第279話 ■「土木魔法を作ろう!1」

「ってことで、ここが研究機関になる予定なんだけど。どうかなマリー」

「はい、素晴らしいですね。ただ……」


「ただ?」

「やはりこの人数ですと、だだっ広いですね」

「ま、今後人数は増やしていく予定だからねぇ」


 五月に入って間もなく。僕はマリーを連れて家から百メートルほど離れた場所に新たに建てられた建物へとやってきていた。

 地上五階、地下二階の建物はコンクリート製で巨大な病院のようである。


 ただ当面の間は、ここで働くのはマリーを含めて十人程度。

 しかもその多くが事務用の執務官となり、魔法の適性が高いのはマリーを含めても三名のみ。


 残りの二名も研究員としては正直期待していない。

 神様が言うには『四賢公』の血を引いていない者には魔法の創製は困難を極めるらしいからね。

 二人は、研究した内容を編纂する書記の役で、トップシークレットゆえに信頼できる人だけに絞った結果である。

 

「とりあえず、好きな部屋が使い放題ってポジティブに考えようか。今なら五部屋位を自分のものにしても誰にも怒られないよ」

「お兄様らしいなぁ」


 僕の言葉にマリーは笑う。


「それでお兄様。具体的にはどんな魔法から考えたらいいですか?

 やはり人や物を転送させる魔法でしょうか?」

「うーん、それはとっても魅力的だね。けどそれはまだいいかな」


「よろしいんですか?」

「もちろん、いずれは必要だけれどね。ただ優先順位は低いな」

「完成すれば、かなり有効性が高いんじゃないですか?」


「だね。けれど今の僕の予想だと使用できるのはごく一部。

 つまりは上級魔法を何回もぶっ放せるくらいの人じゃないと無理なんじゃないかと思っているんだ」

「……たしかにそうかもしれません」


 魔法による物質転送。つまりワープとかテレポートみたいな魔法ははっきり言えばロマン的にも欲しい。

 そして僕の勘では、マリーであればそう遠くない時期に完成させるかもしれない。


 けれど、そういった複雑な魔法は、当たり前のように燃費が悪い。つまるところ詠唱者の魔力をごっそり持っていくだろう。


 とすると使えるのは、僕やクリスといった限定的な人間だけしか使えないってことだ。

 もちろん僕が使えるのであれば、色々と役には立つんだけど、いま必要なのは特化魔法ではない。


「今、バルクスが抱えている問題ってのは開拓や道路といったインフラ整備が追い付いていないってことなんだよ」


 僕が当主になって以降、力を入れてきたのが土地の開拓だ。


 バルクスとルーティント領は、中国地方と四国を合わせた広さがある。

 中国地方が七百五十万人くらい。四国も三百五十万人くらいで面積の多くが山岳地方なのにも関わらず一千万人を超える人口がいるのだ。

 

 一方、バルクス辺境侯はバルクス領が四方を堅牢な山岳で囲まれた大きな盆地ではあるけれど、その面積の殆どが平野である。


 それにもかかわらず、人口は百六十万人ほどと六分の一程度しかいない。

 もちろん、科学や医療技術に大きな差があるとはいえ少ないと感じてしまう。


 まぁ、エスカリア王国全体でも六千二百万人程なので、人口密度はロシアやモンゴル並みにスッカスカである。


 領地を富ませるためにはまず人的資源……つまりマンパワーが正義というのが僕の考えだ。

 ……いやぁ、前世でも人手不足なのに全体の仕事量が変わらないから何日も残業した悪夢を思い出す。


 なのでアリスたち執務官とバルクス辺境侯領内の人口増加を八年かけて進めてきたわけである。

 

 まずは農業改革により一つの畑に過剰に必要であった人員削減を実施。

 そこで溢れた人員は元々実家を継ぐことが難しい農家の三男坊や四男坊といった、いわば味噌っかす。


 地元に留まる理由も低いので、新規開拓地で一旗揚げようと意識も高く大規模な開拓を実施できた。

 しかも食事に対しての不安が減ったことでどうやら出生率も上昇しているらしい。

 まったくもって少子高齢化が進む日本にとっては羨ましい状況である。


 そして続けて実施したのが近隣貴族領への開拓民募集である。

 募集要項は、直近半年分の食糧保障。税率も三年間は『二公七民一蓄』と元々の農民が『三公六民一蓄』なので減税となる。

 

 これは、別領の住民にとっては驚くほどの低税率といえるだろう。

 もちろん、一割税が低いとはいえ新規開拓のリスクは高い。

 

 それでも成功すれば実入りは大きい。しかも領主が半年間は食糧保障してくれる。

 その条件に少しづつではあるが希望者が増えていった。

 もちろん、希望者の中に間諜がいないことはしっかりと調べながら受け入れを行っていった。

 

 まぁ、近隣の貴族としては良い思いはしなかっただろうが、これは昔から普通に行われていたことだ。

 文句を言ってきたら『じゃあ、あなた達が繋ぎとめる施策を打てばよろしいのでは?』で終わってしまうのだ。


 しかも僕はあれよあれよと侯爵位。しかも侯爵位の中でも上位となる辺境侯となった。

 周囲は最高位でも伯爵位。悲しいかな貴族社会では爵位の上下関係は絶対だ。


 裏で文句たらたらだろうけれど知ったこっちゃない。


 こうして外部からの人口流入。農業改革による食料安定と新規食料の誕生による飢餓解消とベビーブームにより順調に人口を増やしつつあった。


 ところがここにきて状況が変わってきた。

 ボーデ領に対しての魔物侵攻により流民が大量に流入したことと、さらに内政不安により移住希望者の増加である。


 ボーデ領からの流民はアルーン要塞側が四万五千人。そしてウェス要塞側にも三万人が逃げ込んできていた。


 特にウェス要塞側は、魔物の領域と近い距離にある。多くの住人が身一つ。しかも同胞が魔物に殺されていく中逃げ込んできたものばかりで、心身ともに疲労しきっていたらしい。

 そのため、再びボーデ領に戻ることを拒絶するものが多い。


 さらにバルクス領北方も後継者問題による貴族同士の対立がどうやら表面化してきたようで、それを敏感に嗅ぎ取った商人や職人といった言い方は悪いが上級平民が大量に移住を希望してきている。

 予想外の嬉しい悲鳴というやつである。


 ただ、なんせ十万人前後という膨大な数だ。住居や農地の開拓進捗は今はまだ余裕があるものの早めに手を打つ必要が出てきたわけである。


「どうしても人力だと一日の作業量は限界があるからね」


 奴隷のように平民に重労働を課している貴族もいるらしいが、僕としてはそんなブラック企業みたいなことはしたくもない。

 むしろ昔の自分を思い出して胸がきゅんと痛くなってしまう。

 とはいえ、当たり前だがこの世界には重機なんて存在しないから基本は人力がメインとなる。

 となると頼りになるのは魔法という事になるのだけれど、残念ながら土木関係に使えそうな魔法はそこまで多くない。

 代表的なものは、僕が以前考えた『ダイナマイト』かな。エアウィンドを出来るだけ圧縮した後、任意の方向に開放することでその衝撃波で物質を粉砕する。

 火薬を必要としないのはいいんだけれど任意の方向への調整が中々に難しいので八割以上の効率を出せる人は限られてしまうのが、それでも掘削に関しては効率が格段に向上している。


 中にはその破壊に魅入られてダイナマイト詠唱専門の魔術師がいるとかいないとか。


 戦争の道具として発展した性質上、作るよりも破壊する魔法の方が圧倒的に多く、何かを作りだす魔法の殆どが、生活に使用するための一般魔法で、それも元を辿れば破壊系魔法の応用だ。

 例えば着火用の魔道具はファイアーボールの低出力版だし、飲料水を作り出す魔道具もウォーターボールの低出力版といった感じだ。


 『破壊と創造』っていう言葉があるくらいだから二つは切り離せない関係なのだろう。

 そして今僕が必要としているのは、創造の魔法なのだ。


「とりあえず必要なのは、道路敷設・農耕地開拓・防御壁建築用の魔法かな。

 出来るだけ僕も手伝うから一緒に頑張ろうか」

「お兄様も手伝っていただけるのですか! それならば百人力です」


 僕も手伝うといったことにマリーは目を輝かせる。

 いやはや、妹弟たちの僕に対する信頼度が高すぎやしませんかね。まぁ僕も絶対の信頼を寄せているのだからお相子か。


「それじゃ、二人で頑張ってみようか」


 僕はそうマリーに告げるのだった。

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