第220話 ■「華燭の典2」

 二日後の九月四日


 僕は一人、あの時と同じく祭壇で待つ。

 参列者はあの時の三分の一、三十名ほどの親しい者達だけ。


 それでも集まってくれたことに感謝しながら僕は扉が開かれるのを待つ。


「それではお待たせしました。新婦のご入場です」


 あの時と同じく司会を買って出てくれたフレカさんの言葉とともに扉がゆっくりと開かれていく。


 そこに立つのは五人の女性とアリシャ・リリィ・マリー・ローザリアを筆頭にした十人の少年・少女。


 まずは、緑色を基調としたウェディングドレスを着たベルが入場してくる。

 そして続くのは、黄色を基調としたウェディングドレスを着たユスティ。

 自分の髪色と同じ赤色を基調としたウェディングドレスを着たリスティ。

 純白の白を基調としたウェディングドレスを着たメイリア。

 そして最後は薄紫色を基調としたウェディングドレスを着たアリス。


 それぞれのイメージにぴったりの色。それに参列者からはため息が漏れる。

 それを誇らしそうに眺める縫製担当だったメイドたち……うん、君達には感謝感謝。


 もちろん、今日初めて見ることができた僕も例外ではない。普段見慣れた雰囲気と異なる五人にただただ目が釘付けとなる。

 そんな中、五人は僕の元へとゆっくり歩み寄り横に一列となる。


 新郎一人に新婦五人というその風景は、『これなんて言うエ○ゲ?』状態だ。

 今までの好き者の貴族であったとしても同時に五人を側室にするなんて無かっただろうなぁと変な感想を抱く。


 そんな少しボーっとしている僕にフレカさんは一つ小さく咳払いをして僕を現実に戻す。


「それでは誓いの言葉を……まずはベルさん」


 あ、ひとりひとりに対して宣誓が必要なのか。


「私、エルスティア・バルクス・シュタリアはイザベル・ピアンツ・メルを生涯の伴侶とし、永久の愛を此処に宣言する」

「私、イザベル・ピアンツ・メルはエルスティア・バルクス・シュタリアを生涯の伴侶とし、永久の愛を此処に宣言します」


 お互いに何年かぶりのフルネームを呼び合うことに少し照れながらも宣言する。


「私、エルスティア・バルクス・シュタリアはユスティ・ヒリス・ラスティを生涯の伴侶とし、永久の愛を此処に宣言する」

「私、ユスティ・ヒリス・ラスティはエルスティア・バルクス・シュタリアを生涯の伴侶とし、永久の愛を此処に宣言します」


 ユスティは何時ものように明るく宣言をする。


「私、エルスティア・バルクス・シュタリアはリスティア・アルク・ルードを生涯の伴侶とし、永久の愛を此処に宣言する」

「私、リスティア・アルク・ルードはエルスティア・バルクス・シュタリアを生涯の伴侶とし、永久の愛を此処に宣言します」


 リスティは頬に一筋の涙を流しながらも笑顔で宣言をする。


「私、エルスティア・バルクス・シュタリアはメイリア・ベルクフォードを生涯の伴侶とし、永久の愛を此処に宣言する」

「私、メイリア・ベルクフォードはエルスティア・バルクス・シュタリアを生涯の伴侶とし、永久の愛を此処に宣言します」


 メイリアは何時ものように優しい笑顔で宣言をする。


「私、エルスティア・バルクス・シュタリアはアリストン・ローデンを生涯の伴侶とし、永久の愛を此処に宣言する」

「私、アリストン・ローデンはエルスティア・バルクス・シュタリアを生涯の伴侶とし、永久の愛を此処に宣言します」


 アリスは何時もの凛々しい表情で宣言をする。


「今、ここに誓いは成った。新しき五つの家族に祝福を!」


 フレカさんの言葉とともに参列者から大きな拍手が起こる。その中でも一際クリスは嬉しそうに拍手する。


 こうしてシュタリア家は沢山の家族を迎えたのであった。


 ――――


「それにしても何だな。これからはエルの事を『お兄様』と呼ばなきゃな」

「ってことは俺も息子と呼ばなきゃいかんな」

「アインツもバインズ先生もからかうのは辞めてくださいよ。こっちも『我が弟よ』『お父上』って呼びますよ」


 アインツとバインズ先生のからかいに僕は反抗する。

 それにアインツもバインズ先生も心底嫌そうな表情をする。


「ま、これからも『エル』と『アインツ』でいこうや。我が兄弟」

「俺も今まで通り……いや、未だに先生付ってのはどうなんだ?」

「いえいえ、僕にとってはバインズ先生は生涯先生ですから」


 僕の返しにバインズ先生はやれやれと言った感じに肩をすくめる。

 結婚式後の身内だけのささやかな晩餐。


 いつもより少しだけ豪勢な夕食を食べた後、各々が雑談を楽しんでいる。

 気心の知れた人ばかりだから格式ばったものも無い、僕にとっては心地よい空間。


 新婦五人は何時ものようにクリスを交えて楽しそうに話をしている。

 その輪の中にクイとマリーの姿もあるのは中々に新鮮だ。

 女性に囲まれるクイ……うん、頑張れ我が弟よ。


 アリシャとリリィは、ブルーとレッドと何やら楽しそうに話をしている。

 そういえばここ最近、ブルーとレッドは農試の手伝いを頻繁にやっているそうだ。

 …………うん、今度ブルーとレッドを問い詰めないとな。


「……ありがとうな。エル」


 ふとバインズ先生から僕への感謝の言葉が漏れる。


「なにがです?」

「リスティの想いに真摯に答えてくれたことに……だ」

「それならば、俺も同じだな。ありがとなエル。あんなだけれど俺にとっては大事な妹なんだ。幸せにしてやってくれ」


 バインズ先生の答えにアインツも真面目な顔で言う。


「当たり前ですよ。二人とも……ううん、六人とも僕にとっては大事な女性ひとですから」


 そう僕は、少し離れたところで談笑している最愛の妻達を見ながら言う。

 そんな僕の頭をバインズ先生は軽く叩く。


「しかしクリスも含めて妻が六人かぁ、後世にはエルは好き者として名を馳せるんだろうな」

「いや十人位妻がいたって言う貴族は結構いるから僕なんてまだまだだよ。それにさすがに打ち止めだろうしね」


 アインツの言葉に僕は笑いながら返すのだった。


 ――――


「さてと、ここからは真面目な話なのだけれど……」

「真面目な話?」


 今まで黒一点だったクイを散々いじって退散していったのを眺めた後、クリスはそう切り出す。

 それに友五人は同じような反応を示す。


「今後どういった順番でねやを共にするか……よ」

「閨……」


 そのクリスの言葉に何かを想像したのだろう、皆がみな顔を赤くしながらも呟く。


「順番は一週間の七日をローテーションでどうかしら?

 申し訳ないけれど正室特権で二日は貰うとして……エルと出会った順番って事で

 私、私、ベル、リスティ、ユスティ、メイリア、アリスって順番はどう?」


 皆が、閨と言う言葉に固まっている中、クリスは話を進めていく。

 ただ、皆にとってもそこまで不都合な話と言うわけではない。


 そもそも皆が一斉に結婚したという事は、同衾せずに一人寂しく眠りにつくことは十分に理解していたことだ。

 同時に複数人で…………というのは、男性経験が皆無な五人――クリスも経験人数は一人だが――には正直恥ずかしい。


 そしてシュタリア家のルールについて一番の権力者は正室であるクリスという事になる。


 一週間の内六日はクリスで後の一日を五人で奪い合えという事も言おうとすれば言える立場なのだ。

 その中で五人にほぼ平等な権利を与えるというのは、ほかの貴族の正室からすれば驚愕ものだろう。


「誰も文句はないみたいだから決定ね。うん、良かった」


 誰の口からも文句が出てこない事に満足したようにクリスは頷く。


「それにしても、この人数だからまだ良い物の、これ以上増えたらローテーションを組むのも大変そうね」


 クリスは、何かを思ったのかそうつぶやく。


「流石にエルさんでも、これ以上側室が増えることは無いんじゃない? クリス」


 ベルはそう返すが、そこに何か確信があるわけではない……むしろ希望的観測である。


「うん、そうよね。エルでもこれだけ妻がいれば、満足だよね」


 そうクリスは、新たに妻となった友の顔を見ながら自分を納得させるためかのように『流石に』という言葉を強調しながら話すのだった。


 ――――


 エルスティア・バルクス・シュタリア


 彼は正室であるクラリス・バルクス・シュタリアの他に記録に残るだけで十人の側室がいたとされている。

 それにより彼は「男性の敵」「ハーレム王」「全世界の女性を手に入れようとした男」など不名誉な呼ばれ方をする事がある。

 さらには、正室も含め側室の多くが末娘であったことから「年下好き」「幼女趣味」といったものまであった。


 だが彼は正室と側室以外の女性に対して性的行為は一切無く、正室と側室達の関係はこの頃の時代背景としては非常に珍しく良好であったと伝わる。


 ただこれらの呼び方をする者たちは嫉妬の感情からであったのでそういった情報はあまり意味を成すことは無かったのも事実である。


 ~エスカリア王国貴族列伝 第二章~ ヒューネイ・ボルクスハイト著

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