第297話 ■「初任務1」

「暇だ……」

「暇ですね……」

「眠たい……」


 三者三葉の言葉を聞きながら僕は、書き物をしていた紙から視線を上げる。

 その視線の先に広がるのは広大な平原。そして穏やかな青空だ。


「うんうん、平和だねぇ」


 僕はそう言いながらユスティが淹れてくれたお茶を一口飲む。


「いや平和なのは……たしかに良いことですが、これでは何のために依頼を受けたのか分かりませんぞ」


 そう男――ライン・アンカスターは不平を言う。


「何もなくても報酬は貰えるとはいえ……このままでは報酬泥棒ですからね」


 ラインの言葉に賛成とばかりに優男――アルフレッド・ロックス・ビルマーも言う。


「寝てもいい?」


 その二人とは全く噛み合うことなく少女――ビーチャ・ハーマードは近くの長椅子に横になると目をつむる。

 うん、彼女のマイペースっぷりは筋金入りである。


「ま、初めての依頼だからはやる気持ちはあるんだろうけれど気長に待とうよ」


 そんな三人にユズカ・トウドーことユスティ・バルクス・シュタリアは、自分もあくびを噛み殺しながら言う。


 ここはバルクス領の主都エルスリードから南東に三十キロほど来た場所にある『ポルタ』という町。

 人口は、一万人ほどの中規模の町でバルクスでも少ない銀鉱山で生計を立てるいわゆる鉱山の町だ。


 そんな町に僕たちが来ているのは別に観光というわけではない。

 冒険者となった僕達五人が最初に受けた依頼が『ポルタの警護』なのである。


 期間は最短で一か月。最長で三か月という依頼で日数による報酬で魔物または野党からの襲撃に対しての警戒をしているのだ。

 僕たち以外にも五組の冒険者が依頼を受けていて、三組ずつ昼夜二交代で僕たちは昼側の警戒を任されている。


 意気揚々とやってきて一週間。その間は街中で四件ほど喧嘩の仲裁をしただけでそれ以外はいたって平和であった。

 冒険者になって特に張り切っていたランスにとっては、毎日のように魔物の襲撃がありそれを撃退するといったことを期待していたのだろう。


 まったくどれだけバルクス領を修羅の国と思っているのやら。

 他領出身の人にとっては、バルクス騎士は毎日のように魔物と生死をかけて戦っていると勘違いしているが実際のところはこれが普通なのだ。


 これもルード要塞で魔物の北上を防いでいるおかげだし、ルード要塞だって三か月から半年のスパンで魔物の侵攻がある位。

 しかも魔陵の大森林に少しずつ南方に警戒網を構築しているおかげでその襲撃による被害もかなり少なくなっている。

 御大を失った前回の襲撃が今では異常なことだっただけだ。


 なのでこの平和な一時を使って僕は、レスガイアさんから教えてもらった魔法の改良点を元に自作の魔方陣のブラッシュアップに精を出していた。


 最初は、興味ありげだったラインやアルフレッド――ビーチャは最初から興味を示さなかった――も僕がやっていることが全く理解できないようですぐさま興味を失い、日がな一日、警戒の傍らで稽古の毎日であった。

 それもいい加減、飽きてきたらしい。まぁ、稽古は彼らにとっては体にしみ込んだ習慣だから気晴らしとはならないらしい。


 うーん、部下のモチベーションの低下は上司の責任か。そんなことを考え始めた翌日……。


「町の東に魔物の巣がある……と?」

「ええ、とは言ってもそれほど大規模というわけではありません。見た者の話では魔物が十匹ほどいたと」


 週に一度のポルタの代表者との報告会に参加した僕たちに町長がちょっとした世間話かのように出した話である。


 魔物の生態は未だに不明点が多い。まずはどのように産まれるのかが分からないのだ。

 そもそも『産まれる』という表現も正しいのかさえ分からない。


 ゴブリンやオークといった人間種に近い魔物の中には、人間の女性を攫って子供の苗床にするという話もあるのだが、実際には根拠はない。

 むしろ魔物との接触が多いバルクスでは女子供の肉が柔らかいので魔物が好んで食べる。という方が経験則からの答えだ。


 バルクス以北の魔物との接触が少ない地方で魔物が襲撃された後に、女子供が姿を消すことが多いことから出てきた噂レベルである。


 むしろバルクス以外では、賊が魔物を装って人さらいしているだけという方が圧倒的に多いようだ。


 それ以外の魔物についても、幼児態の目撃例も少なく。本当にどのように増えているかが分からないのだ。

 とはいえ無尽蔵に増えるわけではない。もしそうなら今頃この大陸は魔物だらけになってしまう。

 ルード要塞で数千の魔物を狩ればその後、その損失分を補うためか数か月は襲撃は鳴りを潜めるから、増加に時間経過が必要なことは間違ってはいないだろう。


 彼らも魔物である前に生物であるから生命維持のために食料が必要となる。その食料のキャパシティ以上に増えないように制限されているのでは? というのがリスティの見立てである。

 なるほど、魔物の食物連鎖の鎖からは抜けられないようだ。


 ということでどのように生まれるかもわからない魔物であるから魔物の巣が何故発生するのかも分からない。

 特にバルクスでは魔物の巣は、確認できるだけで一年に五・六件発生している。


 そして領内の魔物の巣は見つけ次第、騎士団によって壊滅させている。放っておくとその規模と脅威度が拡大していくからだ。


「エルスリードにはもう報告済みですか?」

「ええ、見つけたその日に丁度中央へ向かう行商人がおりましたので言伝をお願いしてます」

「それは何時の事ですか?」

「二日ほど前です」


 このポルタとエルスリードの距離を考えると往復二日といったところだ。魔物の巣については騎士団は迅速に行動するから早ければ今日明日にでも何らかのアクションがあるだろう。

 そして二日前に見た時に十匹程度だったというのが正確な情報であれば、騎士団にとっては造作もない規模。


 町への被害も発生しないだろう。それを知っているから町長も世間話程度にしか不安視していない。

 そう、翌日やってきた使者の言葉を聞くまでは……


 ――――


 翌日、ポルタの町を訪れたのは屈強な騎士団ではなく、二人の護衛をつれた役人であった。


「……なんと、騎士団は来ていただけないのですか?」

「いえ、そうではありません。ポルタからの騎士団要請の前に別のところで魔物の巣が見つかったとの報告があり、そちらに出立したばかりで即応できないという事です」


 その役人から騎士団がすぐには来ないと聞いた町長は昨日とは一転して顔を青ざめる。

 魔物の巣を放置すればするだけ町への被害も発生する可能性が高まるからだ。


「魔物の巣が同時に見つかるなんて珍しいね」

「そうだね。普通は一個一個の魔物の巣の発見には間があくし、ここ数年は発生も減少傾向にあったけど運が悪かったってとこかな。まぁそれよりは……」


 その役人と町長が話をする場に何故か呼び出された僕とユスティは小声で話し合う。

 バルクスにおける魔物の巣の発見が年五・六件になっているのはこれでもかなり減少傾向になっているのだ。


 一つには騎士団の武装強化により魔物の巣を迅速かつこちらの被害なしで対応できるようになった事が理由だろう。

 その分、早いペースで魔物の巣が拡大する前につぶすことが出来るので魔物の相対的な発生が減っているのだ。


「そ、それでは騎士団の方が来るまで我々は怯えておくしかない……」


 町長が呟く言葉にその役人は首を振る。


「いいえ、騎士団は確かに来れませんが、ここにはちゃんとした戦力があるではありませんか」


 そう言いながらその役人は、僕たちに視線を向けるのであった。

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