第304話 ■「初任務6」

 自分が知らぬはるか遠くでそのような会話がされていることなど知る由もない僕は、目の前で起こる出来事に対して最大級の警戒と共に複数の魔法の詠唱を開始していた。


 まずは空に向かってファイアーボールを二発打ち上げる。それはチームの皆と示し合わせていた――『要警戒』を意味する合図。

 四人も持ち場の対応が完了次第こちらに参戦してくれるだろう。


 それまでは、僕で持ちこたえるしかないのでそれを目的とした魔法の発動準備を進めていく。

 魔物の周りに僕の十八番でもある束縛系魔法。しかも殺傷能力も併せ持つライトニングバインドアルファを十個ほど詠唱を完了させる。


 さらに上空にウォーターアローとストーンブラストをそれぞれ十個ほど待機状態での詠唱を完了させる。

 少なからぬ魔力が無くなっていくのを実感するが、まだまだ余力は十分にある。


 本当に自分の事ながら魔力量の多さに感謝である。


「発動中のところ悪いけど、待ってられないんで……ねっ!」


 アニメであれば相手が姿を完全に現すまで待つのであろうが、こっちはご丁寧に待つ理由もない。

 完全に正体を現す前にすべてを発動させる。


 ライトニングバインドアルファから発動した四十数本にもなる帯電した魔法の鎖が再構成中の魔物に絡みつく。

 さらにそこにウォーターアローが突き刺さり、その水を伝導体としてライトニングバインドの威力をさらに増幅させる。


 止めとばかりに物理攻撃であるストーンブラストが魔物の体に容赦なく突き刺さる。


「……」


 僕は『やったか!』という負けフラグを呟くのを何とか我慢しながら次の魔法の詠唱準備を魔物から目線を切ることなく始める。

 今の攻撃を全て受けたのだ。通常であれば下級魔物どころか将級魔物でも倒し切るのは無理でも少なからぬダメージを与えたはずである。


 僕の予想では、召喚魔法がどれだけ万能なのかは分からないが、贄とした魔物の数倍の魔力を持つ魔物を召喚することは出来ないだろう。


 悪くて二~三倍と考えたとして元の贄の魔力量を考えた場合、自惚れではないが十分に対応可能だ。

 伊達に変な異名を付けられながらも将級クラスのアストロフォンやボルディアスを倒してきたわけではない。


 であれば今後の事を考えると三人に将級と呼ばれる魔物の実力の片鱗でも感じてほしいという欲が湧いてきた。

 僕の見立てでは、三人がいれば将級でも十分に対応可能だろう。


 万が一に備えて僕は、三人の防御に注視すればいい。

 であればここからは彼らが来るまでの防御戦術に徹しながら相手の手の内を確認すればいい。


 方針を決めたことで積極的な攻撃を止め、相手を見るための行動を始める。

 まずは、認識阻害の魔法を発動させ、最初の攻撃から居場所を特定されている可能性を考えて左に二百メートルほど移動する。


 その移動の間に魔物は再構成を終わらせる。いや、正確には多分終わった。である。

 再構成した魔物は元の贄となった魔物より三倍ほど大きい。

 全高は五メートルはありそうな巨大な猪を思わせる。だがその猪の顔の額部分には苦悶したような人面のこぶがある。

 その瘤からは微かにうめき声のような音が発せられている。


 その圧倒的な体躯とその不気味さは一度見たら忘れることは出来ない。

 だからこそ僕の知識の中には存在しない魔物であることを理解させる。新種の将級魔物だ。だけど……


「召喚に失敗……したのか?」


 その圧倒的な体躯はよく見ると表面から少しずつ肉が腐敗しこそげ落ちるように崩壊している。

 僕が放った魔法による影響という事も否定できないが、今も継続していることを考えると可能性は低そうである。


 例の大人気アニメ映画の言葉を借りるならば『腐ってやがる。早すぎたんだ』状態だ。

 このまま放っておいてもいずれは自壊するだろうが、その巨体と進行速度から自壊までにかなりの被害が出る可能性がある。


 ある程度距離があるとはいえ、周辺には『ポルタ』を含めて有人村――町村の統廃合で無人になった村もある――が複数ある。

 そこへの被害を出すことは避ける必要がある。


「さてと……別の場所に移動しようとしたらエアシールドとチェーンバインドで妨害するとして。どれくらい凌げば……」


 そう思慮している僕の前方で魔物は行動を始める。


「ブモォォォォォォォォォォォォォォォ」


 けたたましい雄叫びと共に認識阻害をしているにもかかわらず正確に僕をロックオンする。

 贄とは逆に魔力感知型のようだ。


 その額にある人面の口が、うめき声のような音を発しながら普通では不可能なほどに大きく開かれる。

 その口の中にきらりと光る物が見えた時、僕の背中に得も言われぬ悪寒が走る。

 その感覚に僕は無意識に自分の前面にエアシールドを多重展開する詠唱を始める。


 その詠唱完了と口から直径十センチほどのレーザーのような光熱弾が発射されるのはほぼ同時であった――


 ――


『ガリッ! ガリッ! ガリッ!』


 エアシールドの表面と光熱弾が接触するたびに目も眩むほどの閃光と耳障りな音が発生する。

 エアシールド一枚あたり一秒も持てば御の字という感じで、何十枚と多重展開したエアシールドは次々と突破されていく。


 そもそもが空気を超圧縮したに過ぎないエアシールドで光熱を防ぐというのが土台無理な話なのだ。

 最悪この初撃を避けることが出来たとしても二撃・三撃が可能だった場合、いずれジリ貧になる。

 この初撃が防げたことが奇跡に近いのだから、突破口を見つけだす必要がある。


「っ! ならばっ!」


 攻撃を防ぐことができる手札が現状でエアシールド位しか思いつかない以上、それを最大限に生かすしかない。


 僕はさらに間合いを開けるために後ろに下がりながらさらなるエアシールドを複数詠唱をする。

 その分魔力を削られていくだろうが今は出し惜しみをする時ではない。


 僕はエアシールドを次々と展開していく。ただしそれは少しずつ表面部を上方向に向けて角度を付けながら……

 敵からの攻撃が光熱である以上、この世界でも光の屈折は起こる。


 エアシールドは空気とはいえ高密度。光は低密度から高密度に入る時、境界面から遠ざかるように曲がり。高密度から低密度に入る時には境界面に近づくように曲がる。

 つまり境界面を少しずつ上向きにしていけば理論上は上方向へと曲がっていくことになる。

 後は、僕に届くまでに屈折が完了することに賭けるしかない。


 ――果たして光熱は僕の十センチほど目の前を空に向かって消えていく。

 何本かの遊び毛が焦げたような臭いが漂うが命あっての物種だ。魔物の光熱帯が弾丸形式で助かった。


 だが突破口は見つかった。であればあの瘤を注意すればいい。


 ――――この時の僕は、この世界にきて初めてに近い死の恐怖を感じるという状況に必死過ぎて気付いていなかった。

 今までであればこれだけのエアシールドの多重詠唱に僅かながらも感じていた倦怠感を感じていなかったことに。

 この短時間の戦闘の中で、頭打ち感を感じていた自分自身の魔力が急速に増大しているという事実に


――――

五つ目の壁……それは死地の中に最後まで諦めずに活路を見出そうとする悪あがき。

生への執着の先にエルスティア・バルクス・シュタリアの魔力量は歴代の被験者の五指に入るレベルに到達したのだった。

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