第257話 ■「アルーン会談1」

「久しいなバルクス卿。前に会ったのは……」

「私が十一の時なので十二年ほど前です。ファウント卿」

「ふふ、なるほど。あの頃はそなたは伯爵公子であったな。私も年を取るわけだ」


 アーネスト・ファウント・ロイド公爵とエルスティア・バルクス・シュタリア辺境侯との再会の言葉はそんな感じで始まった。

 それは参加者が限定されていたからこそと言えたであろう。


 本来、上級貴族位となる公爵と侯爵が会談する場合、膨大な手続きや前準備というものが必要である。

 それは、建前上は会談をスムーズに進めるためであるが、本質はお互いの貴族のプライドをかけているからである。

 豪華に華美に自身を飾り立てて相手に見くびられないようにという、馬鹿馬鹿しいプライドを。


 エルの場合、性格上そういったものを嫌うことは疑う余地も無いが、ファウント公爵も本質はエルに近い。

 

 もちろん立場上、貴族としての振る舞いが必要なのであればそれを重視するが、彼の異名『南方の黒獅子』からも想像がつくようにまず自分が行動する方が性に合っているのだ。


 そういった意味で肌が合ったのだろう、ファウント公爵が初見でエルを気に入ったのも自然のことだった。

 ゆえにお互いに普段よりかは仕立てのいい服を着ているとはいえ公爵や侯爵としては質素ともいえる服装での対面である。


 活用される事をほぼ想定せず利便性よりも駐在する貴族のための快適性を重視した中央の要塞とは異なり、アルーン要塞の利便性重視――言い方を変えれば無骨な造りとなっている部屋を急遽、応接室として整え終わったのが昨日のこと。

 上質とはお世辞にもいえぬ上座のソファーに一つの文句も無く座ったファウント公爵は、むしろ嬉しそうに口を開く。


「末っ娘は壮健にしておるか」

「末っ娘……あぁ、クラリスの事ですね。えぇ、今は領主代行として主都にいます。

 ガイエスブルクにいる際に警護いただいたことにとても感謝しておりました。

 公爵が来られるのであれば本人も会いたかったでしょう。妻に代わって感謝を」


「なに、手紙でも返したがそなたには借りがあった。それを返しただけよ。礼を言われることではない」

「そうではあってもやはり、感謝はしておりますので」


「バルクス卿。いやエルスティアよ。個人的な事を言えばそなたのやりようには好感を持てるが、貴族としてはそれは相手に付け入る隙を作る。これは老人からのささやかな忠告として受け取っておけ」

「……なるほど。了解しました」


 貴族として海千山千の経験を持つ老練な人物の忠告に僕は素直に受け入れる。


「……さて世間話はこの程度として。ここに来たのは手紙にも書いたように現在の状況の共有をしたいためだ」

「はい、そのためこちらからは二名参加させていただきます」


 僕がそう言うと僕の左斜め後ろに立って控えていた一人がまず一礼する。


「バルクス辺境侯軍令部副隊長を務めております。リスティア・バルクス・シュタリアと申します」

「その赤髪。どこかで見た記憶がある。……そう、十二年前にエルスティアと供にいた内の一人か」


 僕はその記憶力に顔に出すことなく驚く。公爵ともなればそれこそ何百・何千の人間と顔を合わせているはずだ。

 その中で十数年も前、しかもたった一度しかあったことのないただの男爵家の娘を覚えていたというのだ。


「公爵様の記憶の端に残していただけていたこと、望外の喜びでございます」

「いやなに、その美しき赤髪にオッドアイは印象に残る。それに学生時代に戦術訓練で無敗であったことから『不敗の赤光』と中央では噂になったこともあるからの」


 へー、それは流石に知らなかった。あ、リスティも顔が赤くなっている。


「そのような呼ばれ方をするほどたいした者ではありません。私程度の才であれば中央では五万とおりましょうに」

「……くくく、なるほどそういうことにしておこう」


 リスティが赤くなった顔を隠すように再び一礼をする姿をファウント公爵は楽しそうに笑う。

 そのタイミングの頃合を見て僕の右斜め後ろに控えている一人が一礼する。


「お初にお目にかかります。バルクス辺境侯執務長官を勤めております。アリストン・バルクス・シュタリアと申します」


 その言葉にファウント公爵はすっと目を細める。


「なるほど。そなたが王国最年少、かつ初の女性執務長官のアリストン女史か」

「私の名前なぞ覚えていていただけたとは。若輩の身ながら嬉しく思います」

「なに謙遜する必要は無い。バルクスの知恵袋よ」


 おー、アリスにまで異名がついているのか。いや、恐らくファウント公爵のことだ。

 僕の周辺はかなり調べ上げているからこそ二人を知っているのだろう。そう考えるとリスティを覚えていたことも合点がいく。


「それにしても……二人ともバルクス・シュタリアか。五人側室がいると聞いたが……エルスティア、若いの」


 そうファウント公爵はニヤリと笑う。


「皆が皆、大事な存在ですので」

「なるほど、なに血族は力よ。……まぁ、今の状況では皮肉に聞こえるかもしれんがな」


 そうファウント公爵は笑う。今の状況……つまりは後継者争いは血族による争いだからだ。

 ファウント公爵は、前に置かれたお茶を一口飲む。それによって緩みかけた空気が僅かばかり締まる。


「さてと、こちらも連れてきた者の紹介をせねばな。これは……」


 ファウント公爵は自身の右後ろに控える老人に顔を向ける。


「覚えております。執事のロイド様ですね」

「このような老いぼれを覚えていていただけるとは、嬉しい限りでございます」


 老人――ロイドはそう静かに微笑みながら一切の無駄無く一礼する。


「その隣がファウント公爵執務長官のレザリンド」


 ファウント公爵の言葉にロイドの横にいた男性が一礼する。

 レザリンドと呼ばれたその男性は、中肉中背で三十代前半くらいだろうか。公爵家を一手にまとめる執務長官にしては、若いと感じる。

 まぁ、十九歳の時にアリスを執務長官にした僕が言うのもなんだけれどね。


 その髪は王国では非常に珍しい青みがかった黒髪。顔も非常に整っていて中性的に見える。


「お初にお目にかかります。レザリンド・ヒューネと申します。浅学非才の身ですが多くの幸運により公爵さまの執務長官の大任にあたっております」


 その口から発せられる言葉も非常に中性的な透き通った音色だ。


「まったく、こやつもそなたと同じく過小評価が過ぎる。自惚れ者はいらぬがこうも謙遜が過ぎるのもの考え物よ」


 そうファウント公爵も苦笑いする。


「そして最後にこちらにおるのが……」


 ファウント公爵が左後ろに今まで静かに控えて青年へと視線を向ける。

 

 ファウント公爵と同じく夜を思わせるほどの漆黒の髪を肩の辺りまで流している。

 今までの二人に比べると背も高く、白銀で作られた鎧の上からでも鍛えられている事が分かる程にがたいも良い。

 一方でその顔は僅かに幼さを残していて僕と同い年くらいに見える。

 そこに浮かぶ柔和な笑顔が体格とのアンバランスさを感じさせるかと思えば、全体としてみた場合、なぜかしっくりといく。そんな不思議な雰囲気である。


「やぁ始めまして。エルスティア。リンクロード・ファウント・ロイドって言うんだ。気軽にリンクって呼んでくれると嬉しいな。父さん共々よろしくね」


 リンクロードと名乗った青年は、その無垢な笑顔を僕に向けるのであった。

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