ。けどね。皆が毎日欠かさず練習したから今がある。僕だって今でも練習は欠かさずおこなっているからね」


 そう語る僕の言葉に少しずつアルフの表情は明るくなっていく。

 毎日練習すれば僕たちのようになれる。その目標が見えてきたからだろう。

 その笑顔に僕も嬉しくなる。僕も立派な親バカらしい。


「それじゃ魔力量の増加は今まで通り、ママやマリー姉さんに教えてもらった方法を続けるように」

「はいっ! 分かりました」


 元気に答えるアルフの頭を僕は再度優しくなでる。さて、とすると僕自身が何を教えてあげるか? ということになる。

 正直に言えば魔法の精度という点においては、僕はクリスやマリー達に比べると劣っている。


 というのも僕の場合は、広範囲せん滅魔法を得意としている。

 広範囲せん滅魔法は、その性質ゆえにそこまで精密な精度というものは求められないからこそ僕に合っているといえるだろう。

 この辺りは面白いもので家族や姉弟であっても癖が出てくる。


 ベルやメイリア、リリィは治癒系魔法。

 クリスやユスティ、アリシャ、マリーは精密系魔法(射撃系魔法)

 アインツやブルーは防御系魔法。

 クイやレッドは身体強化系魔法。

 リスティは束縛系魔法といった感じだ。

 

 さて、そこでアルフに教えるとしても僕の得意である広範囲せん滅魔法を教えるというのも色々と問題がある。

 魔法の精度はあらゆる面での基礎となるため有効ではあるけれど、広範囲せん滅魔法はその人に適性があるかどうかはやってみないとわからない。

 適性が無いものに教えるというのは時間と労力の無駄になる可能性が高い。

 しかもアルフはまだ子供だから制御しきれないと考えた方がいい。……まぁ広範囲せん滅魔法をぶっ放す子供は笑えない風景だろう。


 そういうことを諸々考えても教えるとすれば少なくとも十歳になってその才能をある程度把握してからでも遅くはないだろう。


「あ、あの。父さま……」


 そんなことを考えている僕に恐る恐るといった感じでアルフが口を開く。


「なんだい? アルフ?」

「僕、父さまに教えてほしいことがあるんです」

「教えてほしい……こと?」

「は、はいっ! 僕に……魔法陣の見方を教えてくれませんか?」

「なるほど、魔法陣の見方……か」


 アルフに言われてなるほどと考える。魔法陣の解析や見方となると僕かマリーが得意としている。

 その中でも魔法陣の詳細な改造となるとマリーの方が得意ではあるけど、それは天性の才なので基礎を人に教えるというのは苦手にしている。

 そういった意味では僕が一番適任であろう。


「よし、それじゃあ魔法陣の見方を勉強することにしようか。アルフ」

「は、はいっ! よろしくお願いします。父さま!」


 僕の言葉にアルフは満面の笑みで頷くのであった。

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