第262話 ■「アルーン会談6」

「ま、悪ふざけはここまでとしてだ。親父、ロイド爺が言うように重しは必要だぜ。どうする?」


 それまで父親であるファウント公爵と嬉しそうに話していたリンクロードは顔を引き締める。

 そうするとやはり親子。ファウント公爵の面影が強くなる。


「リンクよ。エルスティアの両側に控えたアリストン嬢とリスティア嬢をどう見た?」

「すっげえ別嬪……いや冗談だよ親父。そんな冷めた目で見るなよ。……エルスティアが連れてきただけのことはある。ってのが正直なところだな。

 これは確信に近いが中途半端な策は逆に利用されちまうな。ありゃ」


「ここのところバルクスの経済が驚くほどに改善しているのはあのアリストン嬢のお陰であろうな。

 そしてルーティントとの戦争が完膚なきまでの完勝であった理由はリスティア嬢が理由と考えるのが納得いくことよ」

「あまりに完勝過ぎてこっちが情報を殆ど収集できなかった程だもんな」


「その一端が今回の事で直接見れたのだ。捨てたものでもあるまい」

「まあね。敵にしちゃいけないってのもばっちり突きつけられたけどさ」


「であればどれだけ巧妙に重しを送り込んだところで逆に利用されよう」

「なら隠す必要ないでしょ。堂々と送り込もうよ。例えばさ………………」


 リンクロードは机に置かれたワインを一口飲んだ後に続ける。

 話を聞くうちにファウント公爵は、にやりと笑う。やはりこういったことは息子の方が一枚も二枚も上手である。


「なるほど面白い。こちらにはエルスティアに一つ貸しがある。それを使っても余りある成果よ」

「んじゃ、そういうことで。ロイド爺。上手くじゃじゃ馬を説得しておいてよ」

「まったく。リンク様はこういう大変なことはすべて私に振りますな。かしこまりました」


 ロイドは、この次期当主による幼い頃からの難題ゆえに何度目かも忘れた溜息を吐きながら、深々と了承の礼をする。


「さて次よ。エルスティアのグエン領との交流。どう見るレザリンド? そなたのであろ?」


 ファウント公爵の言葉にレザリンドは薄く笑う。


 レザリンド・ヒューネ。エルがその青みがかった黒髪を珍しいと思ったのも無理は無い。彼は人間種ではないのだから。

 彼は長命族ルフィアン銀目族ミクロシアのハーフである。

 銀目族は、その名の通り目が銀色である事を除けば人間種と見た目上の変わりは無い。ただし同族同士であれば念話が可能という亜人である。


 だがレザリンドは、長命族の血が濃く出たのか目の色も青みがかった金色で、念話が自然と出来るようになる五歳を迎えても出来なかった。

 長命族そして銀目族としても半端者と見なされ、追い出される形で王国へと母親と共に流れた。

 長い旅人生活の中でファウント公爵領にたどり着いたのは彼が十六の時、その時には既に母親は限界を迎えていた。


 母親を失った時、偶然にも彼を救った――いや、拾ったのが八歳のリンクロードであった。

 そのきっかけは、奴隷まがいにまで身を落としていたレザリンドの珍しい髪色を馬車の中から見たリンクロードが気に入った。それだけであった。


 リンクロードの気まぐれにより従者となったレザリンドの執務官としての才能の欠片に最も早く気付いたのも、またリンクロードであった。

 リンクロードは周囲の反対を押し切る形でレザリンドを貴族学校に自分の従者として共に入学させ――この時レザリンドは二十三歳であったが長命族の混血ゆえに若く見えたので年齢を詐称した――卒業後、執務官とした。

 それから十七年。リンクロードの期待に応えてレザリンドはファウント公爵家の執務長官の地位まで登りつめていた。


「正直な事を申し上げれば繋ぎの当てが無いのであれば難しいでしょう。そもそも今は森蝕しんしょくの真っ只中。

 人間種には森蝕の終了時期は分かりませんからよほど運がよくないと物理的に会うことすら不可能でしょう」

「なら。その当てがあったとすれば?」

「……それでも難しいでしょう。基本的にグエン領の民は人間種への興味が希薄。とくに十六氏族の長を務める長命族はそれが顕著です」


「ということは、レザリンドとしてはエルスティアにグエン領との交流を了承しても問題ない。と?」


 それにレザリンドは頷こうとして……躊躇する。

 これまでの王国三百年の歴史の中でグエン領と積極的に交流を持った事が無いゆえに無謀なことと考える。

 だがそこにエルスティアたちがちらつくともしかしたらという思い……いや期待が頭をよぎる。


「なるほど。それがそなたの思いか……面白いではないか」


 それを察したのかファウント公爵は笑う。その時、エルスティアへの回答が決まったのであった。


 ――――


「……さて、お互いにこの取り決めで問題ないかな?」

「はい、ファウント公爵。こちらの内容で問題ありません」


 翌日、再び会議室でファウント公爵と僕との間で約定が結ばれる。

 細かい部分についてはレザリンドさんとアリスとの協議が続くことになるが、大きく分けると下記である。


 一.ボーデ領解放に際し、バルクス側の第一・第六騎士団はファウント公爵傘下となる。

   ただし、対魔物戦の知識が豊富であるバルクス騎士団からファウント側の騎士団に参謀を派遣する。

 二.鉄竜騎士団はアルーン要塞の防衛の任につく。


 ここまでが全土に発布される内容である。

 そしてこの場の人間のみが知ることになる約定が追加される。


 三.内乱が発生した場合、バルクスはイグルス派の貴族に対しては不可侵とする。

   またバルクス辺境領より東方への進軍も行わない。

   ただしそれを除く事項に対してはその限りではない。

 四.バルクスが独自の判断で西方の蛮族と交流を持ったとしても王国としては不問とする。


 全土に発布される内容では完全にバルクス側が恩恵の無い内容。

 だが隠れた取り決めを含めればバルクスにも大きく利がある内容であり、三番目は後方の憂いが無くなるファウント公爵にとっても重要であった。


「それでは三項・四項の公開は、五十年間の禁布とさせていただきます」

「貴族の名誉にかけて誓う」

「貴族の名誉にかけて誓う」

「今、ここに取り決めは成りました。両名に神の祝福があらん事を」


 レザリンドさんの宣言を持って王国歴三百十五年二月二日。後に『アルーン会談』もしくは『アルーン密談』と呼ばれる会談により『アルーン約定』は結ばれたのであった。


 ――――


 このアルーン約定の三項・四項がおおやけとなったのはこの日から百七年後の生誕百三十年の時である。


 後の歴史が三項・四項の内容に沿っていたため、信憑性の高い情報として学会に発表されることになる。

 歴史学者の間でも評価を真っ二つに分け、親エルスティア派は、約定に沿った行動が後の歴史に大きくプラスとなったと評価した。

 一方、反エルスティア派は、美辞麗句びじれいくを並べたところで彼の行動原理は謀反心であると批評した。


 両者の評論は真っ向からぶつかりその後六年に渡り議論の対象となったが結論は出ず、以降もエルスティアを語る上でこの出来事は都度都度、議論の対象となるのであった。

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