第326話 ■「北方平定へ1」

 王国歴三百十六年十一月十日。


 エウシャント伯からの返答を待たずして僕たちは行動を開始する。

 会議室に集うのは当主である僕、当主代理であるクイ、当主代理補佐であるクリス。

 そしてバインズから正式に軍令部長を引き継いだリスティ。

 執務長官のアリスと執務官イシュタール、技術担当のベル、副技術担当のメイリア。

 第一騎士団、騎士団長ロイド、副騎士団長ロボルティ。

 第二騎士団、騎士団長フルード、副騎士団長ミュラー。

 第三騎士団、騎士団長アスタート、副騎士団長リック。

 第四騎士団、騎士団長バイオング、副騎士団長ゼクト。

 第五騎士団、騎士団長ギーシュ、副騎士団長オットー。

 鉄竜騎士団、騎士団長アインツ、副騎士団長ローザリア。

 赤牙騎士団、騎士団長レッド、副騎士団長モイスト。

 青壁騎士団、騎士団長ブルー、副騎士団長ノルン。

 そして退役後にエルスティアの相談役となったバインズ先生とおまけのユスティ。


 総勢二十六人の錚々たるメンバーである。

 騎士団に至ってはルーティント領の第六、七を除く団長と副団長が揃い踏みであり、今回の会議の重要性を否応なく感じさせる。


 全員がこの会議の主旨は理解している。ただ最初に発せられる言葉を各々が待っていた。


「皆忙しい中で参集してくれたことに感謝する。それでは会議を始めるとしよう」


 だが発せられた言葉。いや、人物に状況を知らない者――主に騎士団長たち――は僅かに驚きの表情をする。

 言葉を発したのが僕ではなく当主代理であるクイだったからである。


 もちろん当主代理であるわけだから主要人物たちを会議に参集する権限はある。

 そして対外的には僕は病気療養中という事になっているから会議を主導するのも納得ではある。

 だがそれでも実際問題としてこの会議には僕も参加している。

 そして主要人物たちは皆、僕が仮病であることも知っている。つまり業務能力はまったくもって問題ないのだ。

 だから当たり前のように僕が主導するものだと思っていたのだ。


「今回、私は参加者の一人だ。あくまでもクイ主導で各々動いてもらうことになる」


 その動揺を抑えるために僕は口を開く。その言葉で皆の動揺が幾分抑えられる。

 その雰囲気にホッとしたのかクイの緊張も幾分和らいだようだ。


「皆も知っているだろうけれどエウシャント伯に対して抗議文と共に十日後の二十日を期限に返信を求めてます。

 とはいえクリス義姉さまやアリス義姉さまの見立てでは回答はないだろうと踏んでるけれどね」


 最初の堅苦しい挨拶からクイは若干言葉を崩す。

 これはシュタリア家の伝統だ。中央から遠く離れたここでは昔から皆が家族的なつながりが強いから会議の内容は一定の礼節を守りながらもフレンドリーに進むことになる。


「言い方は悪いけれどこちらとしては戦争を吹っ掛けるための抗議ですもの、逆に妥協された方が困るわ」


 クリスの言葉に皆が苦笑いする。


「一つよろしいでしょうか?」


 その中で第三騎士団長であるアスタートが挙手する。彼は御大から騎士団長を引き継いでから初めての他騎士団長との会合になるはずだ。

 それにクイは首肯する。


「まず大前提としてエウシャント伯。いえ、おそらくバルクス領の北部一帯の貴族たちでしょうか。

 そこと戦争をする理由を教えていただけますでしょうか。御大から引継ぎで精一杯でそのあたりの状況を理解できていないので」

「そちらについては、私から説明させていただきます。ここに集まっていただいた皆様方も改めて意識統一をしていただくためお時間をいただきます」


 アスタートの言葉にリスティが口を開く。彼女も軍令部長として初めての会合だ。

 これまでも副部長として参加していたから慣れたもんだろうけれど、改めての大役だ。色々と思うところはあるだろう。

 僕はちらりと相談役として出席するバインズ先生へと視線を向ける。

 うん、平静を装っているけれど普段することのない右足が小さく貧乏ゆすりをしている。

 元上司として……いや、親として少なからず緊張しているのだろう。


 そんなバインズ先生の心配を他所にリスティは説明を始める。


「今回の戦争の理由は大きく四つ。

 一つ目は、アルーン会談で次期国王になるであろうイグルス派のファウント公爵からバルクス辺境領の西方の切り崩しについて了解が貰えたこと。

 二つ目は、新王誕生後の王国での地位を確固たるものにするための力を手に入れること。

 そして三つ目は、クイ様の名声を確固たるものにするため。そして最後はクイ様を前面に出すことで早期解決を図るため」


「最初の二つはある程度理解できます。昔から旧エウシャント子爵を含めて北部の貴族たちとは何かと仲違いすることも多くそこを制圧することで色々と面倒が減りますから」


 そう返すアスタートの言葉に他の騎士団長たちも苦笑いする。彼らも北部貴族たちとのいざこざを経験していないものはいないだろう。


 貴族たちが考える貴族の優劣は、『資金力』や『爵位』が重要だがそれ以上に『伝統』にある。


 伝統とは即ち『王国に対してどれだけ長く奉仕してきたか』である。つまりは貴族家が作られてからの期間となる。

 王国設立の頃から南方の守護者として存在するバルクス家に対して北部の貴族たちは王国の領土拡張と合わせて増えた貴族たち。

 しかも王国の北西に位置する領土は拡張がもっとも遅れた場所故に中央では新参者扱いだ。

 今から九年前に連邦から割譲した領地に新設された『ベルトン伯』と『ルームカリア伯』のおかげで新参者という見方は幾分減ったとはいえ未だに下に見られるらしい。


 僕にとってはこれはどうしようもないだろ? と思うけれど彼らにとっては大変屈辱的な事のようで、その八つ当たり場所が近くに存在する最古参となるバルクスなわけである。なんともはた迷惑なことだ。


 ゆえに騎士同士だけではなくお互いの領地を行き来する商人たちでもいろいろと諍いが絶えないと聞く。

 しかもそれを北部の貴族たちが煽っているとも聞くから余計たちが悪い。


 そういえば、野菜の種子とかを盗んでアリシャやリリィを悲しませたのもエウシャントの野郎どもだったか。

 ちくしょう覚えてやがれ。痛い目に合わせてやるからな。……おっといけないいけない僕は今回は自重しないと。


 つまりは北方もバルクス辺境侯領にすることでそういったいざこざもある程度解消されるのでは? ということだ。

 そんなことで戦争なんてするのか? と思うだろうけれど前の世界でもこの世界でも経済や利権を巡っての問題解決のためというのもあるけれど結局のところは民族問題や宗教問題なども含めて人間関係によるところが大きいのだ。


 僕としては家族以外には秘密ではあるけれど今後訪れるであろう人類滅亡の危機に備えて、なるべく早めに力を付けておきたいってのもあるけれどね。


「ですがクイ様には失礼なことになりますが、クイ様と戦争との繋がりがよくわからないのです」


 そうアスタートは返すのであった。

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