第302話 ■「初任務5」

「あれ…なんだろうけど……何やってんだろう?」


 ユスティやライン達が戦闘している場所から魔物の巣の中心部に五百メートルほど進んだ場所、特殊な魔力を放出する物を視認できるところまで来た僕は、森の木の陰に姿を隠しながら前方に見える物に少し戸惑っていた。


 見た目はオークに近いが通常サイズより二回りほど大きく全高は二メートル強と人間から見ればその体躯の大きさに少なからぬ圧迫感を感じる。

 通常の豚のような顔は、どちらかと言えばマレーバクのような顔に近い。

 肌色はオークと同じくいわゆる人肌に近いのだが、黒く淀んだ視認できる霧のような物を身にまとっているようで全体的に浅黒く見える。

 その魔物は、周囲を気にすることもなく顔を空に向けたままその場から微動だにしない。それだけでも特異である。


 頭の中を検索するが同様の魔物の情報は見つけられない。

 大概の魔物は、防衛の観点からもインプットしているから新種とみて間違いないだろう。


(…………ごめん、ファンナさん、聞こえる?)


 僕は念のためいつでもクリス達と連絡がとれるように精神感応の接続先を変えておいたファンナさんに脳内からメッセージを送る。

(……エル様。はい、聞こえます)

(今大丈夫かな?)

(はい、問題ありません)


(ポルタの町から東に半日から来た地点で新種と思わしき魔物を発見した)

(!?)

(クリスかアリスに特徴を伝えてほしいんだけど)

(かしこまりました。すぐにお二方のところに向かいます)

(よろしく)


 それから二・三分ほど沈黙が続く。その間も視線は魔物に向けたままである。


(……………………お待たせしました)

(それじゃ、特徴を説明するよ。まずは……)


 こうして僕は魔物の特徴をつぶさに伝えていく。


(どうかな?)

(お二方とも聞いたことのない魔物のようです。念のためアスタート第三騎士団長にも確認してみましょうか?)


 主都にいるのが第三騎士団という事だろう。だがボーデ領に派兵している現在、訓練の任務についている騎士団が存在しないから主都にいるイコール休暇中ということだ。

 要請すれば休暇中であっても参上してくれるだろうが、ただでさえ御大を失って体制の再構築で忙しいだろうアスタートの手を煩わせる必要もないだろう。


(いや、そこまではいらないや。とりあえず出来るだけ情報をとってみるから後で共有するって伝えてもらえるかな)

(かしこまりました。ご武運を)

(ありがとうファンナさん。それじゃ)


 そう頭の中であいさつして精神感応を終了する。


「……さてと、鬼が出るか蛇が出るか。できればかわいい子蛇くらいであってほしいもんだ」


 そう僕は呟く。

 だけど、こういった時に僕はことごとく鬼を引くという事を改めて思い知ることになるのである。


 ――――


「さてと、まず常套手段としては魔力への反応を見せるか。だけど」


 魔物には大別して二種類が存在する。魔力に反応するかしないか。だ。

 下級魔物で言えば、ダイヤウルフは反応し、ゴブリンやオークは反応しない。

 長距離戦を得意とする魔術師にとっては、後者の方が倒すのが容易であることは自明の理であろう。


 それを調査するために開発された魔法を発動させる。

 消費魔力は微量だが魔力反応する魔物にとっては注意を引き付けるように工夫されているのである。


「反応は……無しと。それどころかさっきから微動だにしないもんな」


 これまで遭遇した魔物との違和感にうすら気持ち悪さを感じるが、だからと言って放置するわけにもいかない。


「穿て……ストーンブラスト!」


 その気持ち悪さを早く終わらせるため、僕は低級魔法の中でも上位クラスとなるストーンブラストを詠唱する。

 ストーンアローを改良したオリジナル魔法で、より硬度を上げるために石質を通常の花崗岩質(実際は調査できないけど)ではなく石英質に変更。

 射出する際もエアウィンドの二重詠唱により速度アップ・貫通性アップを行っている。

 改良に凝り過ぎて使用者が限定されるのが玉に瑕だが僕は最近好んで使う魔法の一つである。


 この魔法は、魔物の力量を図るのに大変分かりやすい基準になる。

 この魔法で倒せるのであれば、バルクス騎士団であれば一個分隊(十名)で対応可能。倒せなければ最低二個分隊以上を検討。といった感じだ。


 詠唱により高速で飛んでいく高硬度の石は、魔物の頭を…………難なく貫く。


「えっ! よわっ!」


 つい僕は呟いてしまう。いや、もちろん魔物を倒すつもりで放ったとはいえ、魔力に反応しないタイプの魔物は基本的に周りの環境の変化に非常に敏感なのだ。

 ストーンブラストは高速ゆえに空気振動により騒音がでる。反撃に備えて十分な距離から放ったから五秒程度の間が発生する。


 魔物であれば反応して避けることも出来る。出来なくても何らかのアクションを示すはずだった。

 だが、魔物は頭が貫かれるまで最後まで微動だにしなかった。


「実は、元々死んでいた……とかか?」


 僕は、このあまりにもあっけない出来事に理由を求めるようにつぶやく。

 魔物にしても魔力にしても、未だに不明点は多い。死んだ魔物を媒介に魔力が集まってくることも聞いたことは無いが、かといって無いとも言い切れない。


「ま、後は報告して騎士団の情報部におまか……」


 対魔物のための研究を行う情報部に後は任せようと、四人の元へ戻ろうと立ち上がりかけた僕の目の前で状況は一変する。

 頭を失った魔物の死骸は、その巨体をゆっくりと大地に伏す。だがそれとともに死骸の下に青黒い魔法陣が起動する。


 一度も見たことのない形状。だがこれまでの試行錯誤により蓄積された経験と知識。そして前世の記憶からが何かをなんとなく。だが不思議とそれは間違っていないと理解する。


「うそだろ……召喚魔法!」


 それはかつては存在したといわれる魔法。いまでは失われた技術。 いや、あくまでも人間種にとって失われたというのが正しいだろう。

 どこからともなく発生する魔物の巣もいわば召喚魔法といえるのかもしれないからだ。


 その魔法陣の上に倒れた魔物の亡骸は徐々にその姿を炭の様にボロボロと崩していく。まるで湿気た砂糖菓子が崩れていくかのように。

 魔物の亡骸が崩れ切った後、再構成が始まる。だがその体積は徐々に元々大きかった魔物の体積をさらに超えていく。

 まさに質量保存の法則完全無視状態だ。


 僕は理解する。微動だにしなかった魔物はこの魔法を起動するための贄だったのだと。

 そして僕の目の前に一匹の魔物が正体を現すのであった。

 

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