第281話 ■「土木魔法を作ろう!3」

「それにしても、これってどんな原理なの?」


 そう、僕が見る限り数秒もかからずこうして綺麗に穴が開いたわけだけれど原理がよくわからない。


「難しいことではないんです。単純に指定された空間にある物質を指定の位置まで移動させただけなんです。

 ほら、あのように」


 マリーが指さす方向へ目を向ける。言われるまで気が付かなかったけれど五メートルほど先に土の山が出来上がっている。


「移動させたって……もしかして転送魔法?」

「いえ、目視できないぐらいのスピードで……吹き飛ばしたというのが近いでしょうか?

 方法が方法なので生物や柔らかい物には使用できません。土だから出来るといっていいかと。

 あ、それと進路上に人のような遮蔽物があった場合、上手く避けるように調整もしています」


 そう言われて僕はマリーが作った魔方陣――いやもう魔法式に近いだろう――に目を向ける。

 確かに空間固定・物質圧縮・座標固定・風系統の記述がある。しかもそれは威力調整が非常に繊細な作りだ。

 うん、ドーンとやってガーンとする僕の方法は攻撃系魔法にはマッチするけれど一般魔法のような繊細さを必要とする魔法には合わなさそうだ。


「これを三日って……やっぱ天才だな」

「そんなことありません。お兄様の基礎原理があるからこそです」


 そうマリーは謙遜するが、それは僕を立てるための嘘だろう。

 自分を過大評価するのもどうかと思うけれど、過小評価するのも家族としてはちょっと悲しいものだ。


「マリー、聞いてくれるかな?」

「なんでしょうか。お兄様」


「僕を立てようとしてくれるのは嬉しいよ。けれどね。僕を立てるために自分を卑下するのは止めてほしいんだ。

 マリー、アリィ、リリィ、クイ……みんな僕にとっては自慢の兄妹だからさ。

 逆に『お兄様の妹なんだから優秀で当然です』って言ってくれた方が面白くていいね」


「……ふふ、そこまで自意識過剰にはなれませんよ。ですけど……そっか。それじゃこう言いますね。

 お兄様にいっぱい褒めてほしいから頑張っちゃいました」

「うん、偉い偉い」

「てへへ」


 頭をなでる僕に照れたように笑うマリー。

 うん、このまま反抗期を迎えないでね。と真剣に思ってしまう。


「ま、話を戻してっと。それにしてもよくこの方法を思いついたよね」

「それは、お兄様がメモしていた物質転送の廃案をみて使えないかな? って前から思っていたからですね」

「あー、昔考えてメモにちょっと殴り書きしていたことがあったか」

「はい、そのメモでは人間の体では負荷に堪えれないという結論になっていて……学校に通いながらそれについて色々試行錯誤していたんです。

 卵で試してみて部屋中を卵まみれにしてメイドさんに怒られたこともありました」


 その様子を思い出したのかマリーはペロッと舌を出しておどける。


「けどそのおかげで今回三日で纏められたので怒られた甲斐がありました」

「ははは、それなら片づけを手伝ってくれたそのメイドさんたちにはお礼にお菓子を送るとするかな」

「そうですね。喜んでくれると思います」


 そう言って一頻り笑いあう。


「でもこの魔法は道路敷設で考えていたけれど結構使い勝手がいいかもしれないな。

 家の基礎構築とか丘の掘削に使えそうじゃない?」

「たしかにそうですね。都市を作る場合、丘がある部分に作るより平坦な土地の方がよいでしょうし」


「掘削した土を使えば土壁とか堤防なんかも簡単に作れるしね。一気に解決したいことの二つが解消されるわけだ」

「そうですね。防御壁建築は材料さえあれば、物質圧縮・座標固定の応用ですし」


 この世界の魔法は、創造系の魔法の場合、『質量保存の法則』または『等価交換』が影響してくる。

 つまり、何か作るためには作るための素材が必要になるのだ。

 これは攻撃魔法のように発現が限定的。つまりは永続性が不要なものについては魔力が一時的な代償となるが、永続性が必要な場合、魔力を代償にし続けることが不可能だからだろう。


 道路や丘の掘削で大量に出てくる土を使えば土壁を作るのも容易となる。


「あっ、そうか。お兄様、これを使えば農耕地の開拓も可能じゃないかな?」

「うん? どういうこと?」

「掘削した土の移動場所を上空にすれば耕された土がそのまま元に戻ります。それってプラウで耕起された状態と同じじゃないですか?」

「あー、たしかにそうかもしれない。ちょっと試しにやってみようか」

「はい、そうですね」


 その場で魔法式の土の移動場所を上空十センチのあたりに調整する。

 魔法式の基礎は出来ているのでその作業は十分もかからない。まぁ僕たち以外には無理なのかもしれないけれど『四賢公』の血さまさまである。


「さて、こんなもんかな?」

「後ですべて合わせて精密調整はしますので、いまはこれでよいかと」


 二人ともに問題ないという結論に至った事を確認した後、僕は詠唱を始める。

 詠唱により発動を感じ取ったと同時に僕の目の前に五メートル四方の穴が出来上がり、僅かに遅れてその穴に綺麗に土が落下してくる。


「成功……かな?」

「……おそらく」


 二人で土で再度埋められた穴を見ながら言い、土を二人して触る。


「おぉ、ちょっと硬さは残ってるけど十分に耕された土になってる」

「そうですね。硬さ部分は物質圧縮の強度が高すぎたからですかね。十分に改善は可能かと」


 その結果に僕たち二人はニヤリと笑う。

 一つの魔法で元々検討予定にしていた路敷設・農耕地開拓・防御壁建築用の目途が見えたからだ。


「とりあえず、今回の結果をもとに魔術師が使いやすいように調整していくという事でよろしいですか?」


 上級魔法をある程度使える僕達だから使えるでは意味がない。

 物は試しってことで魔術式の中にも無駄な記述が残っているだろうし、それを通常の魔術師も使えるように調整していく方が時間はかかるのだ。


「うん、よろしく頼むよ。出来次第、厳選した魔術師にとりあえず伝えて開拓を進めていこうと思うからね。期待しているよマリー」

「はい、わかりました。お兄様の期待に応えて見せます」


 そうマリーは力強く答えるのだった。


 二か月後、マリーによって調整された魔法によりバルクス領の開拓事業は一挙に加速していくことになるのである。

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