第308話 ■「バルクスの力の欠片2」

「あれ? 三人とも黙り込んじゃって……どうかしたの?」


 ユスティが尋ねてきたことで考え込んでいた僕たちは現実に戻される。


「多分三人とも同じことを考えていたんだと思うんだけど……」

「お兄様とクリスお姉様もそう思いますよね」


「うん、むしろその使いづらさこそが嬉しい誤算って感じかな」

「ええ、そうね」

「そうですね」


「?? なんで?」


 僕の言葉に相槌を打つクリスとマリーにユスティは首をかしげる。


「ねぇ、ユスティ。物質が転移できるのってすごく便利だよね?」

「そりゃそうだよクリス。だって物が簡単に移動できるんだったら遠征の時に大規模な輜重しちょう隊がいらなくなるんだもん」


 退任したとはいえ未だに副団長時代の思考がベースになっているユスティの答えにクリスは笑う。

 ちなみに輜重というのは、兵糧、被服、武器、弾薬などの軍隊を維持するために必須となる物資の総称である。


 どうしても従来の騎士団においては、現場での戦功を第一とする風潮が強い。

 だが淀みなき輸送を実現することこそが最も重要な功績だと僕やリスティは考えている。


 古代中国で漢を建国した劉邦が楚漢戦争において、戦功第一としたのが最前線で戦った将軍たちではなく後方から常に淀みなく物資や兵士を送り続けた蕭何しょうかが選ばれたことは有名な話であろう。


 軍事行動を行う部隊で言い方は悪いが最も足を引っ張るものは何か? とすればそれは補給部隊であろう。

 部隊が大きくなればなるほど必要な輜重は増加し、それを順調に輸送するための計画はより大規模に困難になっていく。

 さらには人の手ではどうにもならぬ天候不良による悪路ともなれば大きな計画変更を余儀なくされる。

 だが、最前線では輜重は日々消耗される。人というものは、兵糧が尽きたから士気が落ちるのではない。

 兵糧が尽きていく様を見る事による将来への不安こそが士気が落ちる要因なのだ。


 士気が低い兵はどれだけの名将であっても立て直すことは不可能だ。それを防ぐためにも輜重が潤沢であることが最善なのだ。

 だからこそ、それをうまくやりくりした蕭何の尋常ならざる凄さがあるのである。


 なので兵站重視の認識と理解は、バインズ先生やリスティによってバルクス騎士団には徹底されている。

 貴族学校の頃からリスティの戦略・戦術眼を嫌というほど見てきたユスティにとってはそれは正解以外の何物でもない。


「そうね。それは分かりやすい良い例かもしれないわね。じゃぁユスティ。

 その便利な転移魔法が使ようになったらどうする?」


 そのクリスの指摘にユスティは息をのむ。


 その大変な部分が大幅に削減できるのだ。大げさに言えば部隊は戦闘員だけで賄う事が出来ることになる。

 その場合、部隊の進軍スピードは驚異的に改善されるだろう。


 さらに言えば、他国が戦争を始めようとしているかどうかは、人や物の移動である程度推測することが出来る。

 特にアリスやクリスはこの世界での主食のメインとなる『フルクス』――この世界のパン――の原料となる小麦粉の価格変動からどこどこで戦争の準備をしている。なんていう予測もしているらしい。


 うん、僕には難しすぎてよくわからないけれどね。

 その予測は人や物がある地点からある地点に移動する様が分かるからこそ推測することが出来るのだ。

 転移魔法で瞬く間に……なんてことになると、それは大きな弊害になる。


 つまりは転移魔法は僕たちにとって大きな利益であると同時に不利益にもなるのだ。


 極論を言えば僕達四人の中でこの転移魔法のヒントを見なかったことにすれば、今までと何も変わらない状況にすることは出来る。

 けれど気付いてしまった以上、なーしよにするにはあまりにもその便利さは魅力的である。

 であれば僕たちが考えるのはいかにしてイニシアチブをとるか。である。


「魔法はいずれは外部流出する。こればかりは銃の製造とはわけが違うからね」


 銃の製造は、今もなお部品単位で作成する技術者を限定しているため全てが流出するには至っていない。

 新世代の銃への切り替えが行われつつあり、その度に規格もがらりと変わるから、例え情報流出があっても全てのピースを集めるまでにその情報は規格外となり陳腐化していくことになる。


 けれど魔法の場合は、魔方陣が一枚あれば、それを模倣すれば――莫大なコストはかかるけれど――幾らでも作ることが出来る。

 魔方陣は、言ってしまえば紙っぺら一枚だ、如何様にも――胃の中に入れてしまえばいい――盗むことが出来る。

 現にまだ未確認ではあるけれど僕が得意とする拘束系魔法の一つである『チェーンバインド』が流出しているという情報もある。

 ま、これについてはアンチ拘束系魔法もいくつか出来ている――前にレッドとブルーが使ったのもそのうちの一つだ――からそこまで気にするほどのことはない。


 つまり魔法の流出ばかりはどうしようもない。ならば……


「だから転移魔法の目途が立ったところで『わざと』流出させる」

「そうね。上級魔術師が三人の全魔力で数キログラムくらいが転移できるくらいの性能で……ってところかしらね」

「そうか、そんな便利な転移魔法だけれど魔力消費が大きいとすれば……うわぁ、使えるようで使えない……」


 そう、ならば情報が勝手に漏れてしまったと装えばいいのだ。しかも魔力馬鹿食いの現状のままの状態で。


 上級魔術師というのは王国全土で見ても非常に貴重だ。その中でも特段揃っているバルクスでも騎士団あたり五人ほど。

 他の貴族領となれば二人いればよい方というのが現実的だ。


 元プログラマーとしては、無駄な処理がてんこ盛りというのに抵抗感はあるが、外にばれるものについては目をつぶれる。

 そして最初に大々的にお漏らししておけば――しかも実際に転送が出来るとなればそれが彼らにとってのスタンダードとなる。

 彼らには永遠にその使いづらい欠陥転移魔法に夢を馳せてもらうのが理想なのだから。


「なんてったって、こっちにはマリーちゃんがいるしね」


 そう言って頭をなでるクリスの言葉にマリーは嬉しそうに目を細める。


 消費魔力の最適化や調整については、僕の知る限りマリー以上の適格者はいない。

 しかも神様の話ではそういった調整が現実的に出来うるのは『四賢公』の血をひく者だけ。

 そんなのは目をつぶって投げた石が鳥に当たるくらいの確率である。


 バルクスで使用するものについては最適化された魔法を、さも彼らと同じく欠陥魔法かのように使えばいいのだ。


「ってことで、予定が大幅に変わることになるけれどまずは転移魔法の実用化……

 そうだな。生物が転移できるかどうかは後回しでいいからまずは無機物転移からやってみようか」

「はい、わかりました。魔力消費も最適化しないでやってみます」


「うん、よろしく。それが出来てから魔力消費調整をやってくれればいいかな」

「それにしても物質転送……色々と夢が膨らむわね」

「うんうん、全くだよ。これがあれば南方開拓もさらにはかどるだろうしね」

「そうですね。それ以外にも…………」


「ほんと、家族になると似るもんなのかねぇ」


 三人がそれぞれに使用方法を嬉々として語る姿にユスティは、苦笑いと共にお茶菓子を口に放り込むのであった。

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