第259話 ■「アルーン会談3」

 アリスの一言にファウント公爵たちは特に動揺することも無くこちらを見ている。

 それは動揺しているからなのか、予想していたからなのかの判断はつかない。


「ふむ、敵とな。ボーデ領を侵略する魔物以外におったかの」


 ファウント公爵はそう口を開く。だが言葉とは裏腹にこちらの意図を探ろうとする鋭い視線を向ける。

 その視線を受けながらもアリスは動じることも無く、僅かな笑顔を浮かべながら口を開く。


「ファウント公爵、この場には我々しかおりません。胸襟を開いて語らせていただきます。

 此度の事、人類の危機ではありますが、ゆえにチャンスでもあるのです」


 アリスの言葉にただ何も言わずにファウント公爵は雰囲気で続きを促す。

 その雰囲気を察したのかアリスは続ける。


「エスカリア王国の歴史は、大半が王国内の貴族達の領地を巡って人が争ってきた歴史です。

 国民にとってはどちらが勝とうが、生活は大きく変わらない。

 にもかかわらず、自分たちは民兵として命をかけなければならない」

「なるほど、かつてのルーティント領の領民のように生活が向上することなど稀であろうからな」


 ファウント公爵は、かつての僕とラズリアとの間に起こった戦争を苦笑とともに語る。

 人の歴史は古今問わず人同士の争いだ。人同士であるがゆえにそこには恨みつらみといった複雑な感情が入り混じることになる。

 そしてその感情が新たな争いの火種となる事も枚挙に暇はない。


「そんな長きにわたる鬱屈の中、今、国民は外からの……人外の脅威にさらされている。

 それは哀願も嘆願も意味をなさない脅威。を除いては経験したことのない脅威。

 そんな絶望の中、彼らは求めます。希望を体現する英雄を」


 よくある話だ。人は困難に遭遇した場合、自らが希望とするものを渇望する。

 それは神や宗教であったり、英雄と呼ばれる人であったりと様々であろう。


「ふむ、ならばその英雄にエルスティアを担ぎ上げることもお主たちであれば可能であろうに」


 そう口を開いたファウント公爵にアリスは首を振る。


「いいえ、それは無理なのです。エルスティア様を含めて我々はそのある一部の人間なのですから」

「ある一部……なるほど。バルクス領民というわけか」

「はい、国民にとってバルクスという地は、日夜魔物の脅威にさらされる場所と思っているでしょう。

 もちろん実際には一年の大半は魔物とは無縁の生活を送っておりますが、彼らの知らぬことでしょうから」


 たしかにバルクスは魔物の襲撃を受ける。だけれど堅牢な山脈と難攻不落の要塞によって領内は他領とあまり変わることは無い。

 けれど他領の国民はそのことを知らないのだ。


「国民の多くは、バルクスの騎士は対魔物戦において格段の力を持っていることを少なからず知っております。

 そんなバルクス騎士が魔物を撃退したからといって大きな驚きにはなりません。

 バルクス騎士以外が撃退する。それこそが国民が求める希望なのです」

「その役目を我々がやれ。そういう事であるか?」


 その言葉にアリスは頷く。


「ですが先ほどアリス殿が仰った言葉と紐づかないのではないですか?」


 話を聞いていたレザリンドがアリスに疑問を呈する。

 その疑問に次は、リスティが口を開く。


「国民にとっては、バルクス騎士以外であれば、だれが英雄となっても構わないのです。

 例えば、先ほどおっしゃられたホールズ侯爵……ウォーレン公爵の息のかかった人間でも」


 その言葉の意味に気づいたのだろう。レザリンドは一瞬だが顔をこわばらせる。


「ホールズ侯爵も知ってか知らずか大軍をもって意気揚々と領境防衛についた。

 ですが彼らは魔物との戦闘を甘く……中央あたりでうろつくゴブリン数匹と同じ考えでいるのでしょう。

 初戦で多くの犠牲を出してしまう可能性が非常に高い。人的損失は回復に数年単位の時間を要します。

 この後に起こる内乱に参戦する機会も失うでしょう」


 今回の魔物の襲撃は確かに王国にとっては大事件である。だが王国全体から見れば、ただの一伯爵領が魔物に蹂躙された。それだけなのだ。

 勿論、今までの常識となっていたバルクス領以外は安全という根拠無き自信は崩れ去った。

 それでも再び魔陵の大森林まで押し戻しさえすれば何とかなるのではないかという期待を恐らく貴族たちは持っている。


 そして魔物の脅威が去った(と彼らが期待する)時、再び後継者争いが再燃するだろう。

 しかも国王が病床に臥し、宰相も意識不明の重体の中、止める者は誰もいない。


「それに……困るのですよ。英雄が英雄として輝くためには、一度無残に負ける道化師にいていただかないと……」


 リスティのそんな末恐ろしい言葉に僕はゾクッとする。ファウント公爵を除く三人ともに微妙な顔を少しだけのぞかせる。


「此度の魔物討伐においては、バルクス騎士はファウント公爵の旗下で参加し、我々の経験を存分に発揮させていただきます。

 そして英雄となったファウント公爵が推すイグルス王子の立場は不動のものとなるでしょう」


 貴族社会の王国において国民の支持が後継者争いに直接影響することは少ないだろう。

 それでも間接的に国民の支持の力は派閥争いに影響を及ぼす。大貴族ならともかく中級貴族は領民に反発されることを望んではいないのだから。


「なるほど、話はわかった。だがその場合、お主たちに何の見返りもないようにみえるが?」

「……私たちが望むのは王国の平穏でございますので」


 そう返すリスティの言葉にファウント公爵は笑う。


「そのような戯言はいらん。お主たちも言ったであろう胸襟を開くとな。さぁ何を望む?

 いまさら我らの派閥に参加したいとかエルスティアへの貸しを返すとかでもなかろう?」


 ファウント公爵のその言葉に、アリスは僅かばかり苦笑いする。

 貸し借りを無しにしたいという当初の目論見に先手を打たれたからだ。

 さらに直接的な対価交渉に来た。これでは別派閥に興味を持っていることを匂わせても意味はないだろう。

 アリスの胸中は「さすが南方の黒獅子、こちらの思惑通りに動かない」といったところだろうか。


 それであれば、回りくどいやり取りは無意味であろう。そう判断したらしいアリスは口を開くのであった。


「我々が求めるのは二つございます。

 一つ目は、内乱の際、我々は傘下には入りませぬが、協力はさせていただきます」

「それは、バルクス領の北方の別派閥の所領切り取りに目をつぶれ。という事かな?」


 そのファウント公爵の言葉にアリスは頷く。

 バルクス領の北方。エウシャント伯領やベーチュン伯領を筆頭に派閥が複雑に入り組んでいる地域は、内乱の際にイグルス派に対抗する地域となる。

 だが、現状はイグルス派の貴族は精々が男爵家や子爵家のみと抑えがおらず、ファウント公爵からすれば目の上のたん瘤と呼べる地域となる。


 そこを協力関係を結んだバルクスが抑えれば、ファウント公爵としても利点が大きい。

 しかもバルクスが敵に回らないという保証まで付くのだ。

 そしてバルクスとしても北方の魔物の脅威が少なく豊かな領地を自領に出来る事のメリットは大きい。

 ファウント公爵が質実共にバルクスが公爵家と対等の力をつける事を是とするかである。


「エルスティアにそこまでの野心があるとは驚きよの」

「……私としても驚きです。ですがやりたい事がありますので……」

「なるほど。それで、もう一つは?」


 ファウント公爵の言葉に、アリスは一つ息を飲み込む。

 一つ目の要望は、別にファウント公爵に了承を貰う必要はないのだ。

 貴族同士の領有権を争っての戦争に他の貴族が口を挟むことは本来は出来ない。

 言わば要求することでバルクスがファウント公爵の敵ではないという事を暗に示したに過ぎないのだから。

 

 そして二つ目の要望こそが僕達の真の要求なのだ。


「我々が求めるもの。それは特別外交権です」


 そうアリスは答えるのであった。

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