第303話 ●「探求」

「うん? ムホォ~! 試験ナンバー二十五万八千十八号が起動しちゃってるじゃ~な~いかね」


 そこはバルクスから遥か彼方。人間が一度として足を踏み入れたことすらない場所。

 二百畳はありそうな巨大な部屋には数多くの機械や物が散乱し床が見えている場所は限りなく狭い。


 この時代にこれほどの機械が存在することが異質と言えるだろう。そもそも現代日本の技術力からも逸脱したような機械すら散見する。

 これらの機械は、先ほど奇声を発した男によって全て作り出されていた。


 だがその多くは今は稼働していない。彼の興味が尽きた時、その機械は役目を終わるのだ。


「『探求』様、試験ナンバー二十五万八千十八号ってなんれすかぁ~」


 そんな彼に舌足らずに問いかけるものがいる。

 その姿は一メートルほどの大きさで、精巧に作り上げられた西洋人形を思わせる幼き美少女と誰もが思うだろう。

 だが口にびっしりと並んだ凶悪な牙や赤く光る眼が人ならざるものであることを表している。


「ふむ、よぉ~く聞いてくれた。助手二千五十三号!」


 そんな助手二千五十三号と呼ばれた少女に『探求』と呼ばれた男は、独特の間延びした口調で自慢げに胸を張る。

 こちらは風貌は、冴えない科学者を思わせる。身長は百八十はありそうだが、その白衣のような上着から覗く腕は棒切れのように細い。


 だが、その風貌とは裏腹に彼もまた魔人と呼ばれる存在の一人である。

 現状、人類種を積極的に滅ぼそうと動いているのが『蟲毒』や『雷腕』を筆頭に七人。消極的または興味が無いものが十人ほど存在している。

 『探求』と呼ばれた彼は、興味が無いものの一人である。

 いや、彼だけは興味のベクトルが他とは一線を期しているといえるだろう。


 彼の興味は、自身の探求心を満たすこと。ただそれのみである。


「助手二千五十三号! 通常の召喚魔法には、け~ってんがあ~る。な~にかわかるかねぇ~」

「欠点れすか? 確か媒介とした物がもつ魔力以上のものを召喚できな……」

「そ~のと~おぉり~」


 助手が最後まで言い切る前に『探求』は大きく頷く。


「つ~まらないとは思わ~ないか~ね。節~理などというつ~まらない殻に閉じこも~るのは。

 強力なも~のを召喚するのに相~当の対価を必要とするな~んてナ~ンセンスだと思わないか~ね。

 ゆ~えに考えた~のだ~よ。………………」


 その後も『探求』による長々とした解説が続く。それを助手は動くこともなく聞く。

 聞いているふりをしているのかさえ人形のような顔からはうかがい知ることは出来ない。


 つまりはこうである。

 今では魔人のみが使用出る魔法である召喚魔法は、その内容に対して非常に厳しい制約が存在する。

 詠唱者が知認しているあらゆるものを召喚できるがそれには対価が必要となる。

 それは構造の複雑さや魔力量などあらゆる要素により必要となる対価はどんどん多くなる。


 強力な魔物を召喚するために同等の対価――魔物――が必要というのはあまりに使い勝手が悪い。

 そこで『探求』は低級魔物に魔力を限界以上まで溜め込んだ後に贄にすることによる召喚魔法の発動実験を行おうと考えた。

 それが試験ナンバー二十五万八千十一号から試験ナンバー二十五万八千三十号の二十個のサンプルである。


 その内四分の三にあたる十五個のサンプルを人間種の領地にランダムに配置していたのである。


「魔~力と一言で言って~もそ~れは、色々なも~のから発生す~る。

 そ~の中の一~つ可能性が人~間の、妬み・殺意~といった負の感~情。そ~の試験でもあ~るのだよ~」


 魔力はどこから生まれるのか? それは未だに謎が多い。

 生物の生命力の残りかす。大地の奥深くから湧き上がっている。などなど数多の候補が存在する。

 その中でも人間種の負の感情というものは、近年――といっても魔人の感覚なので三百年ほどであるが――脚光を浴びてきた候補の一つである。


「貴~重なサンプルだとい~うのにたった五十年で起~動するとは、し~かも充填~率は想~定の三割。誰~が設置したのかね?」

「助手二千二百三十六号でしゅねぇ」

「ふ~む、こ~れは【お仕置き】が必要だ~ね」


 魔人による【お仕置き】ともなれば苛烈を極める可能性があるが、その言葉を聞いた助手には特に焦りなどは無い。

 もちろん、自分が対象ではないという事もあるが、そもそもそのお仕置きが行われるのが何時になるのかさえ不明だからだ。


 『探求』の誕生が確認されたのが記録として残っているだけで八千年を超える。

 これまでの中で助手に対する【お仕置き】というタスクは、実に二十五万件を超える。

 だが、『探求』の最優先事項は自身の探求心を満たすこと。ゆえに優先度として後回しになり今に至る。


「でしゅが『探求』様。充填率が未到の場合、どのような結果になるのかの貴重なサンプルになるでしゅ」


 自身ではないが後続ナンバーは弟妹と同様と助手は助け舟を出す。その言葉に『探求』は一考を始める。


「な~るほど、た~しかに試験ナンバー二十五万八千十八号は他のサンプルと異な~り充填速度が遅々として進まなかった~から場合によっては廃棄対象だったこ~とを考えると良~きサンプルだ。

 今~回は【お仕置き】は無~しにしよう」

「かしこまりましゅた」


 一転、機嫌を直した『探求』に心の中でホッとしながら助手は頭を下げる。


「し~かし助手二千五十三号。奇妙と~は思わないか~ね?」

「奇妙でしゅか?」

「他の十四のサ~ンプルは充填率は~平均五割を超えてい~るというのに試験ナンバー二十五万八千十八号の~みたった三割。

 し~かもこ~こ十年は、目に見えて遅~くなっている」

「えーっと、試験ナンバー二十五万八千十八号が設置されたのは、人間種の呼称でバルクスという場所みたいでしゅね」

「た~しかそこは『蟲毒』の坊~主が集中して魔物を攻撃させてい~たはず。人~間の負の感情があ~ふれ出るは~ずである」


 同じ魔人である『蟲毒』を坊主扱いするのは、『探求』が始祖の魔人の一柱であるからである。

 ただ、その奇天烈な行動や性格から尊敬しているものは数えるほどしかいないが……


「『蟲毒』様から頂いた情報では、八年くらいまえに当主が変わっているみたいでしゅね」

「ほう、名~前は何か~ね」

「エルスティア・バルクス・シュタリアというらしいでしゅ」

「ふ~む、エ……なにがし……まぁ気にす~ることもないであ~ろう。

 充填率の件は助手二千八十六号に調べ~させるとし~よう」


 そういって『探求』は瞬く間にエルスティアから興味をなくす。彼にとってはまずは研究が第一なのだから。

 

「そ~れでは助手二千五十三号。サンプルのデータを~全て収集す~るのである」

「了解でありましゅ」


 そういって、助手二千五十三号も目の前の機械の操作を開始する。

 そうして、彼らの中からエルの情報は遥か彼方のものとなる。彼らが再びエルの名前を認知するのはしばらく先のことになるのであった。

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