第307話 ■「バルクスの力の欠片1」

 ポルタの町での戦闘から二週間後。エルスリードに戻ってきた僕たちは、町の様子が一変していたことに驚くことになる。


「いらっしゃーい。さぁさぁ、あの将級魔物を千切っては投げ、千切っては投げしたといわれるライン・アンカスターがその味を愛したといわれる焼肉だよぉ~」

「なんの、これこそがあの将級魔物の百ある目を瞬く間に射潰したアルフレッド・ロックス・ビルマーが愛用したといわれるタリスマンだ!」

「何言ってるんだい! これこそがあの将級魔物を刹那に切り刻んだといわれるビーチャ・ハーマードが愛用しているといわれる枕だよっ!」

「え~、あの将級魔物を模したクッキーはいかがですかぁ~。いまなら三英雄をかたどったクッキーもついてま~す」


「…………」

「………………」

「…………ふぁぁ」


 門から入ってすぐのところに広がる異様な熱気とそこかしこではためく上り旗。その旗には三人の名前がどぎつい原色でデカデカと書かれている。

 その事に三人――ビーチャはただ眠いだけの気もするけど――は言葉を失う。


「いやぁこれはまた清々しいまでの便乗商売だねぇ」


 それに僕は苦笑いと共に、魔物を討伐してポルタの町に戻った時のパトリチェフの顔を思い出す。

 その隠そうともしないにやけ顔に僕はこう言った。


『今回の討伐の功労者は三人。僕とユスティはあくまでもサポートだけだ』と――


 それが功を奏したのだろう。僕とユスティ――実際にはユーイチとユズカ――の名前は所々で思い出したかのようにちっちゃく書かれている程度。


 うんうん、アストロフォンを討伐した後の奇異な視線を四方から浴びせられた経験は無駄ではなかった。

 そう三人は犠牲になったのだ。冒険者ギルドの地位を向上させるための広告塔として……


「おい、あれって……」


 そんな中、その場にいた男――どこかの冒険者ギルドのメンバーだったはず――が、その場で立ち尽くしていた僕たちに気付く。


「おぉ! 将級魔物を討伐した英雄だ」「えっ! ホント!」「凄い! 初めて見た!」


 その言葉にその場にいた人々からの視線が集中する。


「ねぇ。エ……ユーイチ君」

「うん。それじゃ、あとは若い人たちにお任せして、解散ってことで」


 そう言うと僕とユスティはその場から逃げ出す。


「あっ、ずr……」

「ひきょうd……」


 そんな僕たちに文句を言おうとした三人は押し寄せる人並みに瞬く間に飲み込まれていく。

 あ、身軽なビーチャはその身体能力を生かして傍の建物の屋根に飛び乗って消えていく。うん。流石である。


「それじゃ、また生きていたら会おう。グッドラック」


 そう二人に健闘の言葉をかけて僕とユスティはその場を去るのだった。


 ――――


「まったく、三人とも災難ね。エルに見捨てられてさ」

「いやいや、三人にはエルスリードのみならず、バルクスひいては王国中で有名になってもらわなきゃいけないからね。

 そのための有名税さ。僕は侯爵ってだけで十分有名税は払ってるからね」


 そうあっけらかんと返す僕にクリスは苦笑いする。


 三人と別れ――置き去りにして――辺境侯爵邸に戻ってきた僕とユスティは、荷を解いてそのまま庭でのんびりとお茶をすする。

 いずれは僕とユスティの事も知られていくことになるだろうけれど三人に比べれば些細なものであろう。


「なるほど……これが召喚魔法の魔方陣の一端ですか……召喚魔法って本当に存在したんですね」


 同席していた我が最愛なる妹であるマリーが呟く。

 目の前には記憶が新しいうちに書き起こした魔方陣が描かれた紙が広がっている。


「うん。戦闘のどさくさに紛れてだったし、うろ覚えの部分もあるから絶対に正確っていう自信はないだけどね。

 それでもマリーやクリスと一緒に見れば何かわかることもあるだろうからさ」


 これについては、ユスティは全く興味を持つことなくお茶菓子を美味しそうに頬張っている。

 彼女にとってはミミズが這いまわっているような図くらいの認識しかないのだからしょうがないだろう。


「なるほどですお兄様。ですが……」

「なるほどね。だけど……」

「あー、やっぱり……」


「「「肝心なところが無いねぇ」」」


 そう三人の言葉が重なる。

 例えるならば、カレーを作ろうと思って牛肉やジャガイモといった食材はそろったのに肝心なカレールーが無い感じだ。

 ……うん、我ながら例えるのが実に下手である。


 カレールーが無いのだから調合すれば……ではあるけれどこちとら素人料理人だからそもそもの配合が分からない。といったところである。


「まぁ、召喚魔法については優先度はかなり低いから。また運よく見つけられたらかなぁ」

「そうですね。…………あれ?」


 僕の言葉に頷いたマリーがしばらく魔方陣を見つめていたところで疑問の声を上げる?


「どうかした? マリー」

「お兄様、クリスお姉様。ここの部分を見てもらえますか?」


 そう言ってマリーは魔方陣の右上の部分を指さす。

 僕とクリスは、一度顔を見合わせた後、マリーが指さした場所を見る。

 そこはうろ覚えの記憶の中でも数少ない正確に記憶していた部分だから他に比べるとより線が複雑に描き込まれている。


 僕とクリスはその部分をじっくりと――それぞれの理解しやすい形で――解読していく。

 それに伴ってお互いの目は驚きを含んで大きく見開いていく。

 

「これって……」

「まさか……」

「ですよね……」

「んで、なんだったの?」


 三人の驚きをユスティは傍観者として尋ねてくる。


「世紀の大発見かもしれない」

「世紀?」


 あ、この世界には『世紀』という考えがないから通じないか。


「あー、ごめんごめん。この百年の中でも一番の発見ってことで」

「その百年で一番の何が分かったの?」

「物質転移の魔方陣のヒント……ですね」

「物質転移?」


「簡単に言うとある物質をA地点から遠く離れたB地点に一瞬で送ることが出来る魔法ってところだよ」

「…………あれ? それって?」

「そう、ありとあらゆる物流の概念を大きく変える技術。歴史が大きく変わる技術だよ」


 そう返す僕の言葉にユスティは驚きのあまり開いた口が塞がらなくなる。


 もちろん、この魔方陣ですぐさまに物質転移が出来るというわけではない。

 召喚魔法にとってどうやらその物質転移はあくまでも補佐もしくは発動の切っ掛け程度の役割のようで、即実現できるわけではなさそうだ。


 それに見る限りだと、魔力の消費量も通常の魔法陣の中でも桁外れ。

 上級魔法を三回程度使用しなければ不可能な設定値だ。


「うーん、それだと便利そうだけど使いづらそうだね」

 

 僕からその話を聞いたユスティがそう言いながら残ったお茶を飲み干す。

 その言葉に僕たち三人は考え込むのだった。

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