第327話 ■「北方平定へ2」

 アスタートの疑問に対してリスティは薄く微笑みながら頷く。


「そうですね。それでは説明させていただきます。

 その前にまずは二つ目の理由も少しお話します。

 私たちの戦争ですが恐らく後継者戦争の中で発生した前哨戦として歴史には残るでしょう」


 その言葉に皆は頷く。

 この王国において史上初となる後継者を巡っての争い――僕としてはよくこれまで起こらなかったものだと思ったけど――の前ではインパクトは薄いだろう。


 それでも僕らにとっても、おそらく勝者となるだろうファウント公爵にとってもこの戦争の意味は大きい。


「この戦争で私たちが勝者となった場合、王国の西部一帯。じつに王国領の八パーセントを所領することになります」


 たかが八パーセントと思うかもしれないが、ファウント公爵でさえ現状六パーセント程。

 つまりは、辺境侯という特殊性があるとはいえ、侯爵が公爵よりも上の所領を持つことになるのだ。


 もちろん後継者戦争が終了した暁には領地整理によりファウント公爵家が所領第一位になる事は確実だろう。

 それでもバルクス辺境侯が力を持つことに変わりはない。

 しかも騎士団も王国一と称される練度を誇るのだから国内の地位は確固たるものになるだろう。


「そうなった場合、それだけの所領をエルだけで管理するというのは非現実的です。少なくとも二つ伯爵領を創設することが現実的でしょう」


 二つの伯爵領の候補はルーティント領とこれから取得を試みるエウシャント領一帯となる。


「ルーティント領は継承権第一位のアルフレッド様となる予定です」


 通例として侯爵家の次期当主候補は一領を任されて当主として適任かどうかを試験される。

 とはいえ周りを名臣でガチガチに固めて問題ないように執務を進めることになるからよほどのことが無い限り落第となる事はない。

 ぶっちゃけると形骸化された儀式のようなものだ。


 アルフレッドなんて未だ四歳と子供だから親元から離すわけにはいかない。

 執務だって出来るわけがないからアルフレッドが成人するまでは名代をおいて執務が行われることになる。

 つまりは元執務官長官で現ルーティント領の執務責任者であるベイカーさんに引き続きお任せすることになる。

 しかもいずれは僕から侯爵家当主を引き継ぐことになるのだからルーティント伯爵というのも名ばかりとなるわけである。

 

「そして新たに所領する予定の領地についてクイ様にシュタリア家の分家を創設していただくことになります」


 バルクス家の弱みの一つが分家が少ないという事だ。

 直系の分家はローグン従伯父上の後を継いだ息子のクレストさんのユピテル男爵のみ。

 外戚も現状はベルの弟のルークくんのピアンツ男爵のみ。


 今後はアインツたちも叙爵予定とはいえ結局は外戚でしかない一方で、クイであれば直系の分家となる。

 いずれは僕の息子であるジークやエドワード達も直系の分家を作る事にはなるだろうからその第一歩である。


「伯爵となる予定の地をクイ様自身の手で手に入れる。これほどの名声は無いでしょう」


 そう語るリスティであるが、クリスやアリスを含めてもう一つ意味があるのだ。

 それはこの場にいる騎士たちからの信頼を得る事である。


 父さんにしても僕にしてもこれまでに魔物襲撃や戦争を通して率先して先頭に立ってきた。

 それはシュタリア家の家訓でもあるし、バルクス騎士の誇りでもある。

 ……まぁ言ってしまえば戦場で同じ釜の飯を食って初めて仲間になるっていう何となく体育会系の思考の騎士が多いというわけだ。


 クイが当主代理の期間は魔物襲撃も小康状態で、バルクスとしては平和で結構ではあるのだが、クイ自身が表に立つという状況にはなっていない。

 クイを軽んじるものはいないだろうが、その思考ゆえに真の忠誠を……とまではいっていないというのが三人の見立てだ。


 なので今回の戦争を通して騎士たちからの信頼を得るために僕は不参加という事になった。

 まぁこれはもう一つの理由もあるんだけどね。


「そして最後の早期解決を図るためですが……。アスタート騎士団長。我々の弱点はお判りでしょうか?」

「弱点……ですか? ……失礼を承知で申し上げますが我々騎士団は他のどの騎士団にも負けていないと自負しております」

「はい、私もその点についてはアスタート騎士団長と同じ考えです」

「……であれば、申し訳ありません。私には分かりかねます」

「わかりました。それでは私から応えさせていただきます。我々の弱点は『長期遠征が出来ない』です」


 そう答えるリスティの言葉にアスタートを含めた他の騎士団長も小首をかしげる。

 その反応にリスティは少し微笑む。


「それではこう言い換えましょう。王国一と自負する我が騎士団は『何のため』に存在しますか?」


 その言葉に皆が僅かに考えて何かに気付いた表情をする。

 その表情を見たリスティは満足そうに口を開く。


「そう、南方から『いつ現れるか分からない』魔物からの襲撃を防ぐためです」

「つまりは防衛のために全軍で外征することも出来ないということですな」

「以前に比べてバルクス領は『鉄竜』『赤牙』『青壁』が増えましたのである程度であれば外征は可能ですがそれでも他の貴族のように長期間というのは難しい

 それは南に魔陵の大森林があり続ける限り不変です。もっとも我々の存在意義はその魔陵の大森林のおかげではありますけれどね」

「弱点は理解しました。ですがクイ様が前面に出る事と繋がらないのですが」


 そう返すアスタート。その他の騎士たちも同じ考えのようでリスティの言葉を待つ。


「長期遠征が出来ない以上、こちらとしては初戦で可能な限り敵の力を削いでおくことが肝要です。

 ですがあちらの参謀……いえ、エウシャント伯執務官ラスティア殿であればこちらの弱点を突いてこようとするはずです。

 ラスティア殿にとっては、そこのみが勝機と考えているでしょうから」


 リスティがこういった話において個人名を出してくることは稀だ。それゆえに騎士団長たちもそのラスティアという人間が今回の戦争における重要人物であると認識する。


「こちらとしても持久戦を最初から取られると非常に困る。なので動かざるを得ない状況を作ります。

 そのためのクイ様です」

「と、申しますと?」


「エルは、エウシャント伯に非常に嫌われている。その事は皆の共通認識ですよね?」

「本人を前に言われると色々と思う事はあるけれどね。僕としては何もやっていないのに」


 そうぼやく僕の言葉に皆が苦笑いする。その表情が全員の共通認識であることを表している。


「そんな不倶戴天の敵ともいえるエルとようやく戦えると思ったのにこちらの総大将は弟のクイ様。

 さて、エウシャント伯の感情はどんなことになるのかしら」

「神様でもこれほど容易に想像できる以上の話なんて思いつかないだろうな」


 そうアインツが皮肉を込めて言い放つ。


「エルが帯同しているのであれば、エウシャント伯の懐に飛び込むことになります。

 そうなれば勝算が上がるラスティア殿の進言をエウシャント伯も聞くでしょう。

 最終的に自分の前にエルの首があれば満足するのですから」


 ちょっとリスティさん。物騒なお話ですね。


「ですがエルが帯同しないとなれば、その首を取るためには防衛戦だけではなくバルクス領に侵攻する必要があります。

 逆上したエウシャント伯が持久戦という忍耐を必要とする作戦に良しという事はあり得ません」

「なるほど。理解しました」


「その他に疑問がある方はいらっしゃいますでしょうか」


 そう聞くリスティの言葉に続く質問は上がらない。


「それではこれから細かな作戦を説明させていただきます」


 そう語り、会議は続いていくのであった。

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