第267話 ●「盗難の末に」

 暗闇の平原を駆ける人影二つと馬に乗った影が一つ。


 うち人影は胸に大事そうに筒状の物を抱えながら駆けている。


「よいかっ! それはファウント公爵への大切な土産だ。粗末に扱うなよ」


 ある場所から十分に離れたと判断した馬に乗る人影が二人に命令する。

 それに二人は言葉も発さずに頷く。


「これさえあれば、ファウント公爵への覚えもめでたくなろう。くくく。後継者争いが終わった暁には伯爵……いや侯爵すら望めようぞ」


 馬に乗る人影はまだ見ぬバラ色な未来を想像してほくそ笑む。

 彼の名はバルクハイム子爵。此度のボーデ領への魔物襲撃でファウント公爵に付き従ってきている。

 この者もレイモンド伯爵と同様にバルクス家を軽んじている貴族の一人である。


 だがレイモンド伯爵と同様にアルーン要塞での魔物を完膚なきまでに掃討したバルクス騎士に心胆を寒からしめられた。

 その圧倒的な軍事力の前では密かに自慢であった自身の親衛部隊など赤子と同然という現実を突きつけれらたのだ。


 一方で彼の目にはバルクス騎士の装備に釘付けとなった。自分の出世に利用できる財宝のように黄金色に光っていた。


 だから実行したのだ。エルスティア辺境侯が主都に戻る僅かな混乱を利用し、バルクスにのみ配備された銃を盗み出すという暴挙を……。


 実行に移した彼は、思いのほかあっさりと事を成就できた。

 アルーン要塞に慰問を偽り訪れた後、人影少ない夜に武器庫に置かれた二丁の銃を拝借した。

 そうこれは、王国における貴族位第二位という至高なる公爵のため。犯罪であろうはずも無い。と自分に言い聞かせて。


 そして今、ファウント公爵の駐屯所に意気揚々と駆けているのである。どす黒い野心を孕みながら……。

 ファウント公爵からどれほどの賞賛を。そして褒賞をもらえるかを考えていたバルクハイム子爵の耳に『キンッ』という耳障りな音が響く。


 それは魔法が発動した際に極稀に発生する魔法の展開音であったがそれを彼……いや。彼達は認識することは出来ない。

 彼らは知らなかった……いや知らなくて幸せだった。銃に内蔵された盗難時の技術漏洩を回避するために組み込まれた爆散魔法――自らの命を奪い取る魔法――の発動に自らの体内の魔力が使われた事を。


 大きな爆発の後、二つの人影と馬に乗った一つの人影は消え。地面に二つのクレータを残すのみであった。


 ――――


「それで? バルクハイム子爵が行ったことについて私に何をしろとそなたたちは申すのか?」


 頬杖をつきながら椅子に座る黒髪の偉丈夫――ファウント公爵は、嘆願してきた男――バルクハイム子爵公子とその家臣たちに言い放つ。


「で、ですので我が父、バルクハイム子爵の無念なる死の原因であるバルクス辺境侯への抗議文に一筆……」

「悪いがそなたの話では、どれだけ考えてもバルクス辺境侯への落ち度を見出せぬのだが?」

「ですがっ!」

「逆に私は、そなたの父親をバルクス辺境侯の資産を持ち出した盗人としてバルクス辺境侯に差し出さねばならぬ。

 惜しむらくはそなたの父親が跡形もなくこの世からいなくなったこと。謝罪するにも首級が無くてはな」


 そのファウント公爵の言葉にバルクハイム子爵公子は青ざめる。

 ようやくここに至って父親の行ったことが公爵も庇うつもりどころか罪人として処理しようとしていることを理解したのだ。

 その様をみて公爵は内心で嘆息する。この貴族は公爵が口にするまで本気で自分の父親に落ち度が無いと思っていたらしい。なんたる愚人であろうか。


 そこにレザリンドが助け舟を出す。


「公爵閣下。バルクハイム子爵も公爵に良かれと思って行われたこと。無下に出来ません。

 私のほうでバルクス辺境侯については謝罪を行わせていただきます」

「……であるか。バルクハイム子爵公子よ。子爵に罪ありといえど公子であるそなたへの罪はなかろう。

 父に代わりバルクハイム家を継承し、王国への忠義を努めよ」

「はっ、はい! 承りました」


 そう一礼すると部屋を出ていく。それを見届けた後、ファウント公爵は大きくため息を吐く。


「私の周りはああいった馬鹿しかおらぬのか。レザリンド」


 ファウント公爵のぼやきにレザリンドは苦笑いする。


「ま、エルスティアほどの人材なんて滅多にいないさ。あきらめも肝心だよ親父」


 バルクハイム子爵公子がいた最中も船を漕いでいたリンクロードが欠伸をしながら言う。


「それにさ、貴重な人材を使わずにエルスティアが開発した武器を手に入れることが困難なことが分かってラッキーだったって考えればいいじゃないか」

「貴重じゃない人材のせいで、私は謝罪に頭を悩ませることになるのですけれどね」


 リンクロードの言葉にぼやくレザリンドに、リンクロードは肩をすくめる。


「二人とも仮にも子爵様だ。貴重ではないでは奴も浮かばれまい」


 言葉とは裏腹に少しも思ってもいなさそうなファウント公爵に二人は一礼する。


「それにしてもエルスティアもえげつないよな。たった二つで子爵と供の三人を消滅させるトラップを仕込んでいるなんてさ。

 しかも恐らく全部に対して」

「自分たちの武器がどれだけパワーバランスを崩すことになるかを十分に理解しているということでしょう。

 それで、どうされますか? 引き続き入手方法を探りますか?」


 リンクロードとレザリンドの言葉にファウント公爵は一考する。


「引き続き入手については検討するが、力づくが難しいことは分かった。

 ……あの子に期待することとしよう」

「じゃじゃ馬か。あいつがこちらの思う通りに動いてくれるかは……」

「神のみぞ知る。でしょうね」


 三人の認識が共通でゆるぎない事に皆苦笑いする。


「とりあえずはレザリンドよ。エルスティア自身は主都に戻ったとのこと。アリストンへの謝罪は任せるぞ」

「はい、足元を見られぬよう慎重に……」


 ファウント公爵は、エルスティアに一つ借りを作ってしまったことに、心の中で舌打ちをする。

 だがそれは不思議と嫌な感覚ではない。

 

 エルスティアとは貸し借りの関係ではあるが、依然として良好な関係である。

 こちらが下手を打たない限りその関係が崩れることはないだろう。

 今回の借りもエルスティアとの繋がりが残ったとポジティブに考えたほうが健康的である。


 また、公爵公子として生を受けたファウント公爵にとって、その地位さえあれば望むものは何でも手に入れることができた。

 金・女・物なんでもだ。もちろんファウント公爵の性格上、地位を利用するのではなく自身の知略をもって手に入れていたという自負があるわけであるが。

 その中でもエルスティアという男は、ファウント公爵にとって初めて欲しいと願って手に入れることが叶わない経験。

 ゆえにエルスティアに対しての評価が上がっていたともいえる。

 「欲しいのに手に入れることができないのは、エルスティアが自分の予想以上に優れた人物である」と自分に言い聞かせるための免罪符として。

 

「誠にエルスティアほどの人材が欲しいものだ」


 エルスティアが聞けば買いかぶりすぎだと言うだろうが、ファウント公爵は本心からつぶやくのであった。

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