第258話 ■「アルーン会談2」

 貴族同士の会談の雰囲気から外れたリンクロードと名乗った青年の口調に一瞬とはいえ僕は混乱する。


「すまぬな。エルスティア。いつも注意しているのだが、不肖な息子が迷惑をかけたな」


 そんな僕の気持ちを悟った……というよりいつもの事かのように、ため息混じりにファウント公爵は口を開く。


「不肖な息子……ということは」

「うむ、ファウント公爵家の長男で第一位継承者よ。今年で二十五になるのに一向に落ち着かん」


 ってことは僕の二つ上って感じなのか。なるほど確かにお世辞にも年相応と言う感じではなさそうである。

 まぁこの世界ではというのが前提だけどね。前世ではこんな感じの二十五歳はあほみたいにいたものだ。


 かくいう自分も二十五歳の頃に落ち着いていたかと言われると……うん。まぁ。ね。

 そう思ったことで僕の混乱は瞬く間に落ち着いていく。人生経験でいえばもう五十は過ぎているわけだしね。


「私も未だに両親や妹達から落ち着かないと言われます。家族からすればいつまでもそれは変わらないのかもしれませんね」

「……なるほど。そうかもしれないな」


 そういうとファウント公爵は笑う。けれどその笑いの中に別の意味がある事に僕は気付くことは無かった。


「さて、互いに挨拶は終わったのだ。状況確認といこう。そななたちも何時までもたったままでは辛かろう。座る事を許す」


 ファウント公爵の言葉に立っていた五人は一礼すると席に座る。

 こうして会談は進み始めるのであった。


 ――――


「なるほど。それではリスティア殿は今回の襲撃はあくまでも第一波でしかない。と言われるのですね」

「はい、あくまでも推論ではありますが魔物の数は数十万いてもおかしくはありません。レザリンド様」


「数十万……ですか……。バルクス騎士は常日頃から魔物の襲撃を経験されている。そんな貴方達であれば」

「いえ、流石に普段とあまりに規模が異なります。我々でも通常は多くても数千。しかも難攻不落のルード要塞で対応して。です」


 勿論、銃や大砲といった近代兵器を投入したことでこちらの危険性は大分低くはなった。

 それでも魔物と人では体格や体力で大きく劣っている。魔物との実戦経験の少なさや装備の面でバルクス以外の騎士であればさらにその差は大きくなる。


「こちらにお伺いして思ったのですが、民兵の姿を見ません。居ても避難民の世話のための人員のみ」

「そうそう、そんなに沢山いるんだったら兵をかき集めて数であたったほうが楽でしょ?

 現に情報によると南東のホールズ侯爵は近隣の貴族に呼びかけて騎士三千と民兵六万で意気揚々と領境防衛についたって話だ」


 レザリンドの言葉にリンクロードが言葉を乗せてくる。

 それにリスティは静かに首を振る。


「いいえ、むしろ逆効果です。魔物は人間相手とは違うのです」

「というと?」


「人間であれば相手が大軍であれば確かに士気をくじくことが出来るでしょう。ですが魔物であれば逆なのです」

「逆……とは?」

「前面に広がるは自分の餌。そして自身の殺戮欲求を満たすための存在でしかないのです。

 人にとって人を殺しても何の益もありませんが、魔物にとっては後からじっくりと食べることになる食事なのですから。

 ボーデ領方面の魔物は知ってしまいました。人間の肉の美味さを。今さら不味い下級魔物では満足できないでしょう」


 リスティの言葉にレザリンドは顔を強張らせる。


 ここが対人戦と対魔物戦の思想の違いなのだ。対人戦であればまさに『戦争は数』である。

 一方で対魔物戦は少数精鋭こそが勝利への近道である。そして少数ゆえに囲まれないように要塞や遮蔽物を有効に使う戦いが求められることになる。

 これは僕の遠い先祖から多くの時間と犠牲の元に確立された戦術だ。


「人とは脆いものです。特に普段戦うことから縁遠い民兵では未知に近い魔物への恐怖で瞬く間に指揮系統がズタズタになります。

 そうなってしまってはもう……」

「貴重な意見だな。すぐさま連れて来た民兵は後方支援または要塞構築要員に編成しなおせ」

「はい直ちに」


 ファウント公爵の即決にレザリンドは頷く。


 そして懐から取り出した羊皮紙にファウント公爵の命令文を記入し最後にファウント公爵自らがサインする。

 すると紙に書かれた文字はじんわりと消えていく。


 僕の視線に気付いたのだろう。ファウント公爵は笑う。


「この紙に書かれた文字を対となる紙に転移することが出来る聖遺物の一つよ。

 距離が離れるほどに文字がかすれて読めないという欠点はあるがな。ここから領境であれば何とか読める程度にはなる」

「なるほど。素晴らしい聖遺物ですね」


 なんちゃってFAXって感じだろうか。距離によって文字が読めなくなるとはいえ利用価値は非常に高そうである。


「ふむ、だが騎士のみで部隊構成をしたとしてエルスティアよ。今後の戦略はいかがする?」

「……まずは、大きな声では言えませんが、ボーデ領は一時的に放棄します」

「放棄とは……ボーデ領の民を見捨てるので?」


 その僕の言葉にロイドが呟く。その言葉にリスティは頷きつつ口を開く。


「有体に言うとそうです。勿論避難してきた領民は出来る限り救いますが……はっきり申し上げればボーデ領民の生命に責任を持つべきはボーデ伯爵です。バルクス辺境侯の責務ではありません」


 その言葉は非常に辛辣ではあるが、正鵠を射ている。

 貴族は領民の生命に対する義務を負う代わりに税金によって生活を維持しているのだ。

 まさにノブレス・オブリージュである。


 実質的にボーデ伯爵がその責務を放棄しているとはいえ、他領の貴族がその責を代替わりする必要性はない。

 あくまでも僕はへの魔物の侵入を防げればそれで十分なのだ。


 ロイドの良心から来る言葉も分かるが、それを僕に強制することは出来ないしされても困る。


「ロイド、控えよ。エルスティアは現時点で四万人以上の領民を保護している。それ以上を求めるは失礼に当たる」


 ファウント公爵の言葉にロイドは静かに頭を下げる。


「それにエルスティアはこう言った。『一時的に』放棄すると。な」


 さすがファウント公爵である。僕の何気ない言葉をちゃんと拾っている。


「今回の第一波は集団しかも高速に移動するタイプの魔物でした。ですが魔物の本命、恐らく中級魔物たちは未だボーデ領の南方に残っている。つまりは高密度で分布しています。

 今こちらから反攻戦を行うと高確率で中級魔物の集団と遭遇することになります。

 要塞戦ならまだしも平野で遭遇した場合、消耗戦となる可能性があります」

「魔物と異なりこちらは消耗戦は致命的なことになりかねない。か」

「はいその通りです。ファウント公爵」


 リスティの説明にファウント公爵は冷静に口を開く。


「ボーデ伯領は広大、それを利用するのです。いずれ中級魔物も餌を求めて北上を開始します。下級魔物に比べて中級魔物は群れになる事を好みません。

単独行動中の中級魔物であればこちらも被害を抑える事が可能です」


 リスティの言葉に続けるようにアリスが口を開く。


「ボーデ領を救うという名分も立派ではありますが、我々も慈善活動ではありません。出兵にかかる経費も馬鹿になりませんしね」


 その言葉に公爵家の金庫番でもあるレザリンドは苦笑いする。


「火中の栗を我々だけが拾う必要も無いでしょう。他の貴族たちにもご苦労いただかないと。それに……」


 そうしてアリスは一息つくと爆弾を落とす。


となる皆さんにもしっかり消耗していただかないと」


 と――。

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