第280話 ■「土木魔法を作ろう!2」

 ということでまず最初に道路敷設用の魔法の方針検討をマリーと開始した。

 といっても最初から根を詰めてもしょうがないので二人でお茶を飲みながらという雑談スタイルである。


 道路敷設は、バルクス領のインフラ向上の観点から非常に重要である。


 エルスリードの都市内は、コンクリートと天然アスファルトの目途が立ったことで主要道路は舗装が完了している。

 また天然アスファルトだけだと保守や生産量の面から問題点も多いので、人工アスファルトの研究・製造もメイリアを中心に進めている。


 その舗装のおかげでエルスリード内の移動速度は格段に向上した。

 僕にとっては、馬車で移動中の細かな段差によるお尻へのダメージが軽減されたことが最大の成果である。


 ただエルスリードを出ると状況は一変する。都市間を結ぶ道路の八割以上が未舗装なのだ。

 というよりそこを馬車や人が行き来した結果、自然と道のようになっている。といった方が正確だろう。


 そんな状況なので道の状況は劣悪で、ちょっとした雨でぬかるみ、長雨が続けば場合によっては町で足止めを食うという有様だ。


 もちろん、僕の先祖代々の当主が何もしなかったというわけではない。


 彼らなりに出来る範囲で道路舗装を実施してはいる。

 それでも人力、しかも魔物の襲撃に備えつつの工事は困難を極めた。

 バルクス領内の主要都市の間の道を押し固める程度の道を作るので限界だった。


 そして僕が大々的に道路舗装をするとしても、人力メインであれば結局、僕の先祖たちと変わらない。

 作業効率を上げるために、魔法が重要となるのである。


「ですが、お兄様。インフラを整えることは確かに重要ですが逆に脅威を高めることにもなりませんか?」


「確かに都市間の往来をスムーズにするという事は、逆に外敵の侵攻を助けることにはなるね。

 けど、僕たちが警戒しなければいけないのは人より魔物だからね。

 魔物にとっては草原だろうと道路だろうと大して変わらないから、気にしなくていいんじゃないかな?」

「逆に魔物にとっては人工物の方が警戒するかもしれませんね」

「なるほど、それは確かにあるかもしれないね」


 そう言って僕とマリーは同じタイミングでお茶を一口ふくむ。


「それでお兄様。魔術式の方針はどうしましょうか?」

「うーん、そうだなぁ。一つ考えたのはエアハンマーを使って大地を固めるって方法だけど」

「ですが、それですと単純に人力が魔力に変わったというだけですよね」

「だよねぇ。今まで誰も試してないとかありえないか」

「そうですね。しかもエアハンマーは有効範囲がごく一部ですから向いていないのかもしれません」


 エアハンマーは、空気を魔力で圧縮・固定化して対象にぶつけて粉砕する低級攻撃魔法の一つだ。

 その効果と視認のしにくさから愛用する魔術師は多い。


 けれど攻撃魔法ゆえに殺傷力を高めるために威力を集中させるために打撃範囲は非常に狭い。

 例えるならば先切り金鎚の先切りした方で殴りかかるのと同じだ。


「うーん、エアハンマーの有効範囲を広くするってのはどうかな?」

「それだと圧縮する空気量が増えるから魔力消費が多くなるかもしれません」

「あー、たしかに」


「それに今回考えるのは土木用ですから、安全性も考える必要がありますね」

「そっか、透明なハンマーが振り下ろされるのと同じになるのか」


 攻撃魔法で有利であった視認のしにくさが、安全第一の土木作業では逆に足を引っ張ることになりそうである。


「とすると、エアハンマー案は没かなぁ」

「一つ確認なのですが、お兄様としては道路は製造したコンクリートやアスファルトで敷設していくのがベストなんですよね?」

「うん、そうだね。簡単に出来るのであればコンクリートとアスファルトで整備したいね」


「それであれば、土地を固めるのではなく、穿うがつ方向で考えた方がよろしいのではないですか?」

「なるほど、土を削り取るってことか。いいかもしれない」


 僕が賛同したことにマリーは嬉しそうに笑う。うん、我が妹ながらとても可愛いものだ。

 いや、アリィやリリィも負けてなんかないよ。と何故か僕の頭の中でフォローする声が聞こえる。


「それであれば一つ試したいことがあります。三日ほどいただけますでしょうか?」

「え? むしろ三日で問題ないの?」


 僕も簡単な魔法くらいであれば二・三日でも問題ないけれどそれでもかなり早い部類になる。


「とりあえずたたき台を作ってみて相談しながら調整できればいいなと思います」

「うん、わかったよ。それじゃ三日後にもう一回考えてみようか」


 そう返す僕に、マリーは頷くのだった。


 ――三日後


「おお……これはすごい」


 僕は自分の目の前に出来上がった縦横五メートル、深さ五十センチの穴に感嘆の声を上がる。


「魔力消費はどんな感じですか? お兄様」

「うん、魔力的にもそこまでの負担は感じないね。これなら通常の魔術師でも休憩をしながら出来そうだ」


「よかったです。有効範囲はどうでしょうか? 念のため任意に変更できるように作ったつもりですが」

「文句のつけようもないね。すごいよ」


 ここがマリーが魔法については天才的と思った部分である。

 神様の言うには『四賢公』は魔法を見る時、自身に合う形で捉えるらしい。


 僕であれば前世の仕事で慣れ親しんでいたプログラム言語に近い具体的なイメージである。

 ところがクリスやクイ。アリィとリリィは抽象的なイメージで魔法を捉えているらしく、具体的なイメージになる僕とはどうしても認識齟齬が出てしまう。


 その中でマリーは僕と同様に魔法を言語として捉えていて、僕の残していたメモ――具体的なイメージ――に対しての理解度が高く、さらにそこから発展していた。

 それが今彼女が言った『任意変更』の技術である。


 僕が開発した魔法は、いわば『定数』魔法というイメージだ。

 なので一つの効果の魔法についても「百の威力」「八十の威力」「六十の威力」とそれぞれに別の魔法となり、それぞれで消費される魔力も固定となる。

 チェーンバインドの場合、チェーンの本数によって五種類の魔法がある。


 一方でマリーの魔法は、『変数』魔法というイメージになる。

 魔法の威力を百から二十の間で設定することが出来るようになっている。

 方法は簡単で例えば詠唱時に『二十の力を捧ぐ』と付ければ二十の威力で発動が出来るのだ。


 呪文の詠唱を出来るだけ簡略化した僕の魔法と異なり詠唱が冗長となってしまう欠点はあるが、緊急性が不要な一般魔法や今回の土木用の魔法であれば欠点では無くなる。

 むしろ威力が調整できる分、汎用性は高い。


 ここで元プログラマーとして弁解させてほしい。

 僕だって魔法の威力を動的にすることを考えなかったわけではないのだ。


 魔術式には、その魔法発動時に消費される魔力量の設定が必要となる。

 魔術式の中に設定があるから魔術師はそれを気にすることなく詠唱できるわけである。


 そしてその設定は適正値より大きすぎれば魔力の無駄だし威力が不安定になる。

 逆に少なければ魔法自体が発動しないから適量を設定するのが腕の見せ所でもあるのだ。


 多分だけれど国家プロジェクトでやっている新規魔法開発で失敗している最大の理由は、適量設定が出来ていないからだ。

 いや、『四賢公』の血を継がない通常の人にとってはそんな設定がある事すら知らないのだろう。


 この適量というのも『定数』であればトライアンドエラーで適正値を絞り込むことは容易だが、『変数』となると一気に難易度が上昇する。


 なにせ『百』だと魔力量を【五十】消費する魔法が、『八十』だと【四十二】。『六十』だと【三十四】。『四十』だと【二十五】みたいになる。

 順調に八ずつ減るのであれば分かりやすいのだけれど場合によっては九になるのだ。

 どちらかというと文系脳の僕には法則性がさっぱりで、最終的にさじを投げた。


 ところがマリーはその法則を発見することについて天才だ。


 ――この魔法の場合、威力に五をかけた後、百を足してその値を十二で割って端数を切り上げた値ですね――


 なんてあっさりと解決されてしまったのであった。

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