第319話 ■「新貴族の後継者事情2」

「あっ! そうだっ! カグヤちゃんがいたじゃない!」


 アインツは神速の速さでそう笑顔で言う双子の片割れのユスティの口を両手でふさぐ。

 だが一度野に放たれた言葉を無効にすることは出来はしない。


「ふむ、ユスティ。そこのところ詳しく聞こうか」

「エル! 今のはユスティの妄言だ気にするな!」


 必死に今の事をなかったことをしようとするアインツにますます僕は興味が増していく。

 僕は右手で指パッチンする。

 するとお茶の準備をしていたメイドの二人が音もなくアインツの背後に移動し、瞬く間にアインツを取り押さえる。


 いざというときに僕を護衛するために戦闘訓練を受けた母さんお抱えのメイドさんである。

 虚を突かれたアインツはあっさりと固められて身動きが取れなくなる。

 取り押さえる部下のメイドの手際の良さに僕の傍に仕えていたフレカさんも満足そうに頷いている。


 職務に忠実……というだけではなくメイドさんたちもアインツを抑えながらもユスティの話を聞き逃すまいと興味津々のようである。

 護衛役でもそこは女性。噂話は大好物のようだ。しかもメイドさんの間でも人気なアインツの色恋話。食いつかないはずがない。


 そんな状況になっている双子の兄を見ながらもユスティは慌てる素振りを見せることもなく、一人残ったフレカさんにお茶のお代わりを所望している。ユスティもなんだかんだで大物である。


「カグヤちゃんっていったっけ? 初めて聞く名前だなぁ」

「親同士が決めた婚約者だからねぇ」


 ということは所謂ところの許嫁というやつか。


「それにしてもカグヤって名前は王国の中では珍しい響きだね」

「王国内でも北方にはこういった変わった名前を付ける少数民族がいるんだよ。

 彼女の四世代前くらいに私たちの村に引っ越してきたんだけどその名残だね」


 僕にとっては名前の響きに馴染あるが、やっぱりこの世界ではごく一部の地域限定のようだ。

 ユスティが語るにはこうである。


 アインツたちの生まれ故郷であるヒリス男爵領にカグヤ達の子孫が辿り着いたのは今から百年ほど前の事らしい。

 らしいというのはアインツたちが貴族になったのは父の代、僕たちが五歳の頃の話だから正確な情報をよくわからないからだ。


 とはいえ、ラスティ家とカグヤ家は元々がお隣同士。しかも父親同士が幼馴染の関係だった。

 父親が貴族になった際にもカグヤの父親は執事として傍に仕えることになる。

 そして二親同士で子供の結婚の約束をしたそうである。


「ふむ、中々に面……興味深い話だね」

「いや、今面白いって言おうとしただろ」

「アインツはそのカグヤって子の事が好きじゃないのかい?」


「いや、好きとか嫌いとか以前に俺も一度……しかも産まれた時にしかあったことがねぇよ」

「産まれた時?」

「カグヤちゃんが産まれたのって私たちが九歳の時なの。丁度帰郷中だったから産まれた時に立ち会えたんだ」


「となると……今十五歳ってことか。年齢的には適齢期だね」

「いやいや、あっちが俺の事なんかしらねぇよ。しかも昔の話だとっくに無かったことになってるって」

「うーん、そこら辺の話を聞いてみたいな」

「わかった。お父様たちを呼んでくるよ!」

「あっ! おいっ! ユスティ!」


 こういったことに特にフットワークが軽いユスティはそう言うとアインツが止める声に耳を貸すことなく部屋を飛び出していくのだった。


 ――――


「お久しぶりです。エルスティア様。アインツとユスティが大変お世話になっております」

「いえ、こちらこそ。助けてもらっています」


 それから三十分後。ユスティに伴われて二人の両親、レオナルドさんとマリーさんが僕の元を訪れた。

 レオナルドさんは元中央騎士団の団長を務めて男爵位に封じられたこともあり未だに三十代を思わせるほどの若々しい体躯をしている。

 一方でマリーさんは、二人の母親にしてはおっとりとした優しそうな女性である。

 今や長男に男爵位を譲った二人はここバルクスでのんびりと過ごす暮らしをしている。


「ねぇ父さん、母さん。兄さんの許嫁のカグヤちゃんの事なんだけどね」

「……カグヤちゃん……ねぇ」


 そう呟いたマリーさんの目がキラリと光った気がするけれど気のせいだろうか。


「アインツに許嫁がいたことを知りませんでしたのでお話を伺おうと……」

「そうなんです! 聞いていただけますかエルスティア様!」


 そういう僕の言葉に食い気味にマリーさんが体を前のめりにしながら口を開く。


「アインツももう二十四。カグヤちゃんもアインツの妻になるために礼儀作法や家事も十分に練習してきているんです。

 なのにアインツはと言えばのらりくらりとかわすばかリ」

「……というとカグヤさんは今でもアインツの妻になるつもりだと?」


 そういう僕の言葉にマリーさんは力強く頷く。おいおいアインツさん? 先ほどの話とちと変わっていませんかねぇ。

 ちらりと睨んだ僕の視線からアインツはさっと顔を逸らす。こんにゃろうめ嘘つきやがったな。


「なるほど、わかりました。私としても一度カグヤさんにはお会いしておきたいですね」

「ま、待て待て待て。エル! そ、そうだっ! 俺は子爵家当主になるんだろ? けどカグヤは平民だから正室は無理だろ?」


 ……うむ、確かに王国法で側室はともかく正室に関しては、貴族家からと決まっている。

 伯爵家であるバルクス家がベル――正確には母親のファンナさん――を男爵位に封じた時とは違って男爵家のヒリス家が平民を貴族にすることは出来ないからカグヤが平民であるというのがアインツの主張である。

 だがその主張にマリーさんがニヤリと笑う。


「あら、問題ないわよ。カグヤちゃんはヒリップ男爵家の養子になっているからね。子爵家当主と養子とはいえ男爵家の子女。格式的にもおかしなことは無いでしょ?」

「なっ!」


「ヒリップ男爵?」

「うちの領地の東にある男爵家だよ。父さんがそこの当主と懇意にしているの」


 僕の右側に座っていたユスティがこっそりと教えてくれる。

 男爵家で領地持ちというのは、男爵の中でも三割程度ほどで、残りは寄り親となる上位貴族の政務官といった職についてそこから禄を得ている。


 一方、領地持ちだからと裕福な暮らしをしているかと言えばそうでもない。

 大概が平民の村長や町長よりもちょっとだけ裕福といったレベルで、収入も主産業とである農作物の天候による収穫量に左右される。

 なので隣接する男爵領主とは不測の事態に備えて互助関係となることが多い。


 その互助関係にあるヒリップ男爵にお願いしてカグヤを養女にしておいたのだろう。

 ヒリップ男爵家にとってもただの平民を養女にするわけではない。

 なにせ子爵家当主の正室候補となるわけだから少なからぬ名声と結納金といった資金を手に入れることが出来るのだ。


 母親によって用意周到に逃げ道を塞がれたアインツは、ガックリとうなだれる。

 ……うーん、カグヤを嫌う何か理由でもあるのだろうか?


「……チクショウ。俺の悠々自適な独身生活が……」


 あー、うん。しょうもない理由だったか。ならかばう必要もないだろう。

 そうなると僕の中ではカグヤがどんな子なのか気になり始める。


「私としても子爵となるアインツの妻としてふさわしいか見たいと思う。

 マリーさん。面会の準備をしてもらえますか?」

「はい、かしこまりました。領地への往復がありますので二か月ほどお待ちいただければ」

「ええ、構いませんよ。あー僕もカグヤに合うのが楽しみですよ」


 そう自分の母親と笑いあう僕を見て、改めてアインツは小さくため息を吐くのであった。

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