第277話 ■「特産品を作ろう3」

「確かに通常販売している豆類に比べますと格段の味。ですが……」


 大豆の味を確かめたピストさんは、その味を褒めながらも未だに渋い顔をしたままである。

 とはいえ、そのセリフを言うまでに二十粒ほど食べてはいたが。


 確かに通常販売している豆に比べれば格段の味ではあるが、結局のところ豆は豆という判断だろう。

 彼の頭の中の算盤そろばんも巨額の富を生み出すまではいっていないらしい。


「それじゃ次は……」

「お、お待ちください。次というのは?」

「ピスト養父さん、僕が煮て食べるのものを持ってくるわけがないじゃないですか」


 そう、ここからが本領発揮である。

 次に僕は、事前に水に漬けておいた大豆を魔法ですりつぶした後、水に入れ再度火にかける。

 ゆっくりとヘラで混ぜること十分。きめの細かい布を使いながら漉していく。

 そうすることで白濁の液――豆乳が出来上がる。そして残りかすでおからもできる。

 本当は品種によって色々と向き不向きがあるが、今回はピストさんへの簡単な説明なのでとりあえずこだわらない。


「これは、豆乳という飲み物です。ピストさん、飲んでみてもらえますか? あ、みんなもどうぞ。

 飲み過ぎは駄目だけれど、習慣的に飲むことで女性の美容にも効果があるからね」

「美容……本当に? エル君」


 僕の言葉に一番食いついたのは、予想外のユスティである。

 あ、そういえばユスティは、日々の鍛錬の時に日差しを浴びることが多いから、お肌のケアに人一倍気を使っていると言ってたか。


「あ、うん。効果があると期待されているらしいね」


 なんとなく通販番組のような曖昧な言い方になったが、それでもユスティは目を輝かせる。

 うん、明日から毎日飲むことになりそうだ。


「なるほど、先ほどの煮豆の甘味が濃縮されてますな」

「でしょ? それにこっちの搾りかすも『おから』といって、健康食品にもなる」


 こうして僕は、次々と大豆から出来るものの説明を、実際に作れるものは試しながらしていく。

 大豆油、もやし、きな粉、枝豆、湯葉、豆腐、そして豆腐からできる油揚げ等々……


「……ということで、豆腐を作る際には『にがり』という液体が必要なんだけれど、卵の殻を酢の中に四日ほど漬けて漉したらできるから」

「なるほど。素晴らしいですな」


 それらを説明していくうちにピストさんの顔は徐々に明るくなっていく。

 今までの説明したもので、かなり勝算が出てきたのだろう。特に貴重ともいえる油を作れるというのはでかそうだ。


 だが、本命はここからだ。


「そして大豆からは、新しい調味料を作ることが出来る」

「なんとっ調味料ですか!」


 その言葉にピストさんは色めき立つ。

 それもそのはず、この世界で普及している調味料は非常に限られているからである。


 この世界で一般に普及している調味料は、砂糖・塩・酢の三つ。胡椒や香辛料、ハーブ、バターもあるがその希少性ゆえに高額となり富裕層でなければ手が出ない。


 内陸にある王国では塩は帝国からの貿易品として海塩を仕入れていたりするが普通は手が出るようなものではない。

 一般魔法の中に塩を生成する魔法もあるが、魔道具自体が高価なため、岩塩が一般的である。


 このように一般的な調味料が限定されているところに新たなる調味料が登場し、しかもその権利をバルクス辺境侯爵家――つまりは貴族の名のもとに独占できるのであればその収入は莫大なものになる。

 かつての大航海時代に胡椒一粒が黄金一粒といわれたのと同じ状況になるのだ。


 僕は机の上に二つの小さな壺を置く。


「エルスティア様、こちらは?」

「今言った調味料だよ。といってもまだまだ試作品で到達点には程遠いけどね。こっちが『味噌』でこっちが『醤油』」

「味噌と醤油……ですか」

「そ、味噌と醤油。とりあえず試食してみようか」


 ということでユスティとアリスの力を借りて食事を作る。

 二人は、料理本で味噌と醤油を使った料理を予習してきていたため、手際よく作っていく。


 ちなみに僕の奥さんたちは、皆一通りの料理が出来る。

 元王女のクリスも幼少期にバルクスにいた際には、母さんやベルと一緒にお菓子を作っていたし、僕に嫁いできた後も料理を作るために台所に立っていた――まぁ当初はメイドたちも気が気ではなさそうだったけれど、今では誰も気にしなくなっている。

 その中でも意外……といっては何だけれど一番料理が上手いのがユスティである。

 なのでユスティがメインで作り、アリスがそのサポートという形である。


 うん、やっぱり台所に立つ女性というのは良いものである。


「エルス、父様。できました」

「エル君。自信作だよぉ」

「ほぅ、これが味噌と醤油を使った料理ですか。変わった香りですな」


 ピストさんは、出来た料理から漂ってくる――僕にとっては懐かしき匂いに目を細める。


 出来たのは、葉野菜とベーコンを味噌で炒めた味噌炒め。

 アインズ川で取れる『ルドラ』と呼ばれる川魚――臭みが少なくハマチに似た白身魚だ――の刺身……は流石に危険なので炙ってある。

 そして、豆腐とネギが入ったお味噌汁だ。


「エル君。よだれよだれ」

「おっと」


 気付かぬうちによだれが出ていたらしい。貴族らしくハンカチで涎を拭き、改めて出された料理を見る。

 そこでふと、皆の視線が僕に集中していることに気付く。

 あ、そうか侯爵家当主の僕が先に食べないと食べたくても手が出しにくいのか。


「それじゃ、早速いただくよ」


 そう言って僕は先ず味噌炒めを一口食べる。途端に口に広がるのは懐かしい味。

 厳密には、まだ味噌は試作段階だから日本で食べていたような味の深みは浅い。

 

 今年からようやく米の栽培を開始する段階だから米麹こめこうじの大規模生産はもう少し先になる。

 麹菌については、どうやらこれも平たく言えば農作物に入るらしく神様からのギフトの中に存在したので、僅かばかり作成した試作米麹を使用している。

 それでも二十数年ぶりに口にした味噌の味は格別である。


 そして刺身、お味噌汁へと手を伸ばす。どれも発展途上の味ではあるがこの世界では口にすることが出来なかった味に自然と頬が緩んでいく。

 その様子をみてピストさんたちも料理へと手を伸ばす。


「わぁ、すごく美味しい。美味しいよエル君」

「なるほど、確かに今までの調味料とは違いますね。醤油は塩味に近いですが香りが全く違いますし……」


 ユスティとアリスが料理を絶賛する中で、ピストさんは黙々と料理を口にしていく。

 そして、突如笑い出す。


「素晴らしい。素晴らしいですっ。エルスティア様! 誠にこの大豆。いや『大豆様』の独占権をいただけるのですか!」

「うん、もちろん。今回作った物の作り方も含めてね。最も味噌と醤油は気温や風土に影響するからまだまだ試行錯誤が必要だ。半端なものは作るなよ」

「はいっ! お任せください! ローデン家の総力を持ってエルスティア様のお口に叶う品を作り出して見せましょうぞ」


 そう、興奮気味にピストさんは言うのであった。


 ――――


 ローデン商会は、それから二か月後にバルクス辺境侯から大豆の作成と販売の独占権を取得する。

 多くの商人たちは、当初、養父でありながらただの豆の権利しか貰えなかったのか。と憐れみ、また嘲笑したという。


 だがローデン商会は、その二年後に新たな調味料として『味噌』と『醤油』の販売を開始する。

 その新規参入となる調味料は、主に貴族や大商人たちの心をつかみ一気に販路を広げていく。


 また、大豆を使用した料理屋の本店をエルスリードに開店。バルクス領のみならず全国へと支店展開していく。

 瞬く間に商人連内でも有数の大商人となったローデン家は、王国歴三百十九年にエルスティアにより子爵位に封じられる。


 初代当主は、ピスト・ローデンの長男であるアストレイア・ローデン。

 エルスティアの側室で彼の妹であるアリストン・バルクス・シュタリアの長男と彼の長女が後に結婚、その嫡子が子爵位を後継し、バルクス家の強固な分家として発展していくのである。


 また、バルクス辺境侯から独占販売を手に入れたローデン家に対して一組の夫婦が調味料の製造方法を伝えたと残るが、その夫婦の名前はローデン家が答えなかったため不明である。

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