第298話 ■「初任務2」

「申し遅れましたが、私は冒険者ギルドの職員でパトリチェフと申します」


 そう役人は、町長と僕たちに頭を下げる。


「此度は、騎士団。ひいてはバルクス辺境侯代理クイ・バルクス・シュタリア様から直々に冒険者ギルドに対してポルタの魔物の巣壊滅の特別依頼を受領しております」

「おぉ、当主代理様がこの町のことを直接……」


 役人の言葉に感動したように町長は呟く。

 町長にとっては数多あるうちのひとつでしかないポルタを代理とはいえ現在のトップが直々に助けるために動いてくれたことに感動したのだろう。


 中規模の町長ってのは爵位も基本的には持ってはいない。

 貴族。しかもかつては伯爵、今や侯爵位となった領主なんて彼らにとっては雲の上の存在に等しいだろう。


「そして今回の特別依頼については、ユーイチ・トウドーさんのチームが、対応していただくのが最良であろうとギルド長が判断したため、私がここに参ったわけであります」

「おぉ、彼らのチームはそれほどまでに強いのですか?」


 いままで町中の諍いの仲裁程度で実際の僕たちの戦闘を見たことが無いのだから、強いか弱いのかを判断することが出来なかった町長はその役人に確認する。


「ええ、恐らく近い将来に冒険者ギルド内のトップチームとなるほどに」


 役人の言葉にようやく町長は不安そうな表情を緩める。おだてられる僕たちはむずがゆさで一杯である。

 現実的には出来立てほやほやの冒険者ギルドだ。みんながランク一なわけで一個でも上がればトップチームってことになる。

 まぁ、嘘は言っていないよね。解釈の違いだよね。


「ですので後は冒険者ギルドに全てお任せを。以降は依頼についての報酬交渉となります。

 守秘義務のお話となりますので町長には席を外していただければ……」

 

 そう役人は穏やかな笑顔を町長に向けるのであった。


 ――――

 

「さてと、話を聞こうか? パトリチェフ・オイゲン」


 ホッとした表情を浮かべながら町長が席を外し僕とユスティ、役人の三人になったところで僕は口を開く。

 それに役人――パトリチェフ・オイゲンは頭を垂れる。


 パトリチェフ・オイゲン。


 一見どこにでもいるような小役人のような風貌をしているがこれでも冒険者ギルドの副ギルドマスター。

 つまりは新設間もないとはいえ冒険者ギルドのトップツーである。


 冒険者ギルドの人員を決めるにあたりアリスとギルドマスターとなるヴァンダムが強く薦めてきた人物で、一言でいえば切れ者である。

 勿論、僕とユスティの事は理解している。


「我々にとって脅威となりかねない魔物の巣が発生したところに偶々エルスティア様のチームがいた。

 別に神というものを信仰してはおりませんが、この偶然に感謝の祈りを捧げたものです」


 パトリチェフはそう言うと仰々しく神へと祈りを捧げるポーズをする。

 とはいえ実際に神を信仰していないのだろう。そのポーズもぶっきらぼうである。


「パトリチェフ。僕の想像だけど他の場所で同時期に魔物の巣が発生したってのは嘘だよね?」

「えっ?」

「はい、嘘です」

「嘘なのっ!」


 僕の言葉にパトリチェフはあっさりと嘘であることを認める。それにユスティはただただ驚いた声を上げる。


「偶然にしてもタイミングが良すぎるんだよ。しかも騎士団で対応できる隊が居なくなってる?

 いやいや、ポルタはたかだか往復二日の近場なのだから赤牙なり青壁なりで十分対応できるだろ。騎士団はそこまでひっ迫はしていない」


「さすが、エルスティア様。ご慧眼です」

「褒めても何も出ないよ。それとここではユーイチ・トウドーという一介の平民だよ」

「おっとそうでしたな。これは失礼」


 そうパトリチェフは大げさに頭を下げる。まったくもって食わせ物だ。

 まぁ、僕自身はこういったあくが強い人間も別に嫌いではない。今までがあくが薄い人材があふれていただけとも言えるけれどね。

 パトリチェフもそれを弁えたうえでやっているのだろう。彼も辺境侯としての僕と対峙する際には礼節を持って対応する。


「でもどうしてそんな嘘なんかついたの?」


 まだ状況が呑み込めていないユスティがパトリチェフに質問する。

 その言葉にパトリチェフは顔を引き締める。こういったオンオフが出来るからこそ新設間もないギルドに求められた人材である。


「ユスティ様もご存じのように冒険者ギルドはまだまだ立ち上げたばかり。

 正直なところ領民たちもその実用性については未だ懐疑的に見ている状況です。

 現在は冒険者に支払われる報酬の分担は二対八で侯爵家が大部分を負担しているため不満は出てはきませんがいずれ分担比率を変えた時、無駄金と考える者も残念ながら少なからずおりましょう」

「あー、襲撃が無いと護衛任務についている冒険者たちは日がな一日遊んでいるようにしか見えないかぁ」


 ここ一週間の自分たちの在り様を思い出したようにユスティは頷く。


「一年に一日とはいえ今までは無償で騎士団が護衛してくれていたわけだからね」


 まぁ実際には騎士団維持のために税金が使われているわけだから無償ではないんだけどね。


「それに対し冒険者に護衛を頼んだ場合は、何もなくても報酬を払わなければいけないわけですからね。

 もっともその冒険者がその町で落とす金の事まで考えれば町にとっては悪くはない話なのですがね」


 単独で部隊行動が出来るように組織化された騎士団は、食事や寝床についても自分たちで確保するため、実際には町に対してお金を落とすことはない。

 領民との諍いのリスクを考えて町中に実際はいるのは数名程度に限定されてすらいるのだ。


 一方で冒険者は、旅行者と似ている。報酬を元に武器の購入や修理。飲食や宿泊のためにその町に直接金が落ちる。


 実際、僕達五人はポルタの宿屋に一か月分の宿泊料と朝・夕の二食分の食事費を前払いで払っている。

 これだけで貰える予定の報酬の六割に相当する。もっと安い宿で節約することも出来るけど女性二人がいるからセキュリティ重視で少しだけ値が張る宿にしている。

 これ以外にも生活必需品などや昼食代で最終的には八割ほどを消費する予定だ。

 人によっては江戸っ子みたく宵越しの金は持たねぇともっと散財するものもいるだろう。


 まわりまわって税金として町に還元されるのだからウィンウィンの関係である。


「このまま護衛任務ばかりをこなしておりますとその必要性に疑問符が出る可能性がある。

 領民が思っている以上に魔物の襲撃というものは稀ですからね。冒険者ギルドとしては出来るだけ早くそれ以外の『成果』が欲しいわけです」

「そこに今回の話が飛び込んできた……と」


 僕の言葉にパトリチェフは頷く。


「私たちとしては言い方は悪いですが領民の発想を『騎士団依存』から『冒険者ギルド依存』に変えていきたいのです。

 騎士団は場合によっては来るまでに時間がかかるけど冒険者であれば必要な人材を迅速に派遣できる。と」


 それは別に騎士団軽視というわけではない。今までが小枝を切るのに斧やチェーンソーを使っていたのに等しいのだ。

 枝切ばさみの役目を冒険者がやる。それだけの話だ。


「まぁ、それは僕としても考え方は一致しているからね。ま、話は分かったよ。

 今回の話は確かに一つの切っ掛けとしては十分魅力的だ。それに……」

「ライン君たちも暇そうにしていたから、いい気晴らしになりそうだもんね」


 そう笑いながら返してくるユスティの言葉に僕は苦笑いするのだった。

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