第276話 ■「特産品を作ろう2」

 王国の歴史上、平民が男爵または子爵に封じられることは、別に珍しいことではない。


 現にバルクス領のイカレス家、アウトリア家、ピンラン家は元々は平民の出である。

 王国の誕生によるバルクス伯創設にあたり、三都市の町長の家族が男爵に封じられたのである。


 公爵・侯爵・伯爵の上級貴族については、最低でも過去五代が貴族である必要があるが、子爵・男爵についてはその限りではないということだ。


 そして王国全土の子爵・男爵については、過去五代が貴族である割合は三割にも満たない。

 リスティは父親であるバインズ先生から男爵位だし、アインツたちも父親から男爵位。

 逆にメイリアの元アクス男爵家は、二百年近く続いた古参であった。


 平民が貴族になる方法は大きく分けて三つある。

 一つ目は、開拓により大きく発展した町の長であること。

 二つ目は、いずれかの騎士団に所属して多大なる戦功をあげること。

 そして最後は、領主への多大な寄付を行うこと。


 ただ一つ目は、成就に長大な期間が必要であり、二つ目は、並外れた武才が必要となる。

 ゆえに最後の方法で貴族になったものが、圧倒的に多いのである。そしてその筆頭が商人となる。


 商人にとって爵位を持つ意味は大きい。

 『貴族である』それだけで信用度が段違いとなるからだ。


 商人出の貴族の場合、二代目あたりまでは商売も兼任して、三代目あたりから商売は別の者に任せて貴族ごっこを始めるものが多い。

 ただ結局、貴族としての積み重ねが少ないため、貴族社会に揉まれて四・五代目で取り潰し……ということが多いのだ。


「ローデン家も二の舞。ということもあり得ますな」


 ピストさんも過去の商人出の貴族の成れの果てを知っているのだろう。


「ただ、ローデン家の場合は、特殊な事情があるからね」

「特殊な事情でございますか?」


「そう、寄り親になるバルクス辺境侯の子供にローデン家の血を引く子がいる。ってね」

「なるほど、その子にローデン家の跡を継がせる。そういうことですな」


「アリスの子供は、女の子だから頑張って男の子を産んでもらう必要はあるけれどね」

「父親の前で家族計画の話をするってのは恥ずかしいものがありますね」


 アリスの子供は、貴族的な立場で言えばバルクス辺境侯の跡を継げる可能性は限りなく低い。

 となるとローデン家の誰かの娘と結婚させて、正式な継承者とすれば侯爵家の血――貴族的な言い方をすれば青い血が入ることになるから正当性がより強固となる。

 僕の子供であるから、当初から貴族としての教育を受けることになるので子爵家を継ぐことにも問題はないのだ。


 血縁者同士で結婚を繰り返すことは拙いけれど、近くてもいとこ同士の結婚であれば問題ない。

 日本でもいとこ同士の結婚は可能だったしね。

 これはローデン家のみならずベルやリスティ、ユスティ達すべてに言えることである。


「だからまずは、侯爵家の子供が入るにしても、少なくとも子爵位にはなってもらわないとさ」

「なるほど、たしかにそうですな。……いや、それにしてもエルスティア様から貴族的なお話を聞くことになるとは思いもしませんでしたな。

 こういった貴族的なことは嫌っておられるかとばかり」


「いや、いまだって嫌いだよ。ただね、だからといって封建制である以上、嫌ってばかりもいられないからね」


 どうしても日本で生きていた僕の場合、安易に民主化とかを考えてしまうけれどそれは中々に難しい。

 まず、一定以上の教育水準の土台が必要だし、良質な民主主義には良質なメディアが必要不可欠である。


 バルクス辺境侯は、若年層に対する教育を五年前から始めて、その中で優秀なものに執務官補佐や新たな学校の教員として職を与えている。

 親が農民であっても努力して才能が有れば、彼らにとって破格の賃金で雇ってもらえる。

 そんなアメリカンドリームのような思想がようやく領民たちに芽生えだしたばかり。

 なので新しく出来た学校への応募率が結構高くなっているらしく、新規学校の建設も資金が許す限り急ピッチで進んでいる。

 また、さらなる高等教育を受けたい者のために有償ではあるものの高等学校の建築も始まっている。

 併せて優秀な生徒については無償で高等教育を受けることのできる奨学制度も検討中だ。


 教育は長期間継続して実施することに意味がある。

 これから時間をかけて熟成していく必要があるだろう。

 しかもバルクス以外だと基本的に平民への教育が行われていないわけで、教育水準の向上なんてさらに夢の夢だ。


 メディアについても井戸端会議が最強のメディアである状況で民主化なんてとても不可能だ。

 そんな中で封建制というトップダウンともいえる制度は、納得いかないところもあるけれど理にかなっているともいえる。


 であれば好き嫌いを言っている場合じゃないという結論にようやくたどり着けた。

 今までそんな貴族的なことをしなくても何とかなってたというのもあるけれどね。


「ま、そういうわけで。ローデン家は少なくともバルクス領一の大商人になってもらうからさ」

「こちらも商人です。儲けられるのであれば大いに協力させていただきます」


 そうピストさんは、商人スマイルを僕に向けてくる。


「ってことで、ローデン商会にはこれの独占権を与えようと思ってね」


 そう言いながら僕は麻袋を二つ机の上に置く。


「ほほう、新種野菜の独占権ですかな。ありがた……えっと……これは……」


 その麻袋を嬉しそうに開けたピストさんは、中身を見るなり少し落胆したように僕に問い返してくる。

 その袋から零れ落ちたのは、七ミリほどの黄色い豆。


「これは、『大豆』っていうんだ。こっちの袋が大粒種。こっちが中粒種だね」

「はぁ、大豆。ですか……」


 そう返しながらもピストさんのテンションは、みるみるうちに下がっていく。

 まぁ彼の言わんとすることはわかる。

 彼としたら、ジャガイモやサツマイモのように、市場で大人気の商品の新種かと思ったらただの豆だったのだから。


 この世界にも豆はいくつか存在している。けれど不人気な商品なのだ。

 この世界の豆は、育てても数が取れない。青臭さが強くて好みが分かれる(嫌いな人の方が圧倒的)といい所がない。

 下級平民が生きるために食べる家畜のえさとして認識され、マイナスイメージが強いからだ。

 けどそれこそが僕の狙い目だ。


「ピスト義父さんの言いたいことはわかるよ。こんな豆の独占権をもらったところで嬉しくもない。だよね?」

「エルスティア様には申し訳ありませんが、その通りですね。豆は外道食品ですので」


「うんうん、そう。ローデン家にこの豆の独占権を渡しても他の商人たちから文句は出てこない。そうだよね?」

「むしろローデン家は、エルスから貧乏くじを引かされた。そう思うでしょうね。

 末娘が嫁いだ先から無理やり押し付けられたと」


 僕の言葉に、アリスも追従する。

 けれど元日本人であった僕は、知っている。大豆がどれだけ優秀な食品であるかを。


「ま、物は試しだ。とりあえず茹でた大豆を食べてみてもらえるかな?」


 そう僕は言うとユスティから持ってきていた鍋を受け取ると、魔法で水を張る。

 その中に持ってきていた大粒種の大豆を一掬い入れて、持ってきていた携帯コンロに鍋をかけて超小型のファイアーウォールで火を起こす。


「いやはや、何度見ても魔法の手際の良さに圧倒されますな」


 それに感心したようにピストさんは言う。


「うん、そろそろかな」


 五分ほど茹でて大豆が柔らかくなったことを確認した僕は、大豆を取り出し一粒つまんで口に放り込む。

 口に広がるのは懐かしい大豆本来の甘味。収穫後も我慢していたからその味に感動すらする。


 そんな僕を見た、三人も僕の真似をして口に放り込む。


「えっ、ほんのり甘味があっておいしいよ。エル君」

「そうですね。どうしても豆には青臭いという先入観がありますからとても美味しいです」

「なるほど。エルスティア様がおすすめしてきた理由もなんとなくわかります」


 そう言ってくる三人に僕はニヤッと笑うのだった。

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